第126話:リュミエールの陰を司る者
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私とジリウスさん、そして売り子のおじさんは、大通りに面した普通のカフェテラスに腰を下ろしていた。
机を挟んで、私とおじさん。そして私の一歩後ろには、ふわりと浮いた直立不動のジリウスさん。おじさんは、クッキーをぼりぼりと乱暴に齧り、どこか吐き捨てるような不貞腐れた声で言った。
「で?こんな人通りところに連れ出して、一体何を聞こうってんだよ、姉ちゃん」
私は運ばれてきたコーヒーを少しだけ啜ってから、おじさんに静かに切り出した。
「おじさん、その、お仕事は、何をされているんですか?」
おじさんは鼻でふんと笑い、自嘲気味に呟く。
「ねぇよ。まともな仕事なんか。あったらこんな怪しい粉の売り子なんてしてねぇよ」
そう言うと、おじさんは通りの向こうを行き交う、綺麗に着飾った市民たちを、憎々しげに一瞥して言葉を続けた。
「俺らみたいな、表から弾かれた落ちこぼれはさ…。泥でも啜って必死に生きるしかねぇんだよ」
おじさんの冷え切った言葉が、私の胸に重く突き刺さる。
私が居たヴォルカニアと同じだ。はたから見ると洗練されていて、誰もが幸福そうに見えるこのリュミエールの街にも。やっぱり、光が強ければ強いほど、その足元には深い貧富の差の『陰』が存在しているみたいだった。
「生きるには、どうしても金がいる。ギルドだって、俺たちみたいな奴らに仕事の斡旋だのの支援をやってくれてはいるが、圧倒的に枠が足りてねぇ。……そんな行き詰まった俺たちに、手を差し伸べて、恵んでくれるのが『姐さん』なんだよ」
「あねさん…?」
私が首を傾げると、おじさんは「なんだ、姉ちゃん知らないのか」と呆れたように眉を上げた。
「マダム・ディアーヌ。…この街の裏社会を束ねる組織、『クルセル・ダジュール』の絶対的なドンさ」
マダム・ディアーヌ――。
頭の中で、初めて聞く裏社会のボスの名前を反芻する。
「表社会のルールから溢れちまった、俺たちみたいな居場所のない人間に、マダムはよくも悪くも、食い扶持をくれてるんだよ」
(そっか……。このエテリスという世界には、困った人を助けるための公的な福祉施設や、生活保護みたいな制度がまだ十分に確立されていないんだ…)
だからこそ、その表のシステムが救いきれなかった人たちの、文字通りの『受け皿』として、その犯罪組織が機能してしまっている。
その事実を突きつけられた瞬間、私の胸の中で色々なことがすっと腑に落ちた気がした。
もし、ギルドの戦力で『クルセル・ダジュール』を力任せに壊滅させてしまったら。
今、その『マダム』という絶対的なトップによって、なんとか制御されている「表に居場所のない人たち」や「もっと凶暴で悪い人たち」が、統括を失って一斉に世の中に放たれてしまうことになる。そうなれば、リュミエールの治安は本当の意味で崩壊する。
ギュスターヴ支部長が「力だけでは上手くいかない」と言っていたのも、ジリウスさんが「社会の一端を担っている」と分析したのも、まさにこのことだったんだ…。
「…俺だってさ、これが悪いことだってことくらいは自覚してるんだぜ?でも、こうするしか生きる方法がねぇんだよ」
「そう、ですか…」
私はカップを見つめ、それ以上言葉を返せなかった。生きるために犯罪に手を染めるしかない人たちに、ただ「悪いことだからやめて」なんて言うのは、あまりにも無責任で、綺麗事すぎる。
すると、おじさんは少しだけ声を潜め、困ったように頭を掻いた。
「でもな…正直、最近の若い衆はやり過ぎだ。表の人間にまで迷惑をかけるもんじゃねぇ」
若い衆の暴走。それは、先日ベアトリスさんたちとレストランで遭遇した、あの無理な『みかじめ料』の取り立てやギャング騒動のことだろう。
「その、トップであるマダムは…その現状について、何か言っていないんですか?」
「さあな。俺みたいな末端の売り子にゃ、組織の上の詳しい事情まではよく分からねぇよ。ただ…噂じゃ、マダムも血気盛んな連中には、かなり手を焼いてるとかなんとか……」
なるほど。
クルセル・ダジュールという組織も、決して一枚岩ではないのかもしれない。
マダムという絶対的なトップと、暴走する若い人たちの間で、内部分裂のような不穏な空気が流れている。だとしたら、そこに今回の『交渉』の糸口があるかもしれない。
「…わかりました。おじさん、突然引き止めたのに、色々と教えてくれて、本当にありがとうございました」
私は席を立ち、おじさんにペコリと頭を下げた。おじさんはキツネに抓まれたような顔で、私とジリウスさんを見上げる。
「…おいおい、姉ちゃん。本当に俺を捕まえねぇんだな?」
「はい、約束ですから。その代わり――おじさんも、さっきジリウスさんが『商品』を食べちゃったことも、全部水に流してください、ね?」
悪戯っぽく人差し指を唇に当ててウィンクしてみせると、おじさんは一瞬呆気に取られた後、ガハハと愉快そうに笑い出した。
「おいおい、姉ちゃん、見た目の割に随分とちゃっかりしてるじゃねえか。ギルドの職員にしとくには惜しいタマだな」
「うふふ。私、この美しいリュミエールの街を、今よりもっと良くできるように、頑張りますね」
「へっ、期待しねぇで待っとくからよ。じゃあな」
おじさんは残りのクッキーをポケットに突っ込むと、どこか足取り軽く、再び薄暗い裏路地の中へと消えていった。
夕暮れの光が、カフェのテラス席を黄金色に染め上げていく。
裏社会の歪な現実を知った私は、それでも、言葉の力を信じて前を向くのだった。
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