表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
クラス転移に巻き込まれなかった俺、学校に残された数人の「残り物」たちと最強の文化祭を開催する  作者: NN


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

9/30

9時間目 VS 人体模型

 ボォォォォォォ!!


 凛の指先から放たれた炎が、空中で固定された人体模型(ジェームズ君)を直撃した。

 100円ライターの火などではない。バーナーのように指向性を持った、紅蓮の炎だ。


 『ギャァァァァァァァァ……!!』


 断末魔のような音が響く。それは声帯から出る悲鳴ではなく、プラスチックが急激に熱せられ、内部の空気が膨張して漏れ出る「笛」のような音だった。

 鼻をつく異臭。古いプラスチックと塗料が焦げる、胸が悪くなるような臭いが理科室に充満する。


「燃えろ! 燃え尽きろぉぉっ!」


 凛が叫ぶ。

 さっきまでの恐怖が、怒りに変わっていた。

 仲間を守る。その一念が、彼女の炎を強くしている。


 炎に包まれたジェームズ君は、全身を溶かしながら暴れ狂う。


 ガガガガッ!

 空間に縫い付けられた見えない杭を、無理やり引き抜こうとする強烈な振動が、俺の腕に伝わってくる。


「ぐっ、うぅ……っ!」


 重い。

 ただの模型のはずなのに、暴れる力は大型犬並みだ。

 脳みそを雑巾絞りされるような負荷がかかる。

 次の瞬間、パキンッ、と頭の奥で何かが弾けた。


「しまっ……固定が外れる!」


 限界だった。

 俺の集中力が切れると同時に、空間の拘束が解ける。


 ドサッ!


 火だるまになったジェームズ君が床に落ちる。

 だが、まだ動いていた。

 全身をドロドロに溶かしながら、四つん這いの姿勢で再びこちらへ向き直る。その執念は、まさにホラー映画のゾンビそのものだ。


「嘘……まだ動いてる!?」

「ひぃッ!?」


 凛が後ずさる。炎の勢いが弱まる。

 体力の限界か、恐怖で集中が乱れたか。


 ジェームズ君が、溶けた顔面でニチャリと笑ったように見えた。

 ターゲット変更。俺ではなく、火を放った凛へと飛びかかろうとする。


 その時だった。


「伏せろッ! 二人とも!」


 背後から、東雲センパイの鋭い声が飛んだ。

 俺は反射的に凛の頭を押さえつけて、床に伏せた。


 頭上を、何かが通過する。

 それは、琥珀色の液体が入ったガラス瓶だった。


 ガシャァァァン!!


 瓶がジェームズ君の頭部で砕け散り、液体が飛散した。

 その液体が、ジェームズ君の体に残っていた残り火に触れた瞬間――。


 ドォォォォン!!


 爆発的な炎上が起きた。

 凛の火とは比べ物にならない、青白い化学の炎が理科室の天井を舐める。


「無水エタノールだ! 水分ゼロ、純度99%!」


 白衣をはためかせたセンパイが叫ぶ。


「有機物は燃やせば終わる! 科学の基本だ!」


 燃料を浴びたジェームズ君は、もはや原形を留めていなかった。

 関節のパーツが弾け飛び、プラスチックの肉体は飴細工のようにドロドロに溶け落ちていく。


 『ギ……ギギ……』


 模型は数回痙攣した後、黒い炭の塊となって崩れ落ちた。


 *


 消火器で残火を処理した後。

 俺たちは煤だらけの顔で、床にへたり込んだ。


「……死ぬかと思った」


 俺は荒い息を吐きながら、まだ震えている自分の手を見つめた。

 怖かった。本当に怖かった。

 でも、勝った。


 俺の『固定』で止め、凛の『発火』で削り、センパイの『知識』でトドメを刺す。

 たった三人の、デタラメな連携。

 でも、それが機能した。


「ふぅ。貴重なエタノールを使ってしまったが、必要経費だね」


 センパイは眼鏡の煤を拭きながら、涼しい顔をしている。

 この人のメンタル、本当にどうなってるんだ。


「……ねぇ」


 隣で体育座りをしていた凛が、小さな声を出した。

 彼女の手も、まだ震えている。


「……何だよ」

「さっき、ごめん。最初、動けなくて」


 凛は膝を抱えたまま、俯いていた。


「カケルが『助けろ』って言ってくれなかったら、あたし、また固まってた。……情けない」


 その声は、いつもの強がりとは程遠い、年相応の少女のものだった。


「……何言ってんだ」


 俺は凛の隣に座り直した。


「お前が燃やしてくれなきゃ、俺が潰されてた。助けてもらったのは俺の方だろ」


「でも……」


「約束、守ったじゃねぇか」


 凛がハッと顔を上げた。


「『死なない』『見捨てない』。お前、ちゃんと守っただろ。俺を助けてくれた」


 凛の目が、少し潤んだ。

 だが、彼女はすぐに顔を背けた。


「……当たり前でしょ。約束したんだから」


 その声は、少しだけ強がりを取り戻していた。

 俺は小さく笑った。


「ああ。だから、次も頼むぞ」

「……ふん。アンタこそ、もうちょっと長く止めてなさいよ。すぐ解けるんだから」

「善処する」


 センパイが、コホンと咳払いをした。


「さて、青春しているところ悪いが、目的のブツを回収して撤収しよう」


「青春じゃないです」「青春じゃないし」


 俺と凛の声が重なった。

 センパイは愉快そうに笑いながら、理科準備室の奥へと向かった。


 *


 センパイが持ってきたのは、大きな段ボール箱だった。

 中に入っていたのは、強力な薬品類のストックと、理科実験用の防護ゴーグル、耐熱手袋などの装備品。


「これで火炎瓶も作れるし、防御力も上がる。収穫は上々だ」

「センパイ、こんなの隠し持ってたんですか」

「科学部の備品だよ。いざという時のためにね」


 いざという時って何だ。普段から何を想定していたんだ、この人は。


 俺たちは黒焦げになったジェームズ君の残骸を跨いで、理科室を後にした。


 廊下に出ると、窓の外の霧がいっそう濃くなっている気がした。

 一つ勝った。

 だが、この学校には、図書室の本や理科室の模型以外にも、まだまだ「化け物」の種があるはずだ。

 音楽室の肖像画、体育倉庫のボール、美術室の石膏像……。


「……先は長そうだな」


 俺の呟きに、凛が隣で頷いた。


「でも、負ける気はしないわ」


 その声には、さっきまでの怯えはなかった。


「三人いれば、なんとかなる。……そうでしょ?」


 俺はその言葉に、少し驚いた。

 昨日まで「一人で生きてきた」と言わんばかりだった不良少女が、今は「三人」と言っている。


「……ああ。なんとかなる」


 俺たちの足取りは、来る時よりも確実に力強かった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ