25時間目 科学と魔術のキャンプファイヤー
「ミュージック、スタート」
放送室で、東雲センパイがボソリと呟き、手元の赤いスイッチを押し込んだ。
それは、攻撃の合図というよりは、ショーの開幕を告げる演出家の所作だった。
カチッ。
その小さな音が、世界の音量を塗り替えた。
ドシュッ! ドシュッ! ドシュッ! ドシュッ!!
校庭の四隅――体育倉庫裏、プールサイド、花壇、そして朝礼台の周囲に埋設されていた「発射筒」が一斉に火を噴いた。
打ち上げられたのは、ただの火薬ではない。
理科室の薬品在庫をフル活用し、センパイが徹夜で調合した『特製・炎色反応カートリッジ』だ。
ヒュルルルルル……ドンッ!! パァァァンッ!!
夜空に大輪の花が咲いた。
だが、色が異常だ。
リチウムの深紅。
ナトリウムの烈光のような黄色。
銅の青緑。
カリウムの紫。
毒々しいまでの極彩色な閃光が、灰色の霧に閉ざされた空を埋め尽くす。
「うおっ……眩しっ!」
放送室にいる俺ですら、腕で顔を覆うほどの光量。
暗視に慣れていたガーゴイルたちは、網膜を焼かれて悲鳴を上げ、バラバラと墜落していく。
「まだだ! メインディッシュはこれからだぞ!」
センパイが叫ぶ。
空中で炸裂した花火の粒子が、キラキラと光る粉となって校庭全体に降り注ぐ。
それは、可燃性の金属粉末だった。
校庭の空気が、爆発寸前のガス室のように変わる。
その中心。
光の粉が降り注ぐ朝礼台の上で、凛が天を仰いだ。
「……綺麗」
彼女は一瞬、うっとりと空を見上げたが、すぐに口元を吊り上げた。
最高のお膳立てだ。
この充満したエネルギーに、最後の「種火」を投げ込むのは、彼女の役目。
「全部、燃えちゃえ!」
凛が両手を頭上で叩き合わせた(クラップ)。
パチンッ!
その摩擦熱が、彼女の『発火』能力によって増幅され、爆発的な火種となる。
ボォォォォォォォォォンッ!!!!
連鎖爆発が起きた。
空中に漂う金属粉末が一斉に燃焼し、校庭全体が巨大な火柱と化した。
それはもはや「キャンプファイヤー」なんて可愛いものじゃない。
校庭そのものが、ひとつの巨大なエンジンとなって火を噴いたような光景だ。
『 ギ……ャ……ァ……ァ……ッ!? 』
頭上で静止していた巨大な腕が、炎の奔流に飲み込まれた。
物理的な熱さだけではない。
マグネシウムの閃光と、様々な化学物質が燃焼する際の「あり得ない色」の光。
それが、異世界の「魔力」という不安定なエネルギー結合を、科学の力で強制的に分解していく。
「解析通りだ!」
センパイがモニターにかじりつきながら叫ぶ。
「異世界の魔力は『波長』で維持されている! そこに異なる周波数の『光』と『熱』を過剰供給すれば、奴らの構成データはバグを起こして崩壊する!」
つまり。
剣で斬るんじゃない。
魔法で消すんじゃない。
「混ぜるな危険」の化学反応をぶつけて、存在ごと文字化けさせているんだ!
『 熱 い ! 痛 い ! わ け が わ か ら な い ! 』
豪徳寺の悲鳴が脳内に響く。
巨大な腕の表面が、ボロボロと崩れ落ちていく。岩のような皮膚が、デジタルノイズのように点滅し、光の粒子となって剥がれ落ちる。
「カケル! 今よ! アンタの『固定』を解いて!」
炎の渦の中から、凛の声が聞こえた。
彼女は炎の中心にいながら、自分の周りの酸素だけを巧みに制御し、無傷で立っていた。まるで炎の精霊だ。
「……おうよ!」
俺は右手に残っていた最後の力を振り絞った。
これまで巨大な腕を「止める」ために使っていた力を、一気に解除する。
だが、ただ離すだけじゃない。
俺たちが作り出したこの「熱狂」を、空の亀裂の向こう側へ送り込むために。
『固定』していた空間の蓋を、外側へ向かって弾き飛ばす!
「持ってけ泥棒ォォォォッ!!」
バシュッ!!
俺がロックを外した瞬間。
行き場を失っていた膨大な熱エネルギーと爆音が、煙突効果によって真上へと噴出した。
ズドォォォォォォォォンッ!!
極彩色の炎の槍が、巨大な腕を貫通し、空の亀裂の奥深くへと突き刺さった。
夜空が焼ける。
紫色の不吉な光が、科学の虹色によって上書きされていく。
それは――
俺たちが開催した「最強の文化祭」が、夜空を塗り替える序章だった。




