第109話:喧騒の影から、仮面が微笑む
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ニーナの切実な訴えが終わった直後、大議事堂内は騒然とした喧騒に包まれた。
中央では、事務総長マクシミリアンと三国の首脳、そして各国の重鎮たちが身を乗り出し、激しい議論を交わしている。その議論には当事者であるコータとニーナ、そして静かに佇むアルテアとジリウスも一時的に加わった。
途中、聖王国レガリスのアウレリウス王が激昂し、議席を叩いて反対を叫ぶ場面もあったが、数時間に及ぶ議論の末、ようやく一応の収束を見せた。
「静粛に、静粛に!」
マクシミリアンの声が法廷に響き渡る。
静まり返る議場。誰もが固唾を呑んで見守る中、彼はゆっくりと判決文を読み上げた。
「判決を言い渡す。――被告、イグナートは、監視付きの『無期限仮釈放』とする」
その瞬間、議事堂内は再び爆発的な議論に火がついた。
「処置が軽すぎはしないか!」
「極刑が妥当だろう!情に絆されたか!」
「だが、一番の被害者が赦すと言ったのだぞ…。太陽事件の実質的な犠牲者も、奇跡的にゼロだったはずだ」
混沌とする喧騒の中、被告席に座っていたイグナートが、静かに、だが、揺るぎない動作で立ち上がった。ただそれだけの動作で、法廷の空気は一変する。彼女から放たれる圧倒的な威圧感の前に、人々は自然と口を閉ざした。
「マクシミリアン殿。…皆も言っている通り、少しばかり刑罰が甘すぎるのではないかな。それでは『平和な世の中』など作れないよ」
挑発的に笑うイグナートに対し、ゼイルが真っ直ぐに視線を返した。
「監視付きの無期限仮釈放…。サイラス殿」
「ええ。彼女を監視するのは、人間ではありません。執行端末であるアルテアさん、そしてジリウスさんです。彼らの能力を用いれば、彼女の動向を24時間、完璧に捕捉することが可能となります。古代技術の第一人者として、私が保証しましょう」
サイラスが不敵に眼鏡を光らせる。それに呼応するように、ゼイルが言葉を継いだ。
「そして、現在のイグニスには彼女が必要だ。イグナートという絶対的なカリスマを失えば、軍のパワーバランスは崩壊し、再び多くの血が流れることになる。それは誰も望んでいないはずだ」
アッシュが、沈痛な面持ちで首を振る。
「俺たちでは…悔しいが、彼女を失って混乱する祖国を、正しく導くことはできない」
「そこでだ。ニーナ殿の意図を汲み、被告にはもう一度だけ、機会を与えることとした」
マクシミリアンの言葉が終わると、ニーナが一歩、また一歩とイグナートのもとへ歩み寄った。
「イグナートさん…真の平和を、期待しています」
「な…」
何を言っている、と悪態を吐こうとしたイグナートだったが、その言葉は喉の奥で止まった。
生まれて初めて「赦し」を与えられたからか。それとも、年若き少女に「力」ではなく「心」で敗北したことを悟ったからか。
ニーナは、イグナートの左頬に残る痛々しい火傷の痕に、そっと指を触れた。
「もし、また力で誰かをねじ伏せるようなことがあったら…その時は、私とジリウスさんが、やっつけます」
その瞳には、慈愛と、そして監視端末としての揺るぎない覚悟が宿っていた。
「…これはこれは。心して取り組まねばならないね、ニーナさん」
毒気を抜かれたように、イグナートは小さく笑った。
こうしてイグナートは、軍の参謀本部である程度の権限を持つ形での「恩赦」を受け、再びイグニスの地へと戻ることになったのである。
判決の後も忙しなく議論が続けられ、騒々しい大議事堂の奥。薄暗い影の中から、一人の男が楽しげに独り言ちた。
「あれが、コータ君とニーナ君。…そして、ジリウス…。ふふふ、多少、雰囲気が丸くなったかな…ああ、今から楽しみで仕方ないよ」
仮面の男は満足げに肩をすくめると、霧が晴れるようにその場から姿を消した。
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