22時間目 3人だけの作戦会議
ガギィィィィィィィンッ……!!
放送室の窓の外。
俺の『固定』によって空中で静止した巨大な腕が、小刻みに震えている。
俺と、巨大質量との力比べ。
今のところ、俺が勝っているように見えるだけだった。
爆音のメタル音楽が、勝利の凱歌のように鳴り響いている――はずだった。
ジャ、ジャッ……ザザッ……。
不意に、スピーカーからの音が歪んだ。
CDの音飛び? いや、違う。
空気が、音を拒絶しているような、不快なノイズ。
「……カケル君。気を抜くな」
後ろで操作盤を握る東雲センパイが、低く、冷たい声で呟いた。
「今の……完全じゃない」
「え?」
「君の『固定』だけで止まったんじゃない。向こうが『止まった』んだ」
俺は眉をひそめ、目の前の巨大な指を見上げた。
ピクリとも動かない紫色の皮膚。
だが、その奥から――視線を感じる。
亀裂の奥の暗闇で、何かが**「嗤った」**ような気配がした。
――豪徳寺だ。あいつの、ひび割れた笑い声。
『 な ぜ …… 』
脳内に、粘着質な声が響く。
さっきまでのヒステリックな怒りとは違う。もっと冷たく、ドロドロとした執着。
『 な ぜ 、 そ ん な に 楽 し そ う な ん だ …… 』
ズズズッ……。
止まっていたはずの巨大な指が、ゆっくりと動き出した。
俺の『固定』を力で破ったのではない。
俺の固定した空間を、「避けて」、液状化してすり抜けてきている!
「なっ……!? アンカーが効かない!?」
「適応してきているんだ!」
センパイが叫ぶ。「こちらの『お祭り騒ぎ(ジャミング)』の波長に、奴らが慣れ始めている! このままだと耐性がついて、一気に突破されるぞ!」
巨大な指がドロリと形を変え、放送室の窓ガラスに触れようとする。
死の感触が鼻先まで迫る。
「くそっ……! 押さえろおおおッ!」
俺は両手で虚空を掴み直し、全身の魔力を注ぎ込む。
鼻血が滴り落ちる。視界が赤い。
止まれ。止まれ。止まれ!
ギリギリのところで、指の侵食が止まる。
だが、俺の体感であと数分、いや数秒持つかどうかだ。
「凛! センパイ! 作戦会議だ!」
俺は脂汗を流しながら叫んだ。
「現状維持じゃジリ貧だ! この腕を押し返す『決定打』が必要だ!」
「わかってるわよ!」
凛が俺の横に並び、指鉄砲で牽制射撃を行う。
「でも、どうするの!? あたしの火力じゃ、あんなデカブツ焼き尽くせないわよ!」
「燃やすんじゃない」
センパイが、マイクスタンドを掴んで俺たちの前に立った。
その眼鏡の奥で、狂気的なまでの理性の光が輝いている。
「ジャミングが破られそうなら、出力を上げるしかない。奴らの想定を超える『非日常』をぶつけて、ゲートの維持機能をオーバーロードさせる!」
「具体的には!?」
「『キャンプファイヤー』だ」
センパイは窓の外、グラウンドの中心を指差した。
「現在、校内には魔力が充満している。このエネルギーを一点に集約し、爆発的な『熱狂の炎』として空に打ち上げる。その衝撃波で、あの腕ごと亀裂を吹き飛ばして縫合するんだ!」
「そ、それって……学校が吹っ飛ぶんじゃ……」
「カケル君の『固定』で、校舎の構造だけを維持しろ! 爆風はすべて上空へ逃がす!」
無茶苦茶だ。
俺は校舎を守りながら、同時に巨大な腕を抑え込み、その上で凛が最大火力をぶっ放す?
失敗すれば、俺たちは自分の火で消し炭になる。
だが。
「……やるしかないか」
俺はニヤリと笑った。
「文化祭のシメといったら、キャンプファイヤー(後夜祭)って相場が決まってるもんな」
「凛君。君が主役だ」
センパイが凛を見る。
「君の『発火』能力を、攻撃ではなく『演舞』に使え。ただ燃やすだけじゃダメだ。美しく、激しく、見る者すべてを魅了する『炎のダンス』で、この場のボルテージを最高潮まで引き上げろ!」
「ダ、ダンス……!?」
凛が顔を赤くする。
「私、ダンスなんてやったことないわよ!」
「できるさ。あの『踊り子の衣装』を着こなしていた君ならね」
「っ……!」
凛は迷うように俺を見た。
俺は、巨大な腕を必死に抑えながら、彼女に頷いた。
「頼む、凛。お前の炎が必要だ」
その言葉に、凛の迷いが消えた。
彼女は髪をかき上げ、不敵な笑みを浮かべる。
「……わかったわよ。見てなさい、とびっきりの特等席で!」
凛が放送室の窓枠に足をかける。
外は、魔物の群れと巨大な腕が蠢く地獄の校庭。
そこが、彼女のステージだ。
「センパイ、音響と照明、頼みます!」
「任せたまえ。私のとっておきの『特製花火』もセット済みだ」
俺たちの、最後の作戦会議は終わった。
時間は残されていない。
巨大な腕が、再び「ズズズ……」と動き出し、放送室を握り潰そうと迫る。
「行くぞ! 作戦名『スクール・フェスティバル』最終楽章!」
俺の叫びと共に、凛が夜空へと飛び出した。




