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クラス転移に巻き込まれなかった俺、学校に残された数人の「残り物」たちと最強の文化祭を開催する  作者: NN


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15/30

15時間目 凛の秘密

 換気扇のフードが歪んだ瞬間、俺たちは皿も片付けずに家庭科室を飛び出した。

 背後で何かが「ゴトリ」と落ちる音がしたが、振り返らなかった。

 東雲センパイがジェームズMk-Ⅱ(生首扇風機)の感度を最大にし、バリケードを二重に強化した。


 だが、あの「調理工程に近いリズム」は、それっきり止んでいた。

 何かが俺たちを「品定め」して、今は見逃しただけなのかもしれない。


 深夜2時。

 センパイは「地下の魔力振動データの解析をする」と言って、デスクで計算に没頭している(というか、半分寝ながらペンを走らせている)。


 俺はソファに横になっていたが、目が冴えて眠れなかった。

 隣のソファを見ると、凛も起きているようだった。膝を抱え、窓の外の霧をじっと見つめている。

 霧の向こうには、あの「黒い亀裂」がある。昨日よりも、太くなっている気がした。


「……眠れないのか?」


 小声で話しかけると、凛はビクッと肩を震わせ、こちらを向いた。


「……アンタこそ」

「昼間、コーラ飲みすぎたからな」

「バカね」


 凛は小さく笑ったが、その表情はどこか寂しげだった。

 月明かりのない部屋で、ジェームズMk-Ⅱの赤いLEDだけが、彼女の横顔を微かに照らしている。


 凛は窓の外の霧から目を離さないまま、しばらく黙っていた。


「ねえ、カケル」

「ん?」

「アンタ、あたしのこと……本当はどう思ってた?」


 唐突な質問だった。

 どう思ってた、というのは「このサバイバル生活が始まる前」のことだろう。


「どうって……そりゃあ、『2年C組の桐島凛』といえば有名人だしな」

「『狂犬』とか『ヤンキー』とか?」

「まあ、否定はしない。目つき悪いし、いつも一人で屋上にいるし、裏サイトじゃ『目が合うとカツアゲされる』とか書かれてたし」


 俺が正直に言うと、凛は深いため息をついた。


「……カツアゲなんて、したことないわよ」

「だろうな。今日の料理見てりゃわかるよ。あんな家庭的なヤンキーはいねーよ」


 俺が言うと、凛は膝に顔を埋めた。

 もごもごと、こもった声が聞こえる。


「……あたしさ、口下手なのよ」


「え?」


「目つきが悪いのは生まれつき。加えて、極度の人見知り。入学式の日に、緊張して睨むような顔になっちゃって……隣の席の子に泣かれたの」


 それが全ての始まりだったらしい。

 『怒らせるとヤバい』という噂が独り歩きし、誰も近づかなくなった。凛自身も、どう接していいかわからず、威嚇するような態度をとってしまい、孤立を深めた。


「屋上にいたのも、サボりたかったわけじゃないの。教室にいると、みんなが怖がるから……一人で弁当食べてただけ」

「……そうだったのか」


 あの時、俺が屋上で出会った「不機嫌そうな少女」は、ただ寂しくて寝ていただけだったのか。


「トイレにこもってた俺と、似たようなもんだな」

「一緒にしないでよ。アンタはただの腹痛でしょ」


 凛が顔を上げて、拗ねたように唇を尖らせる。

 その顔は、狂犬なんかじゃなかった。

 どこにでもいる、少し不器用なだけの普通の女子高生だ。


「……あたしね、本当は怖いの」


 凛が自分の腕を抱きしめる。


「化け物も怖いけど、それ以上に……もし元の世界に戻れたとして、また『一人』に戻るのが怖いの。こっちの世界のほうが、アンタたちと普通に喋れるし、料理も食べてもらえるし……居心地がいいなんて、最低だよね」


 震える声。

 それは、彼女がずっと抱えていた「孤独」という名の弱音だった。

 俺は体を起こし、彼女の目を見た。


「戻らないさ」

「え?」

「元の世界に帰っても、もう一人の屋上生活には戻らないって言ってんだよ」


 俺は少し照れくささを隠しながら、続けた。


「俺は、お前の作った飯が好きだし、背中を守ってくれる『発火』も頼りにしてる。……狂犬だか何だか知らないけど、俺にとっては最高の『相棒』だよ」


 しばらく、凛は何も言わなかった。

 赤いLEDの点滅の中で、その瞳が潤んでいるのがわかった。


「……バカ。調子いいこと言って」

「本心だっての」

「……ふん」


 凛は顔を背けたが、その耳が真っ赤になっているのは隠せていなかった。

 彼女はクッションを抱き直し、ボソッと言った。


「……覚えとくから。帰ったら、購買の焼きそばパン奢りなさいよね」

「はいはい、善処します」


 重苦しかった空気が、ふわりと軽くなった気がした。

 俺たちは再びソファに身を沈めた。

 今度は、背中合わせではなく、お互いの体温を感じられる距離で。


 しばらくして。

 凛の寝息が聞こえ始めた頃、机の方で東雲センパイが「ふむ」と小さく声を上げた。


「……カケル君、起きているかね」

「……ええ。聞いてました?」

「野暮なことはしない主義だ。だが、これを見てくれ」


 センパイが指差したノートPCの画面(校内LANで観測した魔力波形)には、ギザギザとした不吉なグラフが表示されていた。


「先ほどの家庭科室の揺れは、ただの魔力干渉ではない。……窓の外の『黒い亀裂』、覚えているか?」

「ああ、あれ……日に日に太くなってますよね」

「空間の裂け目だ。あれが広がりつつある。異世界側からの『無理やりな帰還』の試みが、この閉鎖空間に限界以上の負荷をかけている」


 俺は息を呑んだ。


「このままだと……どうなるんですか」


 センパイは眼鏡の位置を直し、淡々と、しかし残酷な事実を告げた。


「明日か明後日には、空が割れる。文字通りの意味でな」


 俺は隣で眠る凛の寝顔を見た。

 安らかに眠っている。もう一人じゃないと安心したように。


 (守らなきゃな)


 俺は拳を握りしめた。

 彼女が恐れる「孤独」からも、これから来る「崩壊」からも。


 約束したんだ。絶対に死なない。見捨てない。


 夜明けは近い。

 だがそれは、俺たちの戦いが佳境に入る合図でもあった。


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