第九十八話 楽しい旅行2
「そういえば、親しくなった相手から能力を得られるなんて世迷言を言っていましたね」
「妄想じゃないから。実際、俺がそれっぽいことをやったのは見てきてるだろ。……でも、それなら確かに――」
証明できそうだな、と続けようとした口を閉ざす。理由は得られた能力を披露することに抵抗があったから。しょっぱい能力だったから見せるのが恥ずかしいわけじゃなくて、能力が使うことに躊躇いを覚えてしまうようなものなのだ。
日頃からなめ腐った態度を取っている良心の一切痛まないような奴になら、気にせず使えるんだけど……。
目を細めていぶかしげに見つめてくる、あのクランメンバー達と仲良くするなんて無理難題をやらなきゃいけなくなった諸悪の元凶が視界に映る。
「テンプテーション」
この世界に来たばかりでクランメンバーと仲良くしろと脅迫された記憶が甦り、反射的に能力を使ってしまう。すると、グレタの動きが電源の落ちたロボットみたいに止まった。
この時、やっちまったという焦りと共に、普段の意地返しが出来るのではないかという魅力的すぎる誘惑がよぎった。ただ、その前に本当に能力に掛っているのかが重要だ。
俺はフリーズしているグレタの目の前で右手を振ってみる。
「おーい、聞こえてるかぁ?」
「聞こえていますよ。何のつもりですか」
「いやぁ……。なんか固まってるから大丈夫かなと思ってさ」
そんなうまくいくわけがないか、と少し残念になりながらも安心していたら……何故かグレタが俺の服の裾を引っ張っていて。
「なあ、どうして俺の服なんか掴んでいるんだ?」
「何の話ですか?」
「だからこの手はなんだって――」
「ひゃ……!」
女の子らしい可愛い悲鳴が前マスター以外を人間だと認識していなさそうなグレタからした。人差し指が手の甲に触れはしたが、普段だったら恥ずかしがるなんてことはせずに冷めた態度をとるはずだ。
そのはずなのに、現実は視線を露骨に反らしていて頬を少し赤らめていた。
……もしかして、本当に効いているのか?
「なあ、そんな顔を逸らされたら話ができないだろ?こっち見ろって」
「あっ……」
顎をくいッと上げると、恋する乙女の顔をしたグレタが呆けた声を出す。そして、目を伏せた。
少女漫画に出てくるイケメンじゃないと許されないようなことをしていてドンびいている自分がいるんだけど、楽しくなってしまっている自分もいる。
……こんなチャンス、二度とこないよな?
本当は好きなんだけど照れ隠しで冷たい態度をとる子猫みたいなグレタを野放しにするのは……すごく、勿体ない。
「ふっ、俺のことを直視できないか?なら仕方ねぇけど。……じゃあ、俺のことをどう思っているか言ってみろよ」
「そ、それは……」
自分で言っていて何が、じゃあ、なのか一切見当もつかないが、グレタは露骨に口ごもり目が泳いでいる。
いつもすましているグレタから動揺が伝わってくるのが面白くて、面白くて……。ここらへんで止まっておいた方が後々いいような気もしたんだけど、今更ここで止まれない。
「なぁどうなんだ?素直に言えたら、お前が欲しいものをくれてやる」
「す、すすすすす……」
「す?ほら、はっきり言えって」
今にもオーバーヒートしそうなほどに真っ赤になっていてもう一息で落ちそうタイミングで、唐突に腹部から激痛が走る。立っていられなくなって地面に膝をついた。
いててててて!?
髪の毛を思いっきり引っ張られて、無理やり顔を上げさせられる。すると、さっきまで完熟トマトを彷彿とさせるグレタの肌色が雪みたいに真っ白になっていて、恥ずかしがって逸らしていた瞳には悪鬼羅刹を彷彿とさせるヤルキが宿っていた。
……効果が切れたのか?
「ねえ……私に何かしましたよね?何をしたのか詳しく教えてもらえないでしょうか」
「すぅぅ、ええっとぉ……それはぁ……」
淡々と作業を実行する殺人鬼、そんな題名がピッタリの表情。太ももにはナイフがぶっ刺さっており、そこからだらだらと血が流れているのにもかかわらず、ひどく冷静なグレタに俺は震えが止まらない。
自分がやったことを口にするのは明らかなバットエンドに直行ルート。ならば、どう弁明すればこの場をしのぎきれるのだろう、なんていう解の出ないであろう問題に立ち向かっていたところで、グレタに思いっきし口をぶん掴まれる。
「早く言ってください。言わないと……分かっていますよね?」
「ふぃりょふまほふほふかほうとひはひた」
「何言っているのか分かりませんね。ほら、早く言わないと……。そうですね……イザベルさんに、マスターが喜んでイザベルさんの実験台になりたいとおっしゃっていました、と伝えてみる、なんていうのはいかがでしょうか?」
あらゆる極刑の中でも一番厳しい罰が行われようとしているため、必死に口を動かそうとするんだけど唇がふがふがとなるだけで言葉にならなかった。そもそも人の奥底にある暗い感情が引き出された際にだけ現れる黒い笑みを浮かべているグレタが、仮に俺の言っている意味が分かったとしても聞き入れてくれないことは薄々勘づいている。
脳のキャパシティが、イザベルの実験台なんてことはやめてほしいという懇願と、一刻の感情で虎の尾を踏むようなことをしてしまった後悔で埋まっていく。
俺はただ生きたいという一心で、涙を流し疑似餌に食いつく腹ペコな魚のごとく必死に自分の行いを伝えようとするんだけど、当然まともな意味の通る言葉にはならない。
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