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箱庭少女のロジック 〜かつて世界を滅ぼした最強のオートマタは僕の指示しか聞かないらしい〜  作者: 邑沢 迅
邂逅編

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第110話:塗り替えられた系譜

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 イグナートの裁判から一晩明けた、翌朝。

 手配して貰っていた宿舎のベッドに倒れ込んだ後の記憶は、ほとんどない。精神的に相当疲弊していたらしく、僕は泥のように眠ってしまっていた。


 目が覚めると、僕とニーナさん、そして執行端末の二人で、マクシミリアンさんの特別な許可を得て、ギルド本部の奥深くにある資料室へと足を運んでいた。


 ひんやりと冷たい空気。薄暗く、古い紙の匂いが充満するその部屋には、年代ごとに分けられた巨大な本棚が、まるで墓標のように鎮座していた。


「ここは…依頼書の写し。ここは…職員名簿。……あ、ここだ」

「見つけた?」

「うん、ここだよ。こっちこっち」


 本棚の隙間からニーナさんに手招きをする。

 棚から慎重に取り出したのは、1000年前の記録――年代記とでも呼ぶべきものだった。新調されたバインダーとは対照的に、綴じられている紙は茶色く変色し、今にも崩れそうなほど古ぼけた紙だった。


 僕は息を潜め、恐る恐るそのページをめくり、その文章を声に出す。


「『アステリアに住む、かつての人類は、空を翔け、星を掴むほどの技術を手に入れていた。しかし、その慢心が天の怒りに触れ、裁きが下った』」


「神魔大戦の始まり、だね。…今のエテリスとは、名前からして違ってたんだ」


「『空から二つの星が、降り立った』…星、っていうのは、アルテアとジリウスのことなのかな」


「『銀の双翼。人類は、彼らをそう呼んで、恐れた』。『それは、僅か七日間で世界を焼き尽くした。鋼鉄を砂に変え、都市を消滅させた』」


「ジリウスさんの、抹消と崩壊…」


 読み進めるほどに、文字の端々から当時の人々の絶望が伝わってくる。けれど、ある箇所でページをめくる指が止まった。


「『最後に残った聖地。二つ目の太陽が出現し、世界を呑み込もうとしたが、その時、英雄アルトリウスが聖地を守護した。これこそが、新たなる歴史の歩みである』」


「コータさん」


「…うん。タエさんとアルテアが必死に抵抗した事実が、歴史から完全に抹消されてる」


 聖地を守ったのは、レガリス王家の祖であるアルトリウス――。

 美談として仕立て上げられたその記述に、ニーナさんが唇を噛んだ。


「意図的に消されているとしか思えない」


 その後の記述には、魔法の発現、魔物の出現、ギルドの発足。全部大戦の後だ。1000年前…アステリアには『魔法』なんてなかったのか…。


「超高度な文明を有した、1000年前のアステリア。そして、魔法のファンタジー世界である、このエテリス。…何もかもが違いすぎる。まるで、誰かが世界を丸ごと書き換えたみたいだ」


 ニーナさんが、隣で黙って記録を見つめていたジリウスさんに、ある疑問を問いかけた。


「ねえ、ジリウスさん。…ウォルターさんは、タエさんみたいにあの後、生き延びることができたの――?」


 その問いが、静まり返った資料室に落ちた、その瞬間。


「生きていることが、常に良いこととは限らないよ。……ニーナ君」


 不意に、背後から声が響いた。

 芝居がかった、胡散臭い話し方。けれど、耳ではなく脳に直接響いてくるような、不気味な残響を伴った声。


「っ……!?」


 僕たちは弾かれたように振り返った。

 そこに立っていたのは、仮面を被った、一人の男だった。


「コータ、出現を検知できなかった。存在の定義が曖昧…スキャンエラー」


 アルテアの警告に、心臓が跳ね上がる。

 ロックスさんやモーラさんと同じ、彼女が存在を検知できない人間。


「ニーナ、おそらく、ウォルターです。確証は得られませんが」


 ジリウスの声が、冷徹な現実を突きつけた。


「え……ウォルター、って…」


「久しぶりだね、ジリウス、そしてアルテア。息災だったかな。…雰囲気も、言葉遣いも、ずいぶんと丸くなったようだね」


 仮面の男はどこまでも親しげに、ジリウスへと語りかけた。

 そして、流れるような優雅な所作で、僕たちに向けて恭しく頭を垂れる。


「お初にお目にかかる。コータ君、ニーナ君。…私はクロニカ」


 クロニカと名乗ったその男。

 目の前にいて、言葉を交わしているはずなのに。

 その男の周りだけ、世界の輪郭がひどく曖昧に揺れているような気がした。


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