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クラス転移に巻き込まれなかった俺、学校に残された数人の「残り物」たちと最強の文化祭を開催する  作者: NN


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18/30

18時間目 黒板のSOS

 作戦名『スクール・フェスティバル』。

 俺たちはその準備のために、校内を駆け回っていた。


 放送室から巨大なアンプとスピーカーを回収。

 体育館の倉庫から照明機材を搬出。

 美術室からペンキや垂れ幕を確保。


 だが、作業は困難を極めた。

 なぜなら、廊下が「生きて」いるからだ。


「きゃっ! また床が!」


 凛が悲鳴を上げる。

 渡り廊下の床が、踏んだ瞬間に泥沼のように沈み込み、靴を飲み込もうとする。壁は呼吸するように脈打ち、天井からは紫色の粘液(魔力の残滓)が滴り落ちてくる。


「急げ! 校舎の『自我』が異世界側に書き換えられつつある!」


 東雲センパイがスピーカーを台車で運びながら叫ぶ。


 体育倉庫の前を通りかかった時、中からガタガタと激しい物音が聞こえた。

 跳び箱やマット運搬車が「目覚め」始めている。

 音楽室からは、誰も弾いていないはずのピアノが不協和音を奏でていた。

 家庭科室の方向からは、あの「鍋を叩くリズム」が微かに聞こえてくる。

 だが、今は構っている暇はない。


 俺たちは泥のような廊下を強行突破し、物資を校長室へと運び込んだ。


 *


 時刻は18時。

 外はすでに夜の帳が下りているが、空の亀裂から漏れる紫色の光で、不気味に明るい。


 俺たちは校長室に戻り、最後の作戦会議を開こうとした。

 だが、部屋に入った瞬間、異変に気づいた。


 キュッ……キュッ……キュキュッ……。


 音がする。

 センパイがさっき「文化祭の計画」を書き込んだばかりのホワイトボードからだ。


「……おい。あれ」


 俺が指差す先で、あり得ない現象が起きていた。

 ホワイトボードの黒いマーカーのインクが、勝手に動き出している。

 液体のように滲み、広がり、センパイが書いた『お祭り』という文字を塗りつぶしていく。


「私の作戦図が……! 侵食がここまで来ているのか!」


 インクは意思を持った黒い蛇のようにのたうち回り、やがて新しい文字を形成した。

 今までのような、チョークで刻んだ文字ではない。

 インクが滲んで形成された、ドロドロとした黒い文字だ。


『 時 間 が な い 』


 それは、豪徳寺からの通信だった。

 だが、いつものような傲慢さはなく、切羽詰まった狂気を感じさせる。


『 ゲ ー ト の 座 標 固 定 に 失 敗 し た 』

『 こ の ま ま で は 俺 た ち は 次 元 の 狭 間 で 消 滅 す る 』

『 も う 3 人 死 ん だ 』

『 今 夜 中 に 帰 れ な け れ ば 全 滅 だ 』


「……失敗した?」


 俺は眉をひそめた。「どういうことだよ」


 黒板の紫色の光が、不安定に明滅する。


 その前に、東雲センパイが一歩進み出た。目が、いつも以上に鋭く光っている。


「……豪徳寺。よく聞け」


 センパイはチョークを取り、黒板に向かって一気に書き殴った。


『 座 標 固 定 と は 「 帰 る 先 を 確 定 す る 」 工 程 だ 』

『 そ れ に 失 敗 し た と い う こ と は 』

『 お 前 た ち は 「 帰 る 場 所 」 を 失 っ た と い う こ と だ 』


 数秒の沈黙。


 次の瞬間、黒板が激しく震えた。


『 ふ ざ け る な ! 』

『 大 賢 者 様 は 完 璧 だ ! 』

『 こ れ は 誤 差 だ ! 調 整 す れ ば ―― 』


 センパイは、容赦なく続けた。


「誤差じゃない。必然だ」


 声は低く、冷静だった。


「異世界とこちらでは、物理法則も、時間の流れも、存在の"重さ"も違う。そこへ千人分の人間と魔力を一気に通そうとすれば、座標は揺らぐ」


 センパイは、俺たちの足元――歪んだ床を指差した。


「今、校舎が侵食されているのが証拠だ。ゲートは"こちら側"を基準に固定され始めている。つまり」


 凛が、はっと息を呑む。


「……アンタたち、もう帰り先が"日本"になりかけてるってこと?」


 黒板が、ゆっくりと沈黙した。


 やがて、震えるような文字が浮かぶ。


『 …… 』

『 そ れ で も 帰 る し か な い 』

『 こ こ に 残 れ ば 死 ぬ 』

『 狭 間 は 、 魂 か ら 削 れ る 』

『 も う 時 間 が な い 』


 "もう3人死んだ"。


 その一文が、今になって重くのしかかってくる。


 俺は歯を食いしばった。


「……だからって、こっちを巻き添えにしていい理由にはならねぇだろ」


『 知 っ て る 』


 その返答は、今までで一番短かった。


『 で も 、 他 に 方 法 が な い 』


 その時だった。


 ゴトリ、と校長室の壁が鳴った。


 空気が一瞬、重く沈む。


 窓の外の亀裂が、また一段階、広がったのが分かった。


 センパイが、静かに息を吐く。


「……なるほど」


 彼は俺と凛を振り返った。


「事態は、想定より悪い」


「悪いって……どれくらい?」


「豪徳寺たちは、すでに"後戻りできない位置"にいる。今夜、ゲートを開かなければ、確実に全滅する」


 凛が拳を握りしめた。


「じゃあ……」


「そして、開けば」


 センパイは、はっきりと言った。


「この学校と、我々が消し飛ぶ」


 最悪の二択。


 どちらを選んでも、誰かが死ぬ。


 俺は、黒板を睨みつけた。


「……なぁ、豪徳寺」


 チョークを強く握る。


「お前さ」


 一拍置いて、俺は書いた。


『 ま だ 「 帰 る 」 以 外 の 選 択 肢 を 考 え る 気 は な い か ? 』


 黒板の向こうから、すぐには返事が来なかった。


 代わりに、空が、また軋む音を立てた。


 時間は、確実に、残酷な速度で進んでいる。


 ――ここからが、本当の分岐点だった。


 *


 沈黙は、長くは続かなかった。


 黒板に、新たな文字が浮かび上がる。


『 選 択 肢 な ど な い 』

『 校 舎 を 「 器 」 に す る 』

『 お 前 た ち は 外 へ 逃 げ ろ 』


 俺たちは絶句した。

 逃げろと言われても、外は結界で塞がれている。この学校の外に出ることはできない。

 つまり、校舎を消滅させるということは、中にいる俺たちごと消えるということだ。


「……ふざけんな」

 俺は低い声で言った。


「対話を持ちかけた俺の答えがそれかよ」


 ホワイトボードの文字が、激しく波打った。


『 俺 た ち は 世 界 を 救 っ た 勇 者 だ ぞ ! 』

『 選 ば れ な か っ た お 前 ら が 、 犠 牲 に な る の は 当 然 だ ! 』


 SOS(救難信号)なんかじゃなかった。

 「知ってる」と言いながら、結局はこれだ。


 追い詰められた者の、身勝手な生存本能。


 カチッ。

 隣で、凛が指先に炎を灯す音がした。

 彼女の瞳が、怒りで揺らめいている。


「……当然? ふざけないでよ」

 凛が吐き捨てる。

「あたしたちは、ここで生きてるの。ご飯食べて、プール入って、笑って……必死に生きてるのよ。それを『残り物』だから死ねって? 何様なのよ!」


 凛の感情に呼応するように、指先の炎が大きく燃え上がる。


「カケル君」

 センパイが俺を見た。

「返事を書いてやれ。我々の意思表示を」


 俺は頷き、ホワイトボードの前に立った。

 黒いインクの文字が、威圧するように俺を見下ろしている。

 俺はイレイザー(ホワイトボード消し)を掴むと、豪徳寺の身勝手な主張を、力任せに擦り消した。


 キュッ、キュッ、キュッ!

 黒いインクが消え、白い盤面が戻る。


 そこに、俺は太いマーカーで、たった一言だけ書き殴った。


『 断 る 』


 一瞬の沈黙。

 そして。


 バァァァァンッ!!


 ホワイトボードが内側から破裂し、破片が飛び散った。

 通信途絶。

 いや、決裂だ。


「……言ったな、あいつら」

 俺はマーカーを投げ捨てた。

「俺たちの学校を燃料にするだと? 上等だ。指一本触れさせてたまるか」


 窓の外を見る。

 空の亀裂が、限界まで広がろうとしている。

 そこから漏れ出る魔力が、巨大な腕のように校庭へと伸びてきていた。


「準備はいいか、二人とも」

「いつでもいけるわ」

「機材のセッティングは完了している」


 俺は壊れたホワイトボードを背にして、宣言した。


「約束しただろ。三人とも絶対に死なないって」


 凛とセンパイが頷く。

 あの夜交わした約束。それが、俺たちの結束の証だ。


「これより、対異世界防衛戦――『最強の文化祭』を開催する!」


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