第103話:まずはひと口の体験を
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「あっ、コータさん、アルテアさん、おかえりなさい!もう始めてるよ」
ギルド宿舎の中庭。夕闇が迫る中、ランタンの温かい灯りと炭火の香ばしい匂いが漂う場所に、オーティスへと出かけていた二人が帰ってきた。
「コータ、作戦を開始する」
「ああ、食事ね。はいはい…まずは手を洗ってからね」
並べられた食材を見て臨戦態勢に入るアルテアさんを、コータさんが保護者のようになだめている。
中庭には私とジリウスさん、シャオさんとクローディアさん。そしてデリクさんとエレーナさんだけでなく、カイト君とカレンちゃんも合流していて、とてもワイワイとした賑やかな雰囲気になっていた。
「ごめんね、遅くなっちゃって」
「いえ、お肉も野菜もまだまだたくさんあるから。…それで、どうだった?」
「うん。長くなるから後でゆっくり話すけど、なかなか興味深い話だったよ」
「そっか。無事に解決したみたいでよかったね」
私がホッと胸を撫で下ろしていると、私たちの少しだけシリアスな会話は、網の前から響いた大きな声に遮られた。
「デリクさん、この肉!焼けてますよ!」
「おう、カイト!食え食え!もっとデカくならねぇとな!」
デリクさんとカイト君が、焼きたてのお肉を奪い合うようにして豪快に笑っている。
「あ、お人形サンも来たネ!こっちヨ!」
「シャオ、私は食物を所望する」
「いっぱいありますよー!」
アルテアさんはシャオさんとカレンちゃんに呼ばれ、すぐにそっちのテーブルへと吸い込まれていった。相変わらずの食欲みたいだ。
「あれ、ジリウスは…」
コータさんが辺りを見回す。
「あっち」
私が指さした先では、ジリウスさんが焼ける前の生肉や野菜と、網の上で焼かれている食材とを、真剣な顔で色々と吟味していた。
「ジリウスさん、このイカ焼けてますよ」
その隣では、トングを持ったエレーナさんがテキパキと網の上の食材をひっくり返したり、焼き加減を見極めたりしてくれている。完全に網の管理を仕切っているエレーナさんは、『鍋奉行』ならぬ『焼肉奉行』かな。すごく頼りになる。
「コータ、こんばんは」
「うん、こんばんは。ジリウス、そのイカ、食べるの?」
ジリウスさんの目の前には、串に刺さったこんがりと焼けたイカが、重力に逆らってふわふわと宙に浮いている。彼はそれを、まるで未知の生物でも観察するかのようにジーッと見つめていた。
「私がおすすめしたんですよ。アルテアさんみたいに、『好き』とか『嫌い』とか、そういうのがわかってもらえたらなって」
視線を向けると、その向こうのテーブルでは、アルテアさんが無尽蔵に全ての食材を食べ尽くしている凄まじい光景が見えた。なんだか、すごく対照的だ…。
「そっか…いいね!ジリウス、がぶっと行くんだ」
「了解、コータ」
コータさんの後押しを受け、ジリウスさんは浮遊しているイカをぱくりと口に入れ、もぐもぐと咀嚼し始めた。
無表情な美青年が真顔でもぐもぐしている姿は…なんだか、すごくかわいくて、少し笑ってしまった。
ごくん、と喉を鳴らして飲み込んだ瞬間。
ジリウスさんの無機質な瞳に、チカッと少しだけ光が灯った気がした。
「おいしい…ですか?」
「興味深いデータです、ニーナ。多数のサンプルを所望します」
そういうと、ジリウスさんはふわりと、再びエレーナさんのいる網の方へと飛んで行ってしまった。
「おいしかったんだね」
「そう…みたいだね」
私とコータさんが顔を見合わせて笑っていると、戻ってきたジリウスさんの周囲には、美味しそうに焼けたお肉や野菜、魚介類などが大量にふわふわと浮遊していた。
それを片っ端から順番に口に運び、淡々と食べ進めていくジリウスさん。
すると、殻付きのホタテを食べた瞬間、ジリウスさんの目が少しだけ、本当にわずかに見開かれた。
「ホタテ、好きなんですか?」
「…もう少し、サンプルが必要です」
「うふふ、エレーナさんに聞いてみて」
そんな私たちのやり取りを、グラスを片手に微笑ましく眺めていたクローディアさんが、ゆっくりと近づいてきた。
「コータさん、こんばんは」
「こんばんは、クローディアさん」
挨拶を交わしていると、再びいくつかのホタテを宙に浮かせたジリウスさんが戻ってきた。
「ねぇ、ジリウスさん。そのホタテを食べた後に、これ、飲んでみて。所謂『後追い』ね」
クローディアさんが妖艶に微笑みながら手渡したのは、薄く緑がかった液体の入ったグラス…ワイン、かな。
「ありがとうございます、クローディア」
ジリウスさんはホタテをもぐもぐと咀嚼して飲み込んだ後、手渡されたグラスをぐいと飲み干した。すると――。
「……これは、食べ合わせというものでしょうか。実際に経験すると、記録のデータとは全く異なる感覚です」
「ジリウスさんは、お酒とご飯を合わせるのが好き、なのかな?」
私が不思議そうに尋ねると、ジリウスさんはグラスを見つめながらいつもの抑揚のない声で答えた。
お酒は飲んだことがないけど…『合う』ってやつかな。
そういえばおじいちゃんもシシャモと日本酒でちびちびやってたっけな…。
「探求したいという、知的好奇心が著しく促進されています」
「ジリウス、それが『好き』ってことだよ」
コータさんが、優しく笑いながらそう教えてあげた。
「好き」
ジリウスさんはその言葉を、自分の中で反芻するように小さく呟いた。
「あら、良い飲みっぷりね。ジリウスさん、あっちで一緒に飲みましょう。ニーナさん、彼、少し借りていくわね」
「あ、はい!いってらっしゃい!」
クローディアさんに腕を引かれ、奥のテーブルへと誘われるジリウスさん。その周囲には、まだいくつかのホタテがふわふわと浮いたままだった。
彼が「好き」という感情を理解する最初の一歩が、まさかお酒のおつまみになるなんて。私はおかしくて、コータさんと一緒にクスクスと笑い合った。
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