第119話:たった一つの大切な日に
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オーギュストさんとベアトリスさんに連れられてリュミエールを観光した、翌日。
私は今、ゼイルさんが予約してくれていた、リュミエールの近代的な高級ホテルの客室にいた。ため息が出るほどふかふかな、最高級の革張りのソファ。その前に置かれたガラスのテーブルに、私はおもむろに両肘を立てて寄りかかる。
そして、組んだ両手の指先にそっと顎を乗せ、口元を隠した。
サングラスかメガネで目も見えないようにすれば完璧だったけど…。
ちょっとカッコいいかも、なんてミーハーなことを思いつつ、私は目の前に立つ二体の執行端末を見据え、極めて厳粛な面持ちで緊急会議を始めた。
「ニーナ、用とは何だ。私はこれからコータと共に、リュミエールの食文化を包括的に研究する予定だったのだが」
美しい銀髪をわずかに揺らし、アルテアさんが無機質な瞳を明滅させる。
「ニーナ、そのポーズには何か、心理学的な意味があるのでしょうか。骨格の構造上、やや首への負担が大きいように見受けられますが」
ジリウスさんもまた、大真面目な疑問を浮かべて私を見つめていた。
この二人の温度差に負けてはだめだ。私はあえてたっぷりと沈黙を挟み、部屋の空気を十分に引き締めてから、厳かに口を開いた。
「お二人に集まって貰ったのは、他でもありません。…私は、とんでもなく大事なことを忘れていました」
「大事なこと、とは何でしょうか」
ジリウスさんがつぶやく。
私は組んだ手に少しだけ力を込め、声音を一段落とした。
「コータさんの…」
「コータの、何だ、ニーナ」
アルテアさんの声に、微かに鋭さが混じった気がした。
これまでの激動の日々を思えば、ある意味では奇跡的なタイミングで思い出したこと。
「――誕生日、です」
部屋に、しん、と静まり返るような沈黙が降りた。
この世界に来てからというもの、本当に大変なことばかりだった。
特にコータさんは、いつもあれこれと周囲のトラブルに巻き込まれてばかりで、自分のためにゆっくりと過ごす時間なんて、ほとんどなかったんじゃないかな。
裏で何か企んでいるクロニカさんたちの思惑とか、考えなきゃいけないことは山積みだけど…だからこそ、今くらいは、彼のことを心から祝うべきなんだと思う。
(そういえば、元の世界にいた去年は、私がバイトを始めたばかりで色々助けてもらったお礼も込めて、小さなお菓子を渡したっけな…)
そんな思い出に浸っていると、ジリウスさんが不思議そうに言葉を反芻した。
「誕生日…。即ち、該当個体が生を受けた日で相違ないでしょうか、ニーナ」
「はい、 生まれた日、です!」
胸を張って答えたものの、ふと我に返る。
よく考えたら、この世界は暦が全然違うから、正確な日付なんて合わせようがない。…あれ? 生まれた日ってことは、コータさんがこの世界に『転移してきた日』を誕生日にするべきなのかな? いや、でもそれだと年齢のカウントがおかしくなるんじゃ…?
(う、ううん! もう訳が分からなくなるから、そこは元の世界の基準で考えよう!)
頭を振って思考を強引にリセットする。
すると、アルテアさんがやはり納得がいかないといった様子で、瞳をちかちかと明滅させた。
「生物は一年に一度、天体の公転周期に伴って等しく年齢を重ねる構造になっている。それが何故、そこまで重大なトピックとなるのか、論理的な説明を求む」
「うっ…」
難しい。どう言えば、感情を持たない彼女たちに伝わるんだろう。
私はうーんと唸りながら、必死に彼女たちに伝わりそうな表現を探した。
「…二人の言葉っぽく言うなら、『相手の存在価値を祝う』――ってことになるのかな。コータさんが生まれて、今ここに生きて存在してくれていること自体に、ありがとうって伝える日なの」
これならどうだ、とドヤ顔で見つめ返してみる。
しかし、最強の機械人形たちは、どこまでもいつも通りだった。
「ニーナ、その理論は矛盾している。対象が現在進行形で生存している以上、存在価値を祝うのであれば、特定の日時に限らず常に、毎秒祝うべきだ。一年のうちの特定の瞬間にのみ『祝賀』というエネルギーを割くのは、リソースの配分として極めて非効率と言わざるを得ない」
「アルテアの指摘はもっともです」
ジリウスさんまでが、冷静な追撃を重ねてくる。
「それに、特定の日時にのみ発生する個別イベントであるならば、その瞬間に身体的な機能向上や、魔力の増大といった変化が起こるのでしょうか。私の観測している直近のコータの生態データにも、そのような特異的なバイオリズムの変化は見られませんでしたが」
「ああ、もう!正論ズはこれだから…っ!」
私はソファから立ち上がり、机にバンッと両手を突いた。
「論理とか効率とかじゃないんです!大切な人の、特別な日に、ただ純粋な感謝を伝えて、みんなで笑顔でお祝いする!人間の世界では、そういうものなんですっ!」
それに、太陽事件の時だって、コータさんには本当に助けてもらった。そのお礼も、ちゃんと言えてなかった気がするし…。
コンコン、と。
そんな私の熱弁を遮るように、タイミングよく客室のドアがノックされた。
『――ニーナさん?朝からアルテアがそっちにお邪魔してると思うんだけど…』
扉の外から聞こえてきたのは、まさに今、噂をしていた本人の声だった。
「コータ。今、ニーナとたん――」
「あわわわわっ!なんでもないです、コータさん!!」
アルテアさんが「誕生日」と口走る前に、私は全力で彼女の小さな口を手で塞ぎ、声を張り上げた。
「何故、私の言語出力を物理的に遮断する……」
手の中で目を丸くしているアルテアさんを必死に宥めながら、私は扉の向こうにいる主へと、交渉を持ちかける。
「あの、コータさん!急で申し訳ないんですけど、今日一日、アルテアさんを私に貸してください!お願いします!」
『え?なんだかよくわからないけど…まぁ、ニーナさんがそう言うなら。アルテア、ちゃんとニーナさんの言うこと聞くんだよ? 』
「――了解。コータの指示ならば従う」
私の手が離されると、アルテアさんはすんなりと納得して頷いた。
パタパタと、廊下を歩いていくコータさんの足音が遠ざかり、やがて気配が完全に消えた。
「ほっ……」
大きなため息が漏れる。
(せっかくお祝いするなら、やっぱりサプライズで驚かせたいもんね!)
「ニーナ。心拍数および体温が急上昇しています。先ほどから、感情の起伏によって明らかに無駄なエネルギーリソースを消費しているようですが」
ジリウスさんが、やれやれと言いたげに呆れた視線を送ってくる。
でも、私はそんな彼の冷たい分析に、これ以上ないくらいの満面の笑みを返した。
「いいの。『無駄』だからこそ、相手に特別な敬意と、大好きな気持ちが伝わるんだよ」
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