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クラス転移に巻き込まれなかった俺、学校に残された数人の「残り物」たちと最強の文化祭を開催する  作者: NN


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29/30

29時間目 フィナーレ

 深い、深い闇の中にいた。

 音も光もない世界。

 だが、不思議と怖くはなかった。

 遠くで、誰かが俺の名前を呼んでいるような気がしたからだ。


 ――カケル!

 ――カケル君!


 その声が、俺を現世へと引き戻す命綱アンカーだった。


 *


「……ん」


 重い瞼を開けると、見慣れた天井があった。

 校長室の、豪華なシャンデリア(電気は消えている)だ。

 鼻をくすぐるのは、高級なコーヒーの香りと、微かな薬品の匂い。


「気がついたかね、実行委員長殿」


 横から、落ち着いた声が聞こえた。

 首を動かすと、デスクでマグカップを傾ける東雲センパイの姿があった。

 白衣は煤だらけでボロボロだが、その表情はいつもの涼しげなものだった。


「センパイ……。俺、生きてます?」

「ギリギリでね。過剰な魔力行使による『魔力欠乏症』と、全身打撲。まあ、3日も寝込めば治るレベルだ」


 3日か。結構な重傷だ。

 俺は体を起こそうとして、右腕に違和感を覚えた。


「……うおっ」


 右腕全体が、分厚い包帯でグルグル巻きにされていた。

 感覚が鈍い。まるで、自分の腕が石になったような重さだ。


「心配するな。切断は免れたよ」

 センパイが言った。「ただ、空間という概念に無理やり杭を打ち込んだ反動だ。神経系が焼き切れている。リハビリには時間がかかるだろうね」


 俺は包帯の隙間から、自分の指先を見た。

 皮膚の一部が、黒い岩のように変色していた。

 ジェームズ君(人体模型)や、巨大な腕と同じ質感。異世界の干渉を受けた名残(勲章)だ。


「……ま、悪くないっすね」


 俺は左手で、動かない右腕をさすった。

 この腕が、俺たちの居場所を守った証拠だと思えば、重さすら愛おしい。


「それにしても……静かですね」


 窓の外を見た。

 あの不気味な紫色の光も、空の亀裂も、巨大な腕もない。

 あるのは、いつもの灰色の霧に閉ざされた、静謐な夜空だけだ。


「全部、終わったんですか」

「ああ。君が『固定』で蓋をして、私の花火と凛君の炎がすべてを吹き飛ばした。ゲートは完全に消滅。豪徳寺君たちの反応もロストしたよ」


 勝ったんだ。

 俺たちは、世界を救った勇者に勝った。

 世界を守るためじゃなく、ただの「日常」を守るために。


 ふと、太もものあたりに重みを感じた。

 視線を落とすと、ソファの端で、凛が俺の足に突っ伏して眠っていた。

 ジャージは泥だらけで、髪もボサボサだ。

 でも、その寝顔は安らかで、目の端には乾いた涙の跡があった。


「ずっと看病していたんだよ。君が死ぬんじゃないかって、泣きじゃくってね」

「……余計なこと言わないでくださいよ」


 俺は苦笑して、左手で凛の頭をそっと撫でた。

 柔らかい髪の感触。

 生きている。俺も、こいつも。


「ん……ぅ……」


 俺の手の動きを感じたのか、凛が身じろぎをして、ゆっくりと顔を上げた。

 眠そうな目が、俺と合う。

 数秒の沈黙。

 彼女の瞳が、急速に見開かれていく。


「……カケル?」

「よう。おはよう、お姫様」


 俺が茶化すと、凛の顔がくしゃっと歪んだ。


「バカッ……!!」


 ドスッ!


 いきなり鳩尾みぞおちに頭突きを食らった。

 病人に何すんだ。


「痛ぇな!」

「心配させんじゃないわよ! 息止まってるし! 体冷たいし! もうダメかと思ったじゃない!」


 凛は俺の胸に顔を埋めたまま、ポカポカと拳で叩いてきた。痛くはない。震えていた。


「悪かったよ。……ありがとな、守ってくれて」

「……うるさい。バカ」


 俺は彼女の背中に手を回し、ポンポンと叩いた。

 センパイが「やれやれ」といった顔でコーヒーを啜っている。


 俺たちは生きて、朝(といっても霧の中だが)を迎えた。


 その時。

 窓の外で、キラキラと何かが光った。


「おや、まだ残っていたか」


 センパイが窓を開ける。

 夜空に舞っていたのは、先ほどの戦闘で打ち上げた「化学花火」の燃えカス――光る粒子の残り香だった。

 風のない結界の中で、それはダイヤモンドダストのように滞留し、学校全体を幻想的に包み込んでいた。


「綺麗……」

 凛が涙を拭って呟く。


 それは、激しかった戦いの終わりを告げる、静かなフィナーレの輝きだった。

 俺たちは並んで、その光景を見つめた。


「終わったな、文化祭」

「ええ。……最高の祭りだったわ」

「またやりたいかね?」

「勘弁してください。次はもっと地味なやつでいいです」


 俺たちの笑い声が、静かな校長室に響いた。

 こうして、たった3人だけの、世界で一番熱くて、迷惑で、最高だった文化祭は幕を閉じた。


 あとは、後夜祭エピローグを残すのみだ。

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