第115話:解き放たれる、狂犬の拳
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「…だからさ、ここで店を開くってことがどういうことか、分かってるんだろ?」
「おい、まだ俺たちが誰だか分かってねぇのかよ。『セルクル・ダジュール』だぞ。あぁ?」
「何度も、何度も申し上げている通り…そのような大金、お支払いできるはずがございません…」
店内に踏み込むと、そこにはお洒落な『ル・シエル・ダルジャン』の雰囲気とはあまりに不釣り合いな、ガラの悪い男たちが数十人。支配人らしき男性を囲んで、執拗に脅しをかけていた。
「あっ…これは、ベアトリス様…」
入り口で立ち尽くしていた店員の女性が、僕たちの顔…というより、ベアトリスさんの姿を見て、救いを求めるような表情で零した。
「また、例のギャングかい?」
「はい…『みかじめ料』だなんだと因縁をつけられて…」
「老舗のこの店にみかじめ料もクソもないだろう。…やれやれ、しつけがなってないね」
はぁ、と大きすぎるため息をつきながら、ベアトリスさんはずいずいと店の奥へ進んでいく。
「オーギュストさん、あの『セルクル』なんとかっていうのが、この街のギャングなんですか?」
僕はオーギュストさんにこっそり尋ねてみた。
「その通りでございます。元々リュミエールの裏社会でこそこそと動き回ってはいたのですが、例の『太陽事件』以降、ギルドの監視の目が外へ向いている隙に、動きを活発化させておりましてな」
「おい、お前ら。食事を邪魔されては困るんだ。とっととお引き取り願いたいね」
ベアトリスさんの低い声が店内に響く。男たちの一人が、小馬鹿にしたように振り返った。
「あ? なんだこのデカ女…お呼びじゃねぇんだよ、帰んな」
「俺たちは今、大事な商談中なんだよ。デカくて邪魔だ、失せろ!」
「ベアトリス、さん…」
支配人さんが、縋るようにその名を呟いた瞬間、ギャングたちの顔色が変わった。
「おい、まさか、こいつ…ギルドの……」
「…あの、狂犬ベアトリスか!?」
「そうだ、あたしがそのベアトリスだ。わかったら、怪我をしないうちにさっさと消えな」
彼女の全身から放たれる圧倒的な威圧感に、ギャングたちは一歩、二歩と後退りする。だが、一人が虚勢を張るように叫んだ。
「い、いや、待て!こいつを仕留めれば、俺たちは一気に幹部だ…!やっちまえ!!」
まずい…!数は向こうが圧倒的だ。
僕がアルテアに合図を送ろうとした時、ベアトリスさんの鋭い声が飛んだ。
「爺さん、入り口の方は頼んだ!解放10パーセントだ!」
「承知いたしました」
えっ…待って…解放?ベアトリスさんって監視者なの?
驚く僕の横で、オーギュストさんが風のような速さで店外へと走り出していく。
「ニーナさん、一応ジリウスと一緒にオーギュストさんの加勢を!」
「わかりました! ジリウスさん、行こう!」
二人が外へ飛び出すのと同時に、僕の横でアルテアが物騒な提案をしてくる。
「コータ、消去するか?」
「あ、いや、消去は待って! …本当にピンチになったら、お願いするよ」
「了解、コータ。観測を開始する」
店の奥では、既に戦闘が始まっていた。
ベアトリスさんが腰のホルダーから取り出し、両拳に装着したのは――鈍い銀色に輝く重厚な手甲。
ベアトリスさんは低い姿勢で両腕を上げ、顔を守るように構えた。それは、ボクシングの構えによく似ていた。
「へへっ、まとめてかかってきな!解放ッ!」
手甲が青い火花を散らし、彼女の腕の筋肉が魔力で膨れ上がる。
あれは、魔道具…そして、更に自身の魔力を解放、ってことはイグニス式魔導演算回路…?
アッシュさんたちが使っていたものと同じものかはわからないけど。なんでセレスティアの彼女が持っているんだろう…。
「死ねッ!」
側面からナイフを振り回して飛びかかる男。ベアトリスさんは最小限のダッキングでそれを躱すと、そのまま目にも止まらぬ速さで強烈なボディブローを叩き込んだ。
――ドゴォッ!!
鈍い衝撃音が店内に響き、ギャングはうめき声すら上げられずに、くの字に折れて崩れ落ちた。
「ひとつ」
「ちぃっ、化け物が!」
さらに投げ込まれた手斧を、彼女は手甲で無造作に弾き飛ばし、一気に距離を詰める。
「はやっ…」
ギャングが言い終わるより早く、ガードごと頭部を殴り飛ばされた。
メギャ、という嫌な音が響き、男は糸の切れた人形のように吹き飛ぶ。
「ふたつ」
「すごい…アルテアの出る幕はなさそうかも」
「シャオとは異なる格闘術だ。極めて効率的に、人体の急所を破壊している。…だが、『あいい』などとは言っていない。ベアトリスに確認を取る必要がある」
アルテアが冷静に分析する中、ベアトリスさんは止まらない。
足元を狙って飛び込んできた男を、軽やかなジャンプで躱すと、着地と同時にその背中へ鉄槌を振り下ろした。
「いい線いってたけど、無駄だよ。これで、みっつだ」
「う、うぅ…つ、強すぎる…」
わずか数秒で三人が撃沈し、残ったギャングたちは完全に戦意を喪失したようだ。
「て、撤退だ!逃げろ!!」
「おっと、倒れている奴らも連れて行きな」
逃げ出す背中に追い打ちをかけるように言い放つベアトリスさん。
外の方は、どうなっているのかな…。
ジリウスもいるし、大丈夫だとは思うけど。
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