第98話:白亜の道への第一歩
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15年前。聖王国レガリス、王都オーティス。
黒い瞳と黒い髪、そして独特の訛りを持つ少年――ナギ、11歳。
彼は両親と共に、城下町の美しく整備された街並みにただただ見とれていた。
「めっちゃ綺麗やな…」
「ほんまやな…ウチらがおるヤシマとは、全然ちゃうなぁ」
白く輝く石畳の歩道、天を衝くような高い尖塔を持つ建物、行き交う人々の洗練された服装。その全てが、ナギの知る故郷の文化とは大きく異なっていた。
極東の島国『ヤシマ』。ナギはその辺境の地で、執行者としての類稀なる素質を見出され、ギルド本部から特待生としての招待を受けていた。ヤシマにもギルドの小規模な支部はあるものの、より高度な教育体制の整った王都オーティスの養成機関で育成すべきだという推薦を受けたのだ。
「泊まり込みになるけど…しっかりやるんやで。ご飯は三食しっかり食べるんやで。寝る前は絶対歯磨きや。年に一回は絶対帰ってきぃ――」
「分かっとるて。…おかんは心配性やねんから」
いつまでも小言を並べる母親にナギが苦笑していると、バチンッ!と、無口な父親がナギの背中を力いっぱい叩いた。それは、言葉の代わりに文字通り『背中を押す』、不器用な父親なりの熱い一撃だった。
「いっ…た…!おとん、何すんねん!…でも、気合入ったわ。ほな、行ってくる」
ナギは痛む背中をさすりながらもニカッと笑い、小さな革袋一つだけを肩に担いで、王都の白亜の道へと力強く一歩を踏みだした。
◇
数日後。ギルド養成所の教室、放課後。
ここでは未来の共同体、監視者や執行者を育成するため、魔法や戦闘の修練だけでなく、一般教養の教育までもが、一貫して行われていた。今日の授業を終え、帰る準備をしていたナギの背中に、ひそひそと好奇と嘲笑の目線が刺さる。
「あいつ、髪の毛も目も真っ黒だよね…変な話し方だし…」
「極東の島国から来たらしいぜ。野蛮そうだな」
周囲の生徒たちは皆、オーティスやその近辺の豊かな土地の出身者ばかり。金髪や茶髪が一般的なこの国において、良くも悪くもナギの風体はひどく目立っていた。そして、その周囲からの反発に拍車をかけていたのが、ナギ自身の性格である。
「…全部聞こえとるでぇ」
「ひっ…!」
陰口を叩かれても気にするでもなく、かといって過度に怒って反応するわけでもない。常にどこか余裕のある、その『飄々とした態度』が、プライドの高い都会の子供たちにはひどく気に食わなかったのだ。
「おい、田舎モン」
身なりの良い、いかにも高貴な血筋らしき金髪の少年と、その取り巻きが数人、ナギの前に立ちはだかった。
「なんやねん」
「ぷっ…!皆、聞いたか!?『なんやねん』だってさ!」
中心の少年――アダムが腹を抱えて笑い、取り巻きもそれに同調してギャハハと嘲笑する。しかしナギは、そんな彼らをひどく面倒臭そうに一瞥しただけだった。
「…なんだよ、その目は。真っ黒で気持ちわりぃな。お前の家族も、真っ黒でさぞ気持ちわりーんだろうな」
アダムが顔をしかめて吐き捨てたその瞬間。ナギの飄々とした空気が一変し、殺気を孕んだ鋭い目つきでアダムをギロリと睨み返した。
「ひっ…」
ナギから放たれた本物の威圧感に、アダムは思わずたじろぎ、一歩後ずさる。
「な、生意気だな!アダムさんの父上が誰だかわかってるのか!?」
アダムの動揺を隠すように、取り巻きの一人が慌てて前に出た。
「さぁ…知らんな。どっかの偉いさんか?」
「なっ……このっ!」
一触即発の空気に、教室がざわつく。その騒ぎを聞きつけ、一人の少女が人混みを掻き分けて口をはさんだ。
「ちょっと、やめなよ!」
それは、この養成所で唯一人、ナギのことを気にかけてくれる少女だった。名を――。
「おい、サクラ!そういや、お前もこいつと同じ辺境の血が入ってるんだってな!」
「だからお前も『サクラ』なんて変な名前なのか!」
「なっ…なによ!」
突然矛先を向けられ、サクラと呼ばれた少女は顔を真っ赤にして激昂した。
「なんだよ!近寄るな、汚い血がうつるだろうが!」
「いっ…!」
アダムがサクラの肩をドンッと強く突き飛ばす。バランスを崩したサクラは、無様な音を立てて床に尻もちをついてしまった。それを見たアダムたちが下品な笑い声を上げる。
「…女の子まで巻き込むのは、あかんのとちゃうか」
ナギの真っ黒な瞳に、決定的な怒りの火が点った。彼が拳を握りしめ、アダムの胸倉を掴もうと一歩距離を詰めた、その瞬間だった。
「――僕に免じて、この場を収めてはくれないだろうか」
凛とした、しかしどこか威厳のある透き通った少年の声が、教室に響き渡った。
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