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第九十六話 正しさ2

投稿が遅くなりました。すみません。


「どうして隠れていたのですか?」


「そりゃまあ……」


 この空気感で……さらには盗み聞きをしていたのに顔を出せるわけがないだろ、なんてことを言えるはずもなく口ごもる。


「マコトさん。人は善性と悪性、どちらをもって生まれてくるのだと思いますか?」


 セシリアさんにとって何故隠れていたのかという質問の答えは重要ではなかったのか、それとも自明の理だったからなのか、どっちなのかは分からないが俺の回答を待たずに哲学的な問いかけをしてきた。

 なんで唐突にそんなことを聞いてきたんだろうとは思わなかった。自分が信用していた人々――町の人達や、友人、親友が操られていたとはいえ牙をむいてきて。そして、育ての親である神父さんに至っては魔族と結託して自分のことを襲ってきたわけだから。多分だけど、セシリアさんの価値観が揺れているんだと思う。

 ここは自分の考えを告げるよりも、良いように納得してもらうことが重要な気がした。


「善性だと思います。やっぱり、自分は幸せでありたいですし、周りの人も幸せの方が嬉しいと思うのが普通だと思いますから」


「……ふふ」


 僅かばかりの静寂ののちに嘲笑。いつも朗らかな笑みとは違う嘲りを含みどこか蠱惑的な失笑に、目の前で話していたセシリアさんが別人に入れ替わったのではないかという錯覚を覚えた。


「催眠から目覚めた町の方々が最初に始めたことが醜い口論だったというのに?それから殴り合いにまで発展し収拾がつかなくなり、ある一人が神父をやり玉に挙げて、意識の失っている神父にあらん限りの罵倒や非難を浴びせ、一生目覚めなくなるほどの石を投げつけたというのに?」


 心の奥底にあるものをぶつけるように声を荒げるわけでもなく、ただ淡々と質問を投げつける。そんなセシリアさんの姿から、価値観が揺らいでいるわけではなく人間というものに失望しかけている、もしくはもう失望してしまっていることを察した。

 俺の考えとしては善性と悪性どちらに傾くかは周りの環境や生まれ持ってのスペックが関係しているだけに過ぎないと思っている。ただ、人を傷つける方が損はなかったりする。自分の怒りを相手にぶつけるとしたら最悪の場合でも向こうも怒りをぶつけてくるだけだが、不満を抑え込んで相手に善意を持って接したとしても見返りが帰ってくるかは相手次第になってしまう。つまり、善意を持って接する場合は骨折り損になってしまう可能性があるわけだ。

 それに、人は誰しもが自分が傷つきたくないという思いはあるだろうから、自己防衛本能が働いて自分が悪くないのなら相手が悪いという思考になって人を傷つけてしまうというのもあるんだと思う。

 ただ、そんなことをセシリアさんに言っても仕方がない。


「申し訳ありません。当たり散らすようなことをしてしまいました」


 俺が沈黙したままだったことで困らせたと思ったのか、謝罪してから背を向けて立ち去ろうとする。少しずつ離れていく後姿を見て、ライラさんと出会った時の心を開かせていたあのセシリアさんがいなくなってしまうような気がした。それはなんか嫌だった。


「ライラさんと初めて会った時の話なんですけど」


 セシリアさんの足が止まる。


「セシリアさんは覚えているか分からないですけど、俺ってライラさんにほぼ強制的に教会の外へ連れ出されて二人っきりになったことがあるんです。その時、セシリアさんとの関係とかこの町に何しに来たのかを聞かれたんですよ」


「私たちの内情を探ってきたということですか」


 常温のみかんを冷凍庫でキンキンに凍らせたかのような声色。あの時もライラさんが操られていたのだとしたら内情を探ってきた可能性は確かにある。


「……そういう意図もあったのかもしれません。でも、自分にはセシリアさんのことを預けられるかを試していたように見えました」


 振り返らず足を止めたまま。


「それに、神父さんも最初からセシリアさんを襲うために拾ったわけじゃないと思うんです。ただ優しい女の子として健やかに育って欲しいと願っていただけだと。そうじゃなきゃ、人の子を何人も育てるなんてことはしないし、セシリアさんと同じ優しい笑みを浮かべることなんて出来ないと思うんです」


 立ち止まったまましばらくの時が経ち、こちらに振り向いて。


「私なんかよりもマコトさんの方が聖職者に向いているみたいですね」


 人を安心させる笑みを浮かべて一言いい放ち、俺たちが泊っている宿がある方角へ消えていった。





 セシリアさんと顔を合わせるとなんとなく気まずくなりそうなので、宿があるところとは逆方向へ歩いていると、物凄く目を引く少女の集団がいた。人通りがないから目立っているというわけではない。男の欲望を引き立てるような愛らしさがあるピンク髪の少女が、後ろに引き連れている修道服を着た少女たちにセクハラしながら歩いているからだ。

 当然、そんな目立つ容姿をしていて非常識なことをするような奴は一人しかいないわけで。


「あ、クラマスじゃん」


「……ああ。随分楽しそうだな」


「まあね」


 皮肉を込めた挨拶をさらりと流して、隣にいる少女にキスをするレア。あんな大変な出来事があった直後で、もっと言えばその事件に大きく関係していた修道女たちを手籠めにしているなんて……本当にどうしようもない奴だ。

 ただ、俺への認識がその辺に転がっている糸くずからたまに訪れるおじいちゃんの家にいる犬くらいにアップグレードしたのか、今までは完全に無視されていたのにこうやって声を掛けてくれるようになってくれたのはありがたくはあるんだけど。

 この成果があっただけでもここに来た甲斐があった……ということにしておこう。俺を好き勝手操ったことも含めて最後にいろいろとフィーバーしてくれたが、うちのクランメンバーの中では比較的まともな感性を持っているという収穫も得られたわけだし。男の弱点を蹴飛ばす姿も一度も見ていないし……実は俺をビビらせるためにグレタが言ったウソだったのかもしれない。


「おい、お前がうちのサポーターを可愛がってくれた女か?ぁあ?」


 今回は有意義な旅だったな、そう自己完結させようとしていたところに、三人組のガラの悪そうな男たちが現れた。喧嘩っぱやそうな大柄な男、銀色の髪と細い体型も相まって抜き身のナイフみたいな危ない印象を受ける男、髪色が濃い茶色で毛先に向かっていくにつれ色が薄くなっていく栗みたいな頭をした男。その中でも大柄な男が、レアのことをガンつけていた。

 修道服の少女たちは男たちに怯えている中、レアは、関わってくんなよ、とでも言いたげな目をしている。


「はぁ?知らないけど」


「知らないはずがねえだろうがボケ!こいつはな、おめえに金的されたせいで片玉が潰れて、聖女様に、金玉潰れたから治療してください、って言う羽目になったんだぞ!なあ!」


「……っす」


 大柄な男に若干隠れている栗頭の男が語尾だけ聴こえる返事をする。それが本当なら、なんか下ネタとかを言ってはいけない神聖な雰囲気があるセシリアさんにそんなことを頼まなきゃいけなくなったなら可哀そうだと思った。レアは悪びれるそぶりを見せないが、コイツの場合はやったとしても悪いとは一切思わないだろうから向こうからの難癖なのかが判断つかない。


「だから何なの?」

 

「謝れ!こいつはな、俺達が催眠に掛って欲望に負けていた中、一人だけセシリア様のことを思って貞操を捨てなかったほどに敬愛していたんだぞ!」


「え……きもちわる」


 女子が冗談抜きで軽蔑している際にでる低い声。栗頭の男はどこからか狙撃されたのか胸を抑えて体をのけぞらせていた。


「気持ち悪いとは何だ!こいつはな!セシリア様と結ばれることがないのなら、せめて操は守ろうと決意をしたんだ!それがどれだけの覚悟なのか――」


「止めてくださいっす!」


 涙目になっていた栗頭の男は大柄な男の口を無理やり手で抑えつける。大柄な男は栗頭の男を払いのけ、お前のためにやっているんだから邪魔するなと怒鳴られる。不憫すぎる栗頭の男の姿を見て、自分以上に不幸な人がいることが確認でき安心している俺がいた。 


「なんでそんな気持ち悪い奴のために謝んなきゃなんないの?蹴られたってことは僕のことをいやらしい目で見たんでしょ。そんな奴が誰も欲しがらない童貞を守ってなに偉そうに誇ってんの?」


「何だと!このいじらしさを理解ができんとは……一度懲らしめた方が良いみたいだな!」


 栗頭の男は地面に転がって涙を流しながら悶えているだけで何も言っていないのに、大柄の男と今まで一言も発していないナイフみたいな男は武器を取る。


「僕に武器を向けたね」

 

 ただ、相手はミーバさんというこの町を乗っ取ろうとしていたサキュバスさえも手玉に取った怪物。ナイフみたいな男は今から戦闘が始まろうとしているのに武器を捨てて、夢遊病にでも掛かっているような足取りで大柄な男に近づいていき、


「おいどうしたんだ!なに引っ付いてきてんだ!それはシャレになら――」


 マウストゥマウスをした。


 ……なんてものを見せてくれるんだ。


 薔薇薔薇としたシーンを見せつけられ、どう考えても義のある向こうが悲惨な目にあっている事実に辟易とする。


「これに懲りたら僕に近寄らないように。栗頭分かってる?」


 惨劇を目の当たりにした栗頭の男は顔を引きつらせながらぶんぶんと頭を振る。無理やり引き連れられて知り合い同士の熱い抱擁を見せつけられて、そもそも魅力的な少女を見て鼻を伸ばしただけで男の弱点を蹴られて……ってあれ?


「というかお前、あの可哀そうな人のあそこを蹴り上げたのか?」


「うん。いやらしい目で見てたからね」


「じゃあ、今まではなんでそういうことをやらなかったんだ?」


「だって、操られていて自分の意志とは関係ないことをしている人にはさすがの僕でも蹴ったりはしないよ」


 なるほど、と一瞬納得しかけるが。


「ってことはお前!町の人たちが催眠に掛けられてたのを分かっていたのかよ!」


「まあね。だから、くっさい男の匂いがする教会に近づかなかったし」


「そこまで分かっていて……。なんでそのことを俺たちに言わなかったんだ!」


「え?言う必要ある?」


 どう考えてもあるはずなんだが、首を傾げているレアにそんなことを言っても無駄骨になるのは間違いなくて。

 

 はぁ、ちょっとはまともだと思ったのにな……。


 グレタ、イーデン、イザベル、ローナ、レア。どうしようないクランメンバーたちの顔が浮かび上がり、そいつらをまとめ上げなければいけない事実を思い出して、気にしないようにしていた、忘れていたことにしていた重荷がどっと押し寄せてきた。

お読みいただきありがとうございます。

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