10時間目 東雲センパイの魔改造
理科室での激闘を終えた俺たちは、戦利品を持って拠点の校長室へと帰還した。
全身煤だらけ、腕は筋肉痛、精神的にもボロボロだ。
だが、足取りは軽かった。初めての勝利の余韻が、まだ体の中に残っている。
戦利品と言っても、薬品類やガラス器具だけではない。
東雲センパイが「どうしても持ち帰る」と言ってきかなかった、ある「ブツ」も一緒だ。
「……センパイ。本当にそれ、校長室に置くんですか?」
俺は顔をしかめて、センパイの手元にある物体を指差した。
それは、先ほど撃破したジェームズ君の頭部――黒く焦げた、プラスチック製の頭蓋骨だ。
「汚い! 臭い! 呪われそう!」
凛がソファの隅に避難し、クッションを抱きしめて抗議する。
さっきまで「三人いれば負けない」とか言ってた奴とは思えない怯えっぷりだ。
「まあ待ちなさい。ただのゴミじゃないんだよ」
センパイは愛おしそうに頭蓋骨を撫で回した。その光景がすでにホラーなのだが、彼の目は真剣そのものだった。
瞳が青白く光る。『読解』を発動しているのだ。
「私の『読解』能力でこの残骸を解析したところ、興味深いことがわかった」
センパイは頭蓋骨を光にかざしながら、目を細めた。
「視える。この頭部の中心に、魔力を蓄積する『核』のような結晶体が生成されている。サイズは小指の先ほど。純度は……約73%」
センパイがピンセットで、頭蓋骨の割れ目から赤い石を取り出した。
ルビーのようだが、どこか生温かい光を放っている。
「これがジェームズ君の動力源だったわけだ。魔力が凝縮して結晶化したもの。つまり、これを再利用すれば……」
「再利用?」
「魔力で動く『何か』が作れるはずだ」
センパイは不敵に笑うと、校長室の高級な執務机を作業台に変えた。
理科準備室から持ってきた半田ごて、導線、そして――部屋の隅にあった「扇風機」を用意する。
「さあ、オペの時間だ」
*
校長の執務机が、いつの間にか実験台になっていた。
高級木材の上に半田の焦げ跡が増えていくのを、俺は見なかったことにした。
校長が帰ってきたら卒倒するだろうな。……帰ってくるのか知らないけど。
それから1時間。
俺と凛がカップ麺をすすっている横で、センパイは一心不乱に工作を続けていた。
「ふむ、この配線に魔力を流せば……」
「出力制御はこのコンデンサで代用可能か……」
「いや、待て。抵抗値が足りない。ならば並列で……」
『読解』の能力は伊達ではないらしい。
時折、目を青く光らせては、部品や結晶の「情報」を読み取っている。
現代の家電製品と、異世界の魔石を融合させていく。
設計図なしの即興魔改造。まさにマッドサイエンティストだ。
「センパイ、すごいっすね」
「ん? 何がだい」
「いや、『読解』がなかったら、こんなの絶対無理じゃないですか。魔石の使い方なんて、誰も知らないのに」
センパイは手を止め、少しだけ考え込んだ。
「……まあ、確かに。この能力がなければ、この石はただのゴミだっただろうね」
そして、ニヤリと笑った。
「だが、能力があっても、知識がなければ活かせない。私の二十数年の人生で培った科学知識と、この『読解』が合わさって初めて可能になった。……つまり、私の留年も無駄ではなかったということだ」
「そこ胸張るところじゃないですよね」
凛がカップ麺をすすりながらツッコむ。
センパイは気にした様子もなく、作業に戻った。
「――完成した」
センパイが半田ごてを置き、額の汗を拭った。
俺たちは恐る恐る、机の上に置かれた「新作」を覗き込んだ。
「……何ですか、これ」
そこにあったのは、扇風機の土台部分に、ジェームズ君の焦げた頭蓋骨が直結された、悪趣味極まりないオブジェだった。
羽根はない。首振り機能の軸に、生首が乗っているだけだ。
「名付けて『自動警戒ロボ・ジェームズMk-II』だ」
「ネーミングセンスも見た目も最悪ですね」
「ホラー映画の小道具みたい」
「機能は保証するよ。スイッチ・オン」
センパイが扇風機のボタンを『弱』に入れた。
ブゥゥゥン……というモーター音と共に、ジェームズMk-IIがゆっくりと左右に首を振り始めた。
ウィーン……(右を見る)
ウィーン……(左を見る)
「ひぃっ……こっち見んな」
凛が青ざめる。
だが、ただ首を振るだけではないらしい。
「カケル君、ちょっと殺気を持って近づいてみてくれ」
「殺気? こうですか?」
俺はナイフ(工作用カッター)を構えて、生首に近づいてみた。
すると。
ガチチチチチチッ!!
Mk-IIの顎が高速で開閉し、激しいクラッキング音を鳴らした。
同時に、眼窩の奥に埋め込まれた赤いLED(理科室の備品)がビカビカと点滅する。
「うおっ!?」
俺が驚いて後ずさると、Mk-IIは静かになった。
……と思った瞬間。
ガチチチチチッ!!
また鳴った。今度は凛の方を向いている。
「え、あたし何もしてないんだけど!?」
「凛君、今、何を考えていた?」
「……カップ麺のスープ飲み干そうかなって」
「食欲も『欲』だからね。敵意と誤認したのかもしれない」
「判定ガバガバじゃない!!」
凛がMk-IIを睨んだ瞬間、また警報。
今度は本物の敵意だったらしい。
「うっさい! 黙れ生首!」
「まあまあ。調整は追々やるとして」
センパイが咳払いをして、説明を続けた。
「敵意や魔力を持った対象が半径5メートル以内に接近すると、内蔵した魔石が反応して警報を鳴らす仕組みだ」
センパイが得意げに説明する。
「これがあれば、寝込みを襲われる心配はない。今朝のような『足音』にも、事前に対応できる」
なるほど。
見た目は最悪だが、実用性は高い。
あの「コツ、コツ」という足音に怯えた朝を思い出す。これがあれば、少なくとも不意打ちは防げる。
「……悔しいけど、便利ね」
凛が渋々認める。
「でも、夜中にトイレ起きてこれと目が合ったら、あたし、悲鳴上げて燃やしちゃうかも」
「それは困るな。耐火加工はしていない」
「じゃあトイレに行く時は声かけるわ。『今からトイレ行くからね、ジェームズ』って」
「それはそれでシュールだな」
俺たちは笑った。
こんな状況でも、笑えることが嬉しかった。
センパイは満足げにMk-IIを部屋の入り口に向けて設置した。
首を振り続ける焦げた頭蓋骨。
シュールだが、なぜか頼もしく見えてくるから不思議だ。
「これで、今夜からは安心して眠れるな」
「そうですね。夢見は悪そうですけど」
「慣れるわよ、きっと。……慣れたくないけど」
俺たちはMk-IIの監視下で、少し早めの休息を取ることにした。
理科室での戦闘、そして新たなアイテムの獲得。
俺たちは確実に強くなっている。
一人では何もできなかった「残り物」が、三人で力を合わせれば、化け物にだって勝てる。
ソファに横になりながら、俺はふと窓の外を見た。
灰色の霧。相変わらずの風景だ。
だが、何かが違う気がした。
霧の向こうに、髪の毛ほどの細い線が走っている。
黒い亀裂のようなもの。
見間違いかと思って目を凝らしたが、それは確かにそこにあった。
「……センパイ」
「ん?」
「あの霧、なんか変じゃないですか。黒い線みたいなのが見えるんですけど」
センパイが窓に近づき、目を青く光らせた。
数秒の沈黙の後、彼の表情が初めて曇った。
「……空間の亀裂だ。次元の境界面が不安定になっている」
「それって、まずいんですか」
「わからない。だが、良い兆候ではないだろうね」
センパイは眼鏡を直しながら、静かに言った。
「この世界と、向こうの世界。その境目が、少しずつ崩れ始めているのかもしれない」
俺と凛は、窓の外の亀裂を見つめた。
安息は、長くは続かないのかもしれない。
Mk-IIが、カチカチと顎を鳴らしている。
それが警告音なのか、ただの機械音なのか、俺にはわからなかった。




