第105話:記憶のない痛みと記録の行方
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ちゅん、ちゅん、という小鳥の囀りで目を覚ます。
あれ、僕は…。
重い身体を起こすと、何故か昨日着ていた服のままでベッドに横たわっていた。しかも、体中が煙と焼けたお肉の匂いでひどく臭い。さらに言えば、みぞおちのあたりがズキズキと痛む。
「…皆と別れる時に、何か強烈な衝撃を受けた気がするんだけど…アルテア、何か知らない?」
「シャオの『衝捶』が、コータに直撃した」
ふわりと宙に浮き、窓の外を眺めていたアルテアが淡々と答える。
だが、こちらを振り向いた彼女の瞳が、なんだか不自然に泳いでいるような…いや、気のせいか?感情の希薄な彼女が、目を逸らすなんて器用な真似をするはずがない。
シャオさん…すぐにでも文句を言いに行きたいところだけど、取り合えず今はシャワーを浴びて、この酷い匂いと頭のモヤモヤをすっきりさせよう。
「コータ、さっき監視鳥が来た。ギルド本部へ来い、と」
「そっか。ありがとう、アルテア。…いよいよ、始まるのかな」
僕はシャワーと着替えを早々に済ませ、隣の部屋のニーナさんと合流してギルド本部へと向かった。
◇
ギルド本部、事務総長室。
「忙しい中、来てもらって助かる。コータ殿、ニーナ殿。ああ、先日のゼノスでの魔物討伐、ご苦労だった。報告は聞いている。ジリウスも問題なさそうだな」
重厚なローテーブルを挟んで、事務総長のマクシミリアンさんが静かに口を開いた。
「はい、何事も無くてよかったです。今回呼ばれたのは…イグナートの件、ですよね」
「そう。エテリス大陸消滅未遂事件…通称『太陽事件』。その裁判だ。二人とも、あの事件の最も重大な被害者としての立場での出廷となる」
「イグナートさん…」
ニーナさんが、ぽつりと苦しそうな声で呟いた。
同じ被害者とはいえ、ジリウスの監視端末として目をつけられ、操られて、あまつさえ世界を焼き尽くす片棒を担がされそうになったのだ。彼女の複雑な心中は想像に難くない。
「公平を期すため…とは思ったが、事前に伝えておかなければと思ってね」
マクシミリアンさんはそう言うと、テーブルの上にいくつかの分厚い資料を広げた。
「これは…」
「イグナートの過去。私とゼイル議長で独自に進めていた、その調査資料だ」
◇
「そんなことが…」
「…」
広げられた資料には、平和な日本で生まれ育った僕らには到底想像もつかないような、イグナートの凄惨な子供時代が綴られていた。
過酷な環境、血みどろの内戦、そして彼女が這い上がるために払ったあまりにも重すぎる犠牲。資料を読み進めるうち、ニーナさんは大きな瞳に涙を溜め、言葉を失っていた。
「そう。彼女が犯した大罪は決して許されるものではないが、彼女が内戦を終結させ、救った命もまた、決して少なくはない。その功績も、無視できるものではないのだ」
マクシミリアンさんが、静かに事実だけを告げる。
「でも、いくら悲惨な過去があったとしても、免罪符には…」
「ならない。だからこそ、君たち当事者にこの情報を開示したのだ」
僕の言葉を引き取るように、マクシミリアンさんは真剣な眼差しを向けてきた。
「どう感じるのか、どう考えるのか。我々エテリスの人間とは違う価値観を持つ、異世界からの客人である君たちにも、忌憚のない意見を貰いたかったのだ」
横を見ると、小さく震えながら下を向くニーナさんがいた。
あの時の恐怖が、フラッシュバックして彼女を苛んでいるのだろうか。
「ニーナ殿、無理にとは言わない。裁判の場は――」
マクシミリアンさんが気遣うように言葉を掛けた、その時だった。
「アルテア、さん…?」
アルテアがふわりと宙を舞い、震えるニーナさんを小さな腕で優しく抱きしめたのだ。
「このように対象に接触すると、精神状態が落ち着くという知見がある」
抑揚のない声。でも、その小さな体から発せられる雰囲気は、紛れもなく彼女なりの『優しさ』だった。
そして、それに続くように。
「ニーナ、恐怖は心を萎縮させ、適切な判断を阻害します。こういう時は――」
ジリウスがふわりと近くへと寄り、ニーナさんの華奢な肩に、そっと不器用な手を置いた。
「ジリウスさん…」
二人の執行端末による、予期せぬ温かい慰め。
その光景に、僕以上に驚き、一番目を見開いていたのはマクシミリアンさんだった。
「執行端末…かつて世界を滅ぼしかけた破壊の権化が…心を持つというのか…」
信じられないものを見るようなマクシミリアンさんの呟きが、その光景が如何にあり得ないかを物語っていた。
「ニーナさん、怖かったら無理しなくていいよ。僕が――」
「ありがとうございます、皆さん。…大丈夫、大丈夫です。私も、証言台に立ちます」
僕が声をかけると、ニーナさんはアルテアをそっと抱きしめ返し、顔を上げた。
その肩の震えは完全に止まっており、濡れた瞳には強い意志が宿っていた。
「…わかった。では、頼んだぞ」
マクシミリアンさんは深く頷き、僕たちに力強い真っ直ぐな視線を向けた。
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