第九十話 いなくなる
「ふわぁぁぁぁぁ」
日光に当てられて目を覚ました俺は、日本が恋しくなるような布団を押しのけて半身を起こし伸びをする。それと同時に、今日は教会を調べるという話になっていたことを思い出した。
訪れた店の人達が信徒であることが分かったあの後、道行く人たちもあのバッチを身に付けていることが判明した。やっぱり怪しいのではないかとなり、その日にもう一度教会に訪れてみたのだが、特に不審な点は見当たらなかった。
「今日もたぶん、なんも進展しないよな」
教会について調べるといっても、誰かから教会のことについて聞き出すか、教会自体を調べるしかないわけで。仮に教会のうわさなんかを聞き出そうとしても、この町の住人ほぼすべてが信徒なわけだから誰から話を聞くんだってなるわけだ。教会自体も昨日立ち入りが許されている場所は結構しっかりと調べておかしなところがなかったから、立ち入り禁止の部屋とかを蹴破りでもしないと何も進展しなさそうだし。
もしかしたら教会に裏があるわけじゃない……善い行いによるものか悪い行いによるものかは定かではないが、この町に住んでいる人ほとんどすべてが信者になっているわけだから何もないってことはないか。
「正直、ユーニスさんの友人がコリンさんを連れもどしたいだけなのが明らかになった時点で大した依頼じゃないって思ってたんだけどなぁ」
面倒なことにはならないでくれよ、と思いながら服の袖を通し、朝食とするために食堂のある一階に下りたのだけれど……。
「マコト、あなた以外は誰もいないの?」
階段を下ってきたユーニスさんは俺が抱いていた疑問を口にする。そう、ここには俺とユーニスさん以外は誰もいないのだ。宿泊者がいないこと自体はまあそんなこともあるかもな、と言えなくもないが、宿屋の従業員はこの時間にいつもいるはずなのに。
そんなふうに考えを巡らせていたため、脊髄反射で言葉を発する。
「みたいですね」
「みたいですね、って……」
ユーニスさんは困惑した様子で歩き出し、まっすぐ進んだところにある食堂の扉を開いた。が、食堂すらもぬけの殻だったのか、もう一度受付カウンターを確認してから俺の方を向いて、
「本当に分からないの?」
「分かりませんって。自分もなにがなんだか分からなくて困惑しているですから」
格上クランに喧嘩を売る、監獄にぶち込まれる、最上級のクランと争う、今度は町の住人が一夜にして失踪するかぁ……なんてため息をつきたくなる気持ちを抑えて答えた。
セシリアさんと無事合流した俺たちはこの異常事態が起こっているのは宿屋だけなのか確認するために外に出た。レアは探してみたのだが見つからなかったのでいない。セシリアさんが見つからないとかだったら心配になるけど、うちのクランメンバーのレアなら大丈夫だろうという謎の安心感がある。
「誰もいませんね」
雑貨店の扉を開いて店中を確認していたセシリアさんが口にした通り、町には人っ子一人いなくなっていた。
宿屋の従業員や宿泊者がいなくなることだけでも意味が分からないのに、町の住人全てがいないとなると宇宙人かなんかに攫われたのではないかと想像してしまう。そんなありえない妄想をしていたところで考え込むように俯くユーニスさんが映り、俺は町の住人を丸ごと攫ってしまえる、この世界だからこその手段が思い浮かぶ。
「もしかしてなんですけど、魔法的なものが絡んでいたりするんですかね?」
「……あり得ないわね。一つの区域ならともかく、この町全体を一晩のうちに何も痕跡を残さないまま全員を消し去ることなんて不可能よ」
「なら、そんな不可能なことを可能にするような化け物みたいな魔術師がやったってことはないんですかね?」
自分で口にして背筋がヒヤリとする。だって、そんな奴が存在したら相手しなきゃいけなくなるかもしれないのだから。
「仮に今の状況を作り出せる術者がいるのだとしても、こんな穏やかな町を標的にする理由がないわね」
「あ!?マコトさんですよね!」
確かにこんな町を狙う意味もないかとほっとしていたら銀髪少女――マリアンさんがこっちへ駆け寄ってきた。俺たちの所にたどり着いたマリアンさんは中腰になりながらゼイゼイと息を切らして膝に両手をつける。そして、体を起こし、ああよかったです、と胸を撫で下ろした。
「マリアンさんは無事だったんですね」
「はい。マコトさん達も無事でよかったです……」
しみじみと呟くマリアンさん。そんなマリアンさんとは対照的に、セシリアさんは気が気でなさそうな様子で口を開いた。
「あの、従業員の方々は出勤していらっしゃるのでしょうか」
「それが、本店で働いていた従業員たちは問題なく出勤しているのですけれども、ここで雇った方たちは誰も来ていなくて……。早起きしていた従業員の話によると、朝早くに町の人々がぞろぞろと歩いていたみたいなんですが……」
「あっちへ向かっていったのでしょうか?」
セシリアさんが町の正門がある方向に指を差すとマリアンさんは頷いた。
「どうしてわかったの?」
「地面についていた足跡が正門側に向かっていたから、そうなのではないかと」
ユーニスさんは目が点になっていた。
地面を見ると確かに足跡は正門側に向いている。いつも通りだったら俺も足跡に違和感を覚えて気づけたかもしれないが、この異常事態が起こっている中で冷静に痕跡を見逃さないセシリアさんの洞察力に舌をまく。だから、気づかなかった俺とユーニスさんはバカというわけではない。
「そこに気づくとは流石ね、セシリア。じゃあ、行くわよ」
まるで最初から足跡には気づいていて試していたかのような上から目線のユーニスさんは、ついて来いと言わんばかりに正門方向へ歩き出した。
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