第九十七話 楽しい旅行1
「ひゅゅゅうぅ。ゼッケイね」
赤髪の白衣を着た女がたいして上手くもない口笛を鳴らしてから、目の前に広がっている景色へ心にもなさそうな賛辞する。だからといって、この女の言葉が嘘というわけじゃない。むしろ、雲をも貫く青白い山々が連なっており、ドラゴンみたいなのが悠々と空を駆け回っているこの構図は世界自然遺産として登録されていてもおかしくないほどの絶景だ。でも、前の世界では見ることができない異世界特有の自然を楽しむ余裕は今の俺にはなかった。
「ねえ、なんでこんなクッソ寒いのにキミたちはそんな恰好で平然としてるの?」
冬の到来を感じさせる毛糸の帽子に毛糸の手袋、鼻下まで隠れるマフラーを首に巻き、元の体型が分からなくなるほどに何枚も服を着こんでいるずんぐりむっくりとした少女が呆れた様子で問いかける。それはここにいる少女たちの恰好を見れば自然と湧いてくるような疑問だった。だって、俺達はこの青白い――雪で覆われている山を下から見上げているわけではなく、同じ高さから眺めている。つまり、テレビでも見たことがないほどに吹雪いているこの場所で、俺とその少女以外は全員普段と変わらない格好だったからだ。
「これぐらいで根を上げているようじゃまだまだ。すぐに凍り付くほどじゃないと修行のうちに入らない」
「……?」
俺達は修行しにここに来たわけじゃない、そもそもすぐに凍り付くって……修行する前に死ぬだろ、なんていうツッコミを入れたくなるような狼耳の白髪少女は半そで短パンで、そもそも何がおかしいのか分かっていなさそうな人形を思わせる黒髪少女はメイド服だった。
ずんぐりむっくりとした少女はそんな反応にやれやれといった様子で頭を振る。
やっぱり感性的なところはマトモなんだな、なんて思っていたら、妖精を思わせる水色髪の少女が下から覗き込んできた。向ける視線はこの到底人が暮らしていけないような環境と同じく、体の芯まで冷えついてしまいそうなほど寒々しかった。
「マスター、分かってますよね」
「……はい」
俺はこの妖精のような少女に、まともに活動することさえ厳しい環境でドラゴンが空を飛びまわっているような危険地帯で、何事もなさそうにしている異常者たちと仲良くなるという、神様でさえ匙を投げるような難事を強制されていた。
なんでこんなことになったんだったっけ……。
頭が痛い。寒さのせいか標高が高いところにいるせいなのか、はたまた悩みの種となるような奴らを五人も引き連れているせいなのか……。痛む頭に手のひらを当てながら、罰ゲームでも危険を考慮して行かないような場所に来ることになってしまった経緯を思い返す。
「マスター、それで今回はどうだったんですか?」
「へ?何が?」
「レアさんとの関係が縮まったのかということです」
「ああ……まあ、前よりはましになったと思うけど」
俺の回答が納得できなかったのか、疑りぶかそうにこっちを見つめてくるグレタ。仮にあの男嫌いと仲良くなったと言い始める男友達がいたとしたら、勘違いか騙されているかを疑うだろうし、気持ちは分かるけど。
「証拠はありますか?」
「証拠?証拠って言ったって……ゲームじゃないんだから、大事なもの欄に追加されるような信頼度の証になるもんなんてないぞ」
「は?」
若干のイラつきが伝わってくる、は?
我ながら良いたとえが出来たつもりだったが、ゲームなんて存在しないこの世界では難解なものだったかもしれない。
もうちょっと配慮をしたたとえをするべきだったな、なんて反省していると、グレタは深くため息をつき可愛そうなものを見るような目をして。
「訳の分からないことを言わないでもらえますか。私は教会のシスターではないので、あなたの想像上にしかない妄想を押し付けられても困るので」
「いや、妄想じゃなくて本当に実際にあるというか……すみません」
言い訳を重ねるごとに目にやどる殺意が強くなっていったことが怖くなって謝る。わざわざ弁解するほどの事でもないし。
「まあでも、信頼を示す証拠を出せというのは難しい要求だったかもしれません。……では、性行為を迫るというのはどうでしょうか?」
「え……。俺が、レアにってこと?」
「はい」
冗談みたいな提案を真面目な表情で肯定するグレタ。……冗談だろ?
「いや、いくら距離が縮まったからってそれは無理だって。そもそも、レアが相手じゃなくても異性に性行為を迫るなんてセクハラだし……俺とレアがどんだけ仲良くなっている想定なんだよ」
「あの女は股が緩そうですし、少し仲良くなったらそれぐらいしてくれるでしょ」
すげえ偏見だ。
……なんかこのままだと、俺がレアに迫らなきゃいけなくなりそうじゃね?
「いやいやいやいやいや、何を見てそう思ったんだよ!同性相手だったらそういうこともあるかもしれないけど、むしろ男の俺だと相当な壁を乗り越えない限りそういうことになる可能性は生まれないでしょ!それに、性行為を迫るってことには俺もハードルがあるんだからな!」
「ハードルとは?」
「だから、そもそも俺自身がそういうことをするのに抵抗があるって話をしているの!事実今までヤッたことなんてないから!」
「出来ないだけでは?」
「なめすぎだろ俺の事!」
勢いで叫ぶが、異性から男として見られた記憶がないことは事実で。だけど……これ以上はやめておこう。悲しくなりそうなだけだから。間違いなく、どうやったらレアと関係が深まったことを証明できるかを考えた方が建設的だ。
……食事を誘うとかが無難そうだけど、調子に乗らないでくれる、って言われて冷たくあしらわれる未来が見えるな……。挨拶したら挨拶で返してくれるぐらはしてくれそうだけど、それでグレタが認めてくれるとは思えないし……。
一万点中の一点が百点になったことを証明することがこれほど難しいなんて……。




