第114話:思い出はロマンスグレー
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「ここが、大歌劇場『ルナ・ステラ』だ。今は歌劇『トータルダム・ド・リュミエール』が上演中みたいだね。この前、旦那と子供を連れて見に来たが、なかなか良かったよ」
リュミエールの蒼い光が踊る街路を練り歩きながら、ベアトリスさんが快活に説明してくれる。
あ、ベアトリスさんって…お母さんだったんだ。ワイルドな見た目からは想像もつかなかったけれど、そう言われると、どこか肝の据わったお母さん的な包容力がある気がして、なんだか納得してしまった。
「大きいな…何人くらい入れるんだろう、ここ」
コータさんが、東京ドームを思わせるような巨大な円形ドームを見上げながら呟く。
建物全体がライトアップされていて、まるで巨大な宝石が地面に鎮座しているみたいだ。
「1万席ほどございますな。古典的名作『レ・リュミエラブル』も根強い人気の演目でございますよ。一人の罪人の孤独と更生を描いた、実に素晴らしく、かつ感動的な物語です」
「あたしは『笑うかもしれない男』も好きだけど、あれは家族で見るもんじゃないねぇ…。ニーナちゃん?」
「…」
「ニーナ様?」
不意に名前を呼ばれて、私はハッと我に返った。
いつの間にか、またオーギュストさんの顔をじっと見つめてしまっていたみたい。
「あ、ああ、はい! 大丈夫です、聞いてました!」
「どうしましたか、ニーナ」
私の横を浮遊していたジリウスさんまで、心配そうに私の顔を覗き込んできた。
「いえ、いや、あの…。オーギュストさんの雰囲気が、私のおじいちゃんにとてもよく似ていて…。なんだかとっても落ち着くというか、懐かしくて」
うちのおじいちゃんは、オーギュストさんみたいにスマートでかっこよくはなかったけれど。でも、誰かを慈しむようなあの優しい目尻の皺が、どうしても重なってしまう。
「ははは! ニーナちゃん、まさか極端なオジ専なのかと思っちゃったじゃないか。安心したよ」
ベアトリスさんが、ガッシリとした腕を私の肩に回して笑う。少し重いけれど、その腕は温かかった。
「左様でございましたか…。ニーナ様、そしてコータ様のこれまでの過酷な境遇は、ゼイル様より聞き及んでおります」
オーギュストさんは杖を一度つき、穏やかに微笑んだ。
「この老骨がニーナ様の何かしらの支えになることができれば、私共にとってこれ以上の幸せはございませんよ」
「…オーギュストさん…」
「さあ、せっかくの観光だ。しんみりするのは無しだよ、ニーナちゃん」
「はい…! そうですね、なんだかお腹、空いちゃいました!」
「ニーナ、同意。食物エネルギーの摂取を所望する」
私がそう言うと、アルテアさんも続けて言った。
ふふ、本当に食いしん坊だなぁ。
「よっし、次は腹ごしらえと行こうか! 爺さん、あの店に行こう」
「あの店…ああ、『ル・シエル』でございますね。承知いたしました」
あの店、二人が言うお店だ、きっと美味しいんだろうな。
◇
ルナ・ステラから暫く歩くと、街の中心部、水路沿いにある一際お洒落なお店が見えてきた。
「あれが『ル・シエル・ダルジャン』。ちょっと気取った店だけど、飯も酒も最高に旨いんだ。コータ君、酒は?」
「僕は嗜む程度です。飲むのはこっちのジリウスです」
「おっ、こっちの男前は行けるクチかい」
ベアトリスさんが、ジリウスさんを肘でグイグイと突く。
ジリウスさんは無表情のままだけど、どこかベアトリスさんの勢いに押されているように見えて、私は少しだけ笑ってしまった。
「ベアトリス。是非、料理との最適な食べ合わせを教示してください」
「いいよ、とことん飲もうじゃないか!…って、なんだ、店の前が騒がしいね」
お洒落な店の入り口付近。
そこに、リュミエールの洗練された空気とは明らかに異質な、ガラの悪い男たちが数人、たむろして道を塞いでいた。
「ああ…彼らですか。最近、多いですな。どこからか湧いて出ているようで」
オーギュストさんが、元々細い目をさらに細めて、冷ややかな声でポツリと言った。
「多い…治安が悪いんですか、このあたりは」
コータさんの問いに、オーギュストさんは答えず、ただ静かに首を振った。
「まあ、とにかく入ろう。こちとらお腹が空いてるんだ」
「おい、なんだテメェ、デカ女…ちょっと待てよ…」
睨みつけてくる男たちを物ともせず、ベアトリスさんは彼らを肩でグイグイと押し除け、ずかずかと店内に入っていく。
ベアトリスさんの背中があまりに頼もしくて、私はコータさんと顔を見合わせ、彼女の後に続いた。
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