26時間目 炎のダンス
パラパラパラ……。
夜空から、光の粉雪が降っていた。
いや、それは雪ではない。
東雲センパイの科学花火と、凛の爆炎によって焼き尽くされた巨大な腕の「燃えカス」だ。
紫色の岩のような皮膚を持っていた巨腕は、もはや原形を留めていなかった。
虹色の炎に焼かれ、ボロボロと崩れ落ち、地面に届く前に光の粒子となって消滅していく。
「……すげぇ」
放送室の窓際で、俺は呆然と呟いた。
俺の右手の痛みも、疲労も、一瞬だけ忘れていた。
それほどまでに、目の前の光景は幻想的だった。
極彩色の火の粉が舞い散る校庭の中心。
朝礼台という名のステージに、桐島凛は立っていた。
「…………」
彼女はもう、叫んでいなかった。
指鉄砲を構えてもいない。
ただ、両手を広げ、まるで指揮者のように優雅に指を動かしているだけだ。
だが、その指先の動きに合わせて、周囲の炎が生き物のように蠢く。
シュルルッ……。
地面を舐めていた余り火が、赤い蛇となって空中に巻き上がる。
一本、二本、十本。
炎の帯が凛の体を包み込み、螺旋を描きながら天へと昇っていく。
それは攻撃魔法のような暴力的なものではない。
新体操のリボンのように滑らかで、バレエのように繊細だ。
かつて「狂犬」と呼ばれ、誰とも馴れ合わずに屋上で一人寝ていた少女。
その彼女が今、孤独な夜を焼き払い、世界の中心で踊っている。
『 ア …… ア ァ …… 』
空の亀裂から、うめき声が漏れた。
巨大な腕を失った豪徳寺の思念だ。
本来なら、腕を壊された怒りで反撃してくるはずだ。
だが、次の攻撃が来ない。
来られないのだ。
『 キ レ イ ダ …… 』
思わず漏れたような、敵の心の声。
異世界の戦場で、血と泥にまみれ、美しいものなど何一つ見てこなかった彼らにとって。
この圧倒的な「光の演舞」は、戦意を奪うほどの劇薬だった。
空中に残っていたガーゴイルたちも、翼を休め、校舎の屋根に止まってその光景に見入っている。
魔物さえも魅了する、絶対的なヒロイン力。
「カケル君。BGMを変えるぞ」
背後で、東雲センパイが静かにフェーダーを操作した。
激しいメタルロックがフェードアウトし、代わりに流れてきたのは――ピアノの旋律だった。
音楽室から回収したCDにあった、バラード曲。
しかし、そのリズムは力強く、炎の揺らめきと完璧にシンクロしている。
「粋なことしますね、センパイ」
「演出家として当然の仕事さ。さあ、クライマックスだ」
ピアノの音が夜気に染み渡る。
凛が、最後の舞を見せる。
彼女はくるりとターンを決めると、その遠心力で周囲の炎を一箇所に集めた。
巨大な火の鳥のような塊が、彼女の頭上に形成される。
「……さよなら」
凛が短く呟き、腕を振り上げた。
その動作は、敵を倒すためのものではなく、終わってしまった祭りを弔うような、静かな「送り火」のようだった。
ヒュオオオオオオオオッ!!
炎の鳥が、一直線に空へ翔ける。
それは崩れかけた巨大な腕の残骸をすり抜け、その奥にある「空の亀裂」そのものへと吸い込まれていった。
カッ……!!
亀裂の内部で、炎が炸裂した。
紫色の不吉な光が、暖かなオレンジ色に塗り潰される。
『 熱 い …… で も 、 暖 か い …… 』
豪徳寺の怨嗟の声が、炎に巻かれて溶けていく。
羨望も、憎悪も、すべてが浄化されていくようだ。
俺はマイクを握り直し、震える声で告げた。
「……見たか、豪徳寺」
「これが、俺たちの『文化祭』だ」
「剣も魔法もいらない。ただ、最高に美しいだけだ」
空の亀裂が、炎の熱によって縫い合わされるように、徐々に小さくなっていく。
だが、完全に閉じる直前。
炎の中で、何かがキラリと光った。
それは、ただの魔力ではない。
人の形をした――。
「……来るぞ」
俺は直感した。
腕は壊した。戦意も挫いた。
だが、最後に「彼」自身が、直接言いたいことを言いに来る。
怪物としてではなく、かつてのクラスメイトとして。
俺は放送室を飛び出した。
凛が待つ、グラウンドへ向かうために。




