23時間目 作戦名『スクール・フェスティバル』
凛が放送室の窓から夜空へ身を投げた。
3階からのダイブ。自殺行為だ。
だが、彼女は空中で指先からジェット噴射のような炎を放ち、姿勢を制御すると、校庭の中央にある「朝礼台」へと軽やかに着地した。
「……行ったな」
俺は窓枠に張り付いたまま、頭上の巨大な腕を睨みつけた。
紫色の皮膚を持つ巨腕は、俺の『固定』に阻まれながらも、ジリジリと圧力を増している。
ミチチッ……パキッ。
嫌な音がした。
空間がきしむ音ではない。俺の「脳内」で響いた音だ。
「……っ!?」
一瞬、視界がノイズ走ったブラウン管のように歪んだ。
俺が固定している虚空に、黒い「亀裂」が走る幻覚が見える。
違う。空間が割れているんじゃない。
俺の『固定』という概念そのものに、ヒビが入っているんだ。
(感覚が……ズレてる?)
右手の感覚がない。
俺の手はここにあるのに、意識だけが数センチ横にズレているような、強烈な違和感。
限界だ。俺の器が、1000人分の質量を支えきれずに崩壊しかけている。
「カケル君! 耐えろ! 今、ステージが完成する!」
背後で東雲センパイが叫び、ミキサーのつまみを全開にした。
ドォォォォォンッ!!
重低音が校庭の土を跳ねさせる。
同時に、屋上から照射された数本のスポットライトが、朝礼台の一点に集中した。
暗闇の中で、その場所だけが昼間のように輝く。
光の中心に立つのは、制服のスカートを翻した凛だ。
「さあ……見なさい! これがあたしの本気よ!」
凛が両手を広げ、天を仰いだ。
その全身から、紅蓮の炎が噴き上がる。
だが、それは敵を焼き尽くす攻撃的な炎ではない。
シュボッ! ヒュオオオッ!
彼女の指先から伸びた炎が、長いリボンのように渦を巻く。
凛が回る。炎も回る。
新体操のリボンのように、あるいはファイヤーダンスのポイのように。
美しい幾何学模様を描きながら、炎の帯が彼女の周囲で踊り狂う。
「すげぇ……」
俺は右手の激痛も忘れて見入っていた。
かつて「狂犬」と呼ばれ、誰からも恐れられていた少女が、今は誰よりも眩しく、世界の中心で輝いている。
――ズキン、と痛みが戻った。現実に引き戻される。まだ終わってない。
『 ギ……ギギッ? 』
空を飛んでいたガーゴイルたちが、攻撃の手を止めた。
あまりの光量と熱量、そして理解不能な「美しさ」に、思考が追いついていないのだ。
異世界の魔物にとって、恐怖でも殺意でもないこのエネルギーは、未知の猛毒であり――同時に、抗えない魅力でもあった。
ズズズ……。
頭上の巨大な腕までもが、動きを止めた。
豪徳寺の怨念が、凛のダンスに見惚れている?
いや、「毒気」を抜かれているんだ。
「効いているぞ! 場の空気が『戦場』から『祭典』に書き換わっている!」
センパイが興奮気味に叫ぶ。
俺の視界のノイズも、少しだけ収まった気がした。
会場(学校)のボルテージが上がれば上がるほど、向こうの干渉力は弱まる。
「もっとだ……! もっと熱くなれ!」
俺はマイクに向かって煽った。
「どうした新入生ども! 棒立ちで見てるだけか!? 乗り遅れるなよ!」
凛がさらに加速する。
炎の螺旋が朝礼台を包み込み、巨大な火柱となって夜空へ立ち昇る。
それは、閉ざされた霧の空を焦がす、反撃の狼煙だった。
ピキッ。
また、俺の右手に亀裂が走る感覚があった。
でも、今度は怖くない。
(壊れるなら、壊れればいい)
(固定できないなら、ぶつけてやる)
俺はニヤリと笑った。
守るだけじゃ勝てない。
この「ヒビ」を利用して、俺も攻勢に出る時が来たようだ。
「凛! センパイ! フィナーレの準備だ!」
俺の叫び声が、爆音にかき消されながらも二人に届く。
最強の文化祭は、いよいよ最後の演目へと突入する。




