第九十九話 楽しい旅行3
「ねえローナ。ちょっとついて来てほしいところがあるんだけど」
「ちょっととはどれほどの距離でしょうか?場所によってはご主人様の許可が必要となりますが」
助かる見込みのない崖から転げ落ちようとしていた瞬間に、イザベルとローナが現れた。
中身が俺だとはいえ、敬愛しているマスターをなぶっている姿、そしてなぶられているマスターの姿を見せたくなかったのか、グレタは掴んでいる口を乱雑に放した。
イザベルとローナなんて、ただのマッドサイエンティストと何を考えているか分からない不気味な少女なはずなのに、この瞬間は天の御使いが頭の上に浮かべている輝くリングを幻視した。状況もあるが見た目もいいからなんだろうか?
なんにしても助かったと胸を撫で下ろしていたら、グレタがいじめをしているところで先公に見つかった不良がいじめている子へ校舎裏に来いと指示するように頭を上にくいッとさせる。……死線を超えたわけではなさそうだ。
「おお、イザベルとローナじゃないか」
一時的な延命だと理解しているが、少しでも打開策を講じるためにイザベルとローナを巻き込む選択肢を取ることにした。
「あ、ボス。ちょうどいいところに。今、ローナも誘っているところなんだけど、ちょっと遠出してみたくない?」
イザベルからの提案というだけで、遠出してみたくない、と答えたいところだが、それは今の状況においてあまりにも愚策だろう。
「たまにはそういうのもいいかもしれないな。誰を誘うつもりなんだ?」
「そんなのうちのクランメンバー全員よ。仲間外れにしたらかわいそうじゃない」
「……そうだな」
俺の脳内データベースには、置いてきぼりにされただけで傷つくような繊細な心の持ち主なんていなかったが、話を繋げるために頷いておいた。
それにしても、イザベルは何を目論んでいるのか?こいつは純粋な好意を持ってクランメンバー全員で遠出しようなどと提案するタイプではないことは明らかだ。
これは注意深く話を聞くべきだと思いながら話を続ける。
「ちなみにどこへ行く予定なんだ?」
「それは秘密よ」
イザベルは立てた人差し指を口元に持っていく。妙に様になっている。
行先を聞いたら絶対に断られるような場所に連れて行くつもりなのか、それとも意味もなく意味深にしているだけなのか。……なんにしてもここで引いてはいけない。
「なんでだよ」
「だって、ネタ晴らししたらつまんないじゃない」
「そう。サプライズなのにどこに行くかを聞くなんて無粋」
つまんないじゃなくてしっかりと目的地を吐け、と言おうとしていたところに、窓から入ってきた不法侵入者、もといイーデンがイザベルの肩を持つような発言をする。
「よく分かっているじゃない!」
「当然」
「……なあ、イーデンはイザベルから何をするのか聞いているのか?」
「知らない」
「じゃあ、どうしてイザベルの肩を持つんだよ!」
俺の叫びに、なんとなく、なんて腹の立つ回答をしたイーデン。この犬っころからまとも答えが返ってくると考えた俺がバカだった。
「なに騒いでるのクラマス……って、こんな全員そろってどうしたの?」
激しい運動をした後のように蒸気を纏わせながら息巻いて入ってきたレアはぽかんとする。クランメンバーたちがこうやってそろい踏みしているのが珍しかったんだろうか。
「みんなで遠出しようって話をしているのよ。レアも来る?」
「いや、行かないけど……。ああでも、予定が空いている日なら行ってもいいかな」
行かない流れだったのに、こっちに視線を向けたレアはなぜか乗り気になった。
視線の先には俺だけでなくグレタがいることを気づき、初めて出会った時にレアがグレタへアプローチを掛けていた光景を思い起こされる。
「じゃあ、決まりね」
イザベルが話を締めに向かう雰囲気を出し始めた。このままでは不味い。
だって、一人だけでも手一杯なクランメンバーを五人も引き連れるなんて冗談にもならないから。
「マコト、今回の旅行を受けてください」
俺が断ろうとしていたのを分かっていたかのようにグレタが耳打ちする。
「なんで?」
「この旅行はメンバーと仲を深めるいい機会になるからです」
そう口にするグレタの顔には、そうした方がマコトは苦しむでしょうから、と書いてあるんだけど……理にはかなっているので文句が言えない。それに、さっき怒りを買ってしまったこともあるからここで逆らうのは得策ではなさそうだし。
「反対意見もないみたいだし、みんなで旅行を楽しみましょう」
イザベルが言うとこうも一気に胡散臭くなるんだろうな、と分かりきっている疑問――文句が浮かんだ。
「って感じだったよな」
雪が頬にあたって痛いからもっと顔も隠れる格好にすればよかったなんて後悔しつつ、回想という名の現実逃避が終わる。
そろそろ現実に向き合うべきか、と思って顔を上げるが、映るのは猛吹雪とドラゴンの群れと戦っているクランメンバー達。イーデンと何故か大量に分身しているローナが次々とドラゴンを倒し、その倒したドラゴンをイザベルが素材としてはぎ取っている。レアは参戦しないで隠れているグレタを口説いていた。
「…………他の人が巻き込まれる可能性のない場所だっただけ、ましだったのかもしれないな」
少し現実逃避していただけでどうしてこんなカオスな状況になるのだろうか、という疑問を頭の隅に追いやり、心にもない親切心を働かせた言葉を吐いてからため息を吐いた。
お読みいただきありがとうございます




