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箱庭少女のロジック 〜かつて世界を滅ぼした最強のオートマタは僕の指示しか聞かないらしい〜  作者: 邑沢 迅
邂逅編

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第105話:記憶のない痛みと記録の行方

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 ちゅん、ちゅん、という小鳥の囀りで目を覚ます。


 あれ、僕は…。

 重い身体を起こすと、何故か昨日着ていた服のままでベッドに横たわっていた。しかも、体中が煙と焼けたお肉の匂いでひどく臭い。さらに言えば、みぞおちのあたりがズキズキと痛む。


「…皆と別れる時に、何か強烈な衝撃を受けた気がするんだけど…アルテア、何か知らない?」

「シャオの『衝捶ちゅうすい』が、コータに直撃した」


 ふわりと宙に浮き、窓の外を眺めていたアルテアが淡々と答える。

 だが、こちらを振り向いた彼女の瞳が、なんだか不自然に泳いでいるような…いや、気のせいか?感情の希薄な彼女が、目を逸らすなんて器用な真似をするはずがない。


 シャオさん…すぐにでも文句を言いに行きたいところだけど、取り合えず今はシャワーを浴びて、この酷い匂いと頭のモヤモヤをすっきりさせよう。


「コータ、さっき監視鳥バードが来た。ギルド本部へ来い、と」

「そっか。ありがとう、アルテア。…いよいよ、始まるのかな」


 僕はシャワーと着替えを早々に済ませ、隣の部屋のニーナさんと合流してギルド本部へと向かった。



 ギルド本部、事務総長室。


「忙しい中、来てもらって助かる。コータ殿、ニーナ殿。ああ、先日のゼノスでの魔物討伐、ご苦労だった。報告は聞いている。ジリウスも問題なさそうだな」


 重厚なローテーブルを挟んで、事務総長のマクシミリアンさんが静かに口を開いた。


「はい、何事も無くてよかったです。今回呼ばれたのは…イグナートの件、ですよね」

「そう。エテリス大陸消滅未遂事件…通称『太陽事件』。その裁判だ。二人とも、あの事件の最も重大な被害者としての立場での出廷となる」

「イグナートさん…」


 ニーナさんが、ぽつりと苦しそうな声で呟いた。

 同じ被害者とはいえ、ジリウスの監視端末として目をつけられ、操られて、あまつさえ世界を焼き尽くす片棒を担がされそうになったのだ。彼女の複雑な心中は想像に難くない。


「公平を期すため…とは思ったが、事前に伝えておかなければと思ってね」


 マクシミリアンさんはそう言うと、テーブルの上にいくつかの分厚い資料を広げた。


「これは…」

「イグナートの過去。私とゼイル議長で独自に進めていた、その調査資料だ」



「そんなことが…」

「…」


 広げられた資料には、平和な日本で生まれ育った僕らには到底想像もつかないような、イグナートの凄惨な子供時代が綴られていた。

 過酷な環境、血みどろの内戦、そして彼女が這い上がるために払ったあまりにも重すぎる犠牲。資料を読み進めるうち、ニーナさんは大きな瞳に涙を溜め、言葉を失っていた。


「そう。彼女が犯した大罪は決して許されるものではないが、彼女が内戦を終結させ、救った命もまた、決して少なくはない。その功績も、無視できるものではないのだ」


 マクシミリアンさんが、静かに事実だけを告げる。


「でも、いくら悲惨な過去があったとしても、免罪符には…」

「ならない。だからこそ、君たち当事者にこの情報を開示したのだ」


 僕の言葉を引き取るように、マクシミリアンさんは真剣な眼差しを向けてきた。


「どう感じるのか、どう考えるのか。我々エテリスの人間とは違う価値観を持つ、異世界からの客人である君たちにも、忌憚のない意見を貰いたかったのだ」


 横を見ると、小さく震えながら下を向くニーナさんがいた。

 あの時の恐怖が、フラッシュバックして彼女を苛んでいるのだろうか。


「ニーナ殿、無理にとは言わない。裁判の場は――」


 マクシミリアンさんが気遣うように言葉を掛けた、その時だった。


「アルテア、さん…?」


 アルテアがふわりと宙を舞い、震えるニーナさんを小さな腕で優しく抱きしめたのだ。


「このように対象に接触すると、精神状態が落ち着くという知見がある」


 抑揚のない声。でも、その小さな体から発せられる雰囲気は、紛れもなく彼女なりの『優しさ』だった。

 そして、それに続くように。


「ニーナ、恐怖は心を萎縮させ、適切な判断を阻害します。こういう時は――」


 ジリウスがふわりと近くへと寄り、ニーナさんの華奢な肩に、そっと不器用な手を置いた。


「ジリウスさん…」


 二人の執行端末による、予期せぬ温かい慰め。

 その光景に、僕以上に驚き、一番目を見開いていたのはマクシミリアンさんだった。


「執行端末…かつて世界を滅ぼしかけた破壊の権化が…心を持つというのか…」


 信じられないものを見るようなマクシミリアンさんの呟きが、その光景が如何にあり得ないかを物語っていた。


「ニーナさん、怖かったら無理しなくていいよ。僕が――」

「ありがとうございます、皆さん。…大丈夫、大丈夫です。私も、証言台に立ちます」


 僕が声をかけると、ニーナさんはアルテアをそっと抱きしめ返し、顔を上げた。

 その肩の震えは完全に止まっており、濡れた瞳には強い意志が宿っていた。


「…わかった。では、頼んだぞ」


 マクシミリアンさんは深く頷き、僕たちに力強い真っ直ぐな視線を向けた。


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