21時間目 巨大な腕
ドゥゥゥゥゥンッ!!!!
俺が再生ボタンを押した瞬間、校内全域に設置されたスピーカーが火を吹いた。
選曲は、軽音部の部室から拝借したCDの中にあった、BPM200超えのハードコア・メタルだ。
速くて、重くて、何より攻撃的。
地響きのような重低音が、歪んだ校舎を物理的に揺さぶる。
「照明、オン!!」
東雲センパイが操作盤のフェーダーを一気に押し上げた。
カッ!
屋上、渡り廊下、そして放送室の窓際に設置された投光器が一斉に点灯する。
ただのライトではない。理科室の薬品で色付けされた、極彩色のレーザービームが夜空を切り裂いた。
これぞ、作戦名『スクール・フェスティバル』。
静寂と恐怖を塗り替える、強制的な「馬鹿騒ぎ」だ。
*
効果は劇的だった。
『ギャッ!? ギギッ!?』
空の亀裂から降り注いできたガーゴイル(石像の魔物)の群れが、空中で姿勢を崩した。
突然の爆音と、目潰しのような閃光。
暗い洞窟のような環境に適応していた奴らにとって、この「明るすぎる戦場」は猛毒なのだ。
「ははっ! 踊ってる踊ってる!」
俺はDJマイクに向かって叫んだ。
「ようこそ新入生諸君! 歓迎会の時間だ! まずは手荒い花火の挨拶からいくぞ!」
俺の合図で、窓際で待機していた凛が動いた。
「もう、耳がキーンとするわよ!」
凛は文句を言いながらも、ノリノリで指鉄砲を構えた。
眼下には、光と音に目を回して校庭の上空をウロウロしている魔物の群れ。
絶好の的だ。
「アンタら、チケット持ってないでしょ! 不法侵入よ!」
ドシュッ! ドシュッ! ドシュッ!
凛の指先から、マシンガンのように炎弾が放たれる。
『発火』能力の連射。
炎はレーザー光線の中を駆け抜け、次々とガーゴイルに直撃する。
『ギェェェェ!!』
魔物たちが火だるまになって墜落していく。
その光景は、まるでライブの特効(特殊効果)の演出のようだった。
「ヒュウ! ナイス演出!」
「うるさい! 次から次へと……キリがないわよ!」
凛の言う通りだ。
先遣隊は落とせても、空の亀裂そのものは塞がっていない。むしろ、こちらの抵抗に苛立つように、傷口を広げている。
その時。
曲のサビに入り、ドラムが激しさを増した瞬間だった。
ズズズズズズズズッ……!!
音楽の振動とは違う、圧倒的な質量による地響きが起きた。
空の亀裂が、内側から「こじ開け」られたのだ。
「……なんだ、あれ」
俺はマイクを握る手を止めた。
裂け目の奥から、紫色の巨大な物体がヌルリと現れた。
指だ。
ビルのように巨大な、5本の指。
それは空の「縁」を掴み、メリメリと空間を引き裂きながら、その本体をこちらの世界に押し込んできた。
現れたのは、巨大な「腕」だった。
皮膚は岩のようにゴツゴツとし、血管の代わりに魔力の光が脈打っている。
長さは100メートル以上あるだろうか。
勇者たちの乗る次元船を押し出すためのアンカーか、あるいは神の腕か。
「で、デカすぎる……!」
センパイが顔色を変える。「まずいぞ、あの腕、この校舎を掴むつもりだ!」
巨大な腕が、ゆっくりと、しかし確実に校舎へ向かって振り下ろされる。
狙いは、この放送室がある管理棟だ。
あんなもので叩かれたら、校舎なんてマッチ箱みたいに潰れる。
『 邪 魔 を す る な ァ ァ ァ ! 』
空間全体から、豪徳寺の思念が響く。
巨大な掌が、俺たちの頭上を覆い尽くす。
死の影が落ちる。
「凛、センパイ! 伏せろ!」
俺はDJブースから飛び出し、割れた窓枠に足をかけた。
逃げる場所はない。
なら、止めるしかない。
「カケル! 無理よ! あんな質量、支えきれない!」
「支えるんじゃない!」
俺は空に向かって右手を突き出した。
巨大な掌が、あと数メートルで放送室を押し潰す距離まで迫る。
風圧だけで体が吹き飛びそうだ。
イメージしろ。
俺の能力は『固定』。
対象を止める力。
でも、あの腕そのものを止めるには、俺の魔力(MP)が足りない。
なら、どうする?
俺が止めるのは、腕じゃない。
この「場所」だ。
俺たちのステージ、俺たちの空気を、誰にも触らせない「聖域」としてロックする!
「ここは! 俺たちの! 特等席だああああッ!!」
俺は叫びと共に、能力を全開にした。
対象は、放送室の窓の外にある「空間」そのもの。
ガギィィィィィィィンッ!!!!
世界が軋む音がした。
振り下ろされた巨大な腕が、俺の鼻先50センチの空中で、見えない壁に激突して停止した。
衝撃波が左右に散り、校庭の木々をなぎ倒す。
だが、校舎は無傷だ。
「ぐぅぅぅぅ……ッ!!」
俺の右腕から、バチバチと血管が切れる音がした。
重い。
山を背負っているようだ。
だが――止まった。
「……カケル、腕……!」
巨大な腕は、見えない楔に阻まれ、ピクリとも動けない。
「へっ……ざまぁみろ……!」
俺は鼻血を垂らしながら、目の前の巨大な指に向かって中指を立てた。
そして、左手でマイクを引き寄せ、荒い息で告げた。
「おい……聞こえるか、豪徳寺」
「この学校は『満席』だ。お前らの座る席なんてねえよ!」
俺の挑発に応えるように、巨大な腕が怒りで震え出した。
フェスのボルテージは、最高潮へ向かおうとしていた。




