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クラス転移に巻き込まれなかった俺、学校に残された数人の「残り物」たちと最強の文化祭を開催する  作者: NN


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14/30

14時間目 家庭科室の鉄人

 プールで汚れとストレスを洗い流した俺たちは、猛烈な空腹に襲われていた。

 体育倉庫の脇を通り抜けるとき、センパイが目を光らせて確認したが、まだ「覚醒」の気配はない。

 今のうちだ。


 向かった先は、管理棟1階の家庭科室。

 この学校で唯一、大量の「生鮮食品」が眠る場所だ。


「……む。これは緊急事態だ」


 業務用の大型冷蔵庫を開けた東雲センパイが、深刻な顔で唸った。

 俺と凛が後ろから覗き込む。


「どうしました? 食料、尽きてます?」

「逆だ。余っている。だが――」


 センパイは牛乳パックと卵のパックを取り出した。


「牛乳の賞味期限が『今日』までだ。卵も明日で切れる。野菜室のほうれん草も、そろそろシナシナになり始めている」


 全校生徒がいなくなって数日。

 乾パンや缶詰は持つが、生鮮食品のタイムリミットは待ってくれない。


「捨てるのは科学者として、いや人間として許されない。よって、これらを一気に消費する」

「消費するって……牛乳5本と卵3パックありますよ? 一気飲み?」

「バカね」


 呆れた声を上げたのは、凛だった。

 彼女は腕まくりをすると、冷蔵庫の中身をテキパキと調理台に並べ始めた。


「牛乳、卵、ほうれん草、ベーコン、使いかけのチーズ……。あと、棚にあるホットケーキミックスと強力粉」


 凛は棚からピンク色のエプロンを取り出すと、慣れた手つきで身につけた。

 濡れた髪をシュシュでポニーテールにまとめる。

 その姿は、いつもの「不良少女」とはまるで別人だった。


「……え、凛? 料理できんの?」

「はぁ? あたしの家、両親共働きで妹が二人いんのよ。小学生の頃からご飯当番やってたわ」


 凛は包丁を手に取ると、トントントンッ! と軽快なリズムで野菜を刻み始めた。

 速い。そして均一だ。

 俺とセンパイは顔を見合わせた。


「……意外なスペックだ」

「ギャップがすごいですね」

「なんか言った!?」

「いえ! お手伝いします! シェフ!」


 こうして、賞味期限切れ食材救済のための『在庫一掃フルコース』作りが始まった。


 *


 メニューは凛の独断で決まった。

 『たっぷりほうれん草とベーコンのキッシュ』。

 『牛乳消費のための特濃クリームシチュー』。

 そしてデザートは『ふわとろフレンチトースト』だ。


 俺は野菜を洗い、センパイは持ち前の『読解』能力でサポートに回る。


「凛君、オーブンの予熱が甘い。あと3度上げたほうが、生地の膨張率が最適化される」

「細かいわね! ……あ、でも確かにそのほうがいいかも」

「シチューのルーだが、市販のものよりバターと小麦粉から作ったほうが粘度が出る。配合比率は私が計算しよう」


 科学者の理論と、家庭の主婦(?)の感覚。

 二人の連携は予想以上に噛み合っていた。

 そして、凛の能力『発火』も料理に活かされた。


「焼き目をつけるわよ……!」


 ボッ!

 指先から繊細な炎を出し、グラタン皿のチーズを炙る。

 バーナーよりも細かい調整ができる直火焼き。香ばしい焦げ目がつき、チーズがパチパチと音を立てる。


「すげぇ……能力の無駄遣いだけど、美味そうだ」


 調理開始から1時間。

 家庭科室のテーブルには、信じられないほど豪華な料理が並んだ。


「完成!」


 黄金色に焼き上がったキッシュ。

 具だくさんの真っ白なシチュー。

 甘い香りを漂わせるフレンチトースト。


「い、いただきます!」


 俺はスプーンを掴み、シチューを口に運んだ。


 ――美味い。

 濃厚なミルクのコクと、野菜の甘みが口いっぱいに広がる。

 レトルトやカップ麺とは違う、「手作り」の温かさが五臓六腑に染み渡る。


「……なんだこれ。店出せるぞ」

「大げさよ。材料放り込んだだけだし」


 凛はそっぽを向いているが、耳が赤い。

 自分で作った料理を美味しそうに食べてもらえて、満更でもないようだ。


 と、その時。

 俺たちの優雅なディナータイムに水を差すように、教室の隅にある黒板(家庭科室にもある)が音を立てた。


 ガリッ……ガリッ……。


 お客さんだ。


『 パン が 硬 い 』


 相変わらず、悲痛な文字が浮かぶ。


『 歯 が 折 れ そ う だ 』

『 こ の 世 界 の 携 帯 食 ( 黒 パ ン ) は 石 の よ う に 硬 い 』

『 ス ー プ は 塩 味 し か し な い 』

『 甘 い も の が 食 い た い 』


 豪徳寺の悲鳴に、俺は同情……するふりをして、調理台の上の光景を実況し始めた。


「あー、豪徳寺。悪いな、こっちも大変なんだよ」


 俺はチョークで書き込む。


『 賞味期限切れ間近の卵と牛乳が大量にあってさ。処分に困ってるんだ 』


 すぐに返事が来る。

『 捨 て る な ! 』

『 こ っ ち に 送 れ ! 』


 俺はナイフを入れたフレンチトーストを一切れ持ち上げた。

 卵液が染み込んでプリンのようにトロトロだ。

 それを口に運ぶ。


「――ッ!!」


 甘い。濃厚なカスタードのような風味が口の中で爆発する。

 外側のカリカリと、中のふわとろ食感のコントラスト。そこに冷たいバニラアイスが絡み合う。


「……ん、美味しい」

 凛も自分でパクついている。


 俺はこの感動を共有すべく、黒板に向かった。


『 ごめん豪徳寺。パンが硬いって言ってたよな? 』

『 こっちのパンは、なんか噛まなくても溶けるわ 』

『 甘くて、バターたっぷりで、最高だわ 』


 そして、とどめの写真を転送する。

 皿の上に残った、黄金色のシロップと溶けたアイスの画像を。


 ギギギギギギギッ!!!


 黒板全体が震えた。


『 貴 様 ら ァ ァ ! 』

『 俺 は ! 勇 者 だ ぞ ! 』

『 な ぜ そ ん な に 優 雅 な ん だ ! 』

『 ス イ ー ツ 食 わ せ ろ ! 』


 文字が涙で滲んでいるように見える。

 向こうの世界の「黒パン(石)」と、こちらの「フレンチトースト(雲)」。

 格差社会ここに極まれり。


『 桐 島 さ ん ! ? そ の 格 好 は な ん だ ! 』

『 俺 に 作 れ ! 勇 者 命 令 だ 、 今 す ぐ 嫁 に 来 い ! 』


 豪徳寺の精神が崩壊しかけている。

 特に、調理エプロン姿の凛への食いつきが凄い。


「……キモッ」

 凛は一言吐き捨てると、黒板消しで文字を乱暴に消した。


「嫁になんて行くわけないでしょ。あたしが料理作るのは、あたしの仲間だけよ」


 言いながら、彼女は少し照れくさそうに、俺の皿にシチューを継ぎ足してくれた。


 俺たちは満腹になるまで食べた。

 残った食材もすべて下処理をして冷凍保存に回す。これでしばらくは食いつなげる。


「ごちそうさまでした」


 俺は手を合わせ、黒板を一瞥した。

 文字盤には、呪詛のような文字が埋め尽くされているが、俺たちは満足感で満たされていた。


 ――だが。

 この時の俺たちは、満腹感で少し気が緩んでいたのかもしれない。


「……ねぇ、今の」


 凛がスプーンを止める。

 白いシチューの表面に、ゆらりと小さな波紋が広がっていた。


「気のせいじゃない。一定の周期だ」


 東雲センパイが、ゆっくりと立ち上がる。

 目が淡く光り、『読解』が起動した。


 ズン……ズン……。


 再び、床の奥から振動が伝わってくる。

 今度は、はっきりとした"間"があった。


「……拍動だな。いや、違う。もっと規則的だ」


 センパイは天井ではなく、足元――床下を睨んだ。


「混ぜる、叩く、煮込む……調理工程に近いリズムだ」


「ちょっと待って。それ、嫌な想像しか浮かばないんだけど」


 凛がスプーンを置き、無意識に包丁から距離を取る。


 その瞬間だった。


 カン……。


 家庭科室の奥、調理準備室の扉の向こうから、金属が打ち合わされる乾いた音がした。


 ――お玉と鍋が触れ合うような音。


 カン、カン……カン……。


 ゆっくり。

 だが、確実に近づいてくる。


「……地下じゃない」


 センパイが低く言った。


「もう、この階にいる」


 次の瞬間、換気扇のフードが、内側からベコリと歪んだ。


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