第106話:審判の鐘が鳴る
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魔導商都セレスティア ギルド本部 大議事堂。
この日、この場所はそこに居るだけで呼吸が浅くなるような重圧に満ちていた。
中央の審判席。
そこには、今回の裁判長を務めるギルド事務総長、マクシミリアンさんが、厳格な面持ちで座っている。
隣には、今回の事件の調査と資料提供を担当する、セレスティア議長のゼイルさん。
その正面には、元・火刻帝国イグニス軍総司令、イグナート。
拘束具を嵌められているにも関わらず、その威圧感は変わらない。
中央から見て左側、各国代表の席。
そこには、聖王国レガリスの王、アウレリウスさんが、鋭い眼光を被告に向けている。その隣には、イグニス軍の代表としてアッシュさんが座っていた。
そして右側、僕たちが座る席。
古代技術の有識者として招かれたサイラスさんの隣に、重要な証言者であり被害者として、僕とニーナさんが並んでいた。
僕たちの後ろでは、アルテアとジリウスが、この場の重苦しい空気とは無関係に、いつものようにふわりと宙に浮いて状況を監視していた。
壁際には各国の要人やギルド関係者たちがずらっと並んでいる。
緊張感で押しつぶされそうになりながら、僕はふと隣に座るニーナさんの横顔を見た。
昨日までの怯えていた彼女はもう居なかった。その目は、ただ真っ直ぐに、かつて自分を利用した仇敵であるイグナートを見つめている。
僕の視線に気づいたニーナさんは、不安を打ち消すように、僕に向けて少しだけ、優しく微笑んで見せた。
「静粛に」
マクシミリアンさんの声が、天井に反響して降り注ぐ。
いよいよ、始まるんだ。
「被告、イグナート。罪状は、執行端末2号の強奪、及びエテリス大陸消失未遂事件――通称『太陽事件』の首謀者である罪。……異論はあるか」
イグナートが顔を上げる。その瞳は、あの日、僕らと対峙した時と同じ、ギラついた狂気と矜持が混ざり合ったままだった。
「ああ、その通りだよ」
彼女は、まるで今日の天気を答えるかのように、威圧的な態度で吐き捨てた。
「イグニス軍代理、アッシュ殿。軍として、異論はないかね」
「…ありません」
アッシュさんの表情は相変わらず読めない。けど、絞り出すようなその声には、悲痛な何かが混ざっているのが感じ取れた。
「犯した罪については、詳しく説明する必要はないだろう。そして、この裁判は特殊だ…セレスティア、ゼイル議長」
「はい。調査の結果、被告には、凄惨な過去がありました」
マクシミリアンさんの合図を受け、ゼイル議長が手元の資料に目を落とす。
淡々と、けれど残酷なまでに詳細に、その生涯が語られていく。
内戦、飢餓、裏切り。あまりにドロドロとした『世界の歪み』そのものが、彼女の人生だった。
◇
「以上が、彼女を怪物たらしめた、真実です」
ゼイルさんが資料を閉じ、言葉を結ぶと、議事堂はざわめきに包まれた。
「これは…世界が、彼女を追い詰めたというのか…」
「いや、それでも有罪だ。過去は罪を拭い去りはしない…」
「静粛に」
マクシミリアンさんの声が響き、波が引いたように沈黙が戻る。
「被告、イグナート。今の事実に間違いはないか」
「だったら何だというのかね? 私の過去がどうであろうと、思想は変わらない。そして、犯した罪もね。…平和な椅子に座る君たちの定規で、私を裁くといい」
拘束具の鎖を鳴らし、彼女は不敵に笑った。
「イグナートさん…」
アッシュさんが小さく、消え入りそうな声で呟くのを、僕は見逃さなかった。彼らがどのような関係で、どのような約束を交わしてきたのか、僕には分からない。でも、そこには確かに、奇妙な何かでつながっていることが感じ取れた。
「…では、被害者であり、この事件の功労者である、コータ殿」
マクシミリアンさんは小さく、苦悶を隠すようなため息をつくと、僕を射抜くような眼差しで見据えた。
「君の意見を聞きたい。この異世界の理を超えた存在として、君はどう考える」
喉が張り付くような緊張の中、僕はゆっくりと立ち上がった。
「はい」
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