第八十四話 日焼けした少女
「おお、すごいですね」
「はい。とても広いです……」
カラフルなステンドグラスの窓とか、テーブル付きの長椅子が並んでいるのとか、その先にある講壇とか、女神像のようなものの前で祈っている人たちが多かったりとか、そもそもめちゃくちゃ広いことに圧倒されて思わず声が出た。
セシリアさんはきょろきょろと辺りを見回しながら浮ついた様子で俺の感想に同意する。もともとなじみ深い場所だったとはいえ――なじみ深い場所だったからこそ、俺なんかよりもこの教会の規模の大きさに感慨深いものがあるのかもしれない。
一つ言っておくと、俺はただ教会の凄さに感嘆としているだけではなく、目的は忘れずコリンさんのこともしっかりと見つけており、観察している感じ特に不審な点はなく周りの人と同じように女神像へ祈っていた。
「そこのカップルさん!二人仲良くお祈りですか!」
そりゃ特別変わったことなんてしているわけないよな、とか思っていたら、シスター服を身に纏った少女から声を掛けられる。肌が日焼けており、快活な声掛けと人懐っこい笑顔から少年のような気安さがある。この町で人気のありそうなセシリアさんとカップルなんていう嘘を広められたら面倒そうなので、そんな関係じゃないと伝えようとしていたらセシリアさんがその日に焼けた少女へ声を掛けた。
「ライラ、久しぶりです」
「……え?もしかして、セシリー?」
日に焼けた少女は呆けたような顔をしてから、恐らくセシリアさんの愛称で呼んだ。
「……今の間。まさか、私の顔を忘れていた、なんてことはありませんよね?」
「あったり前よ!わたしが親友の顔を忘れるわけないでしょ!」
日に焼けた少女は額に雫を乗せながら胸をごつんと叩き調子のいいことを言う。相変わらず怒ると怖いんだから、と小声でこぼしながら。むしろ、そうやって過剰に反応する方が怪しく見えると思うのだが……この調子の良さが少女の魅力なんだろう。
セシリアさんは弟のキースさんに接する時のような気安さから、日に焼けた少女が口にした、親友、というのはそこまで誇張された表現ではないのかもしれない。
「その隣にいるイケメン誰なの?……もしかして本当に彼氏だったりして!」
「そんな……!まだそのような関係ではないですけれど……!」
セシリアさんは両手で頬を抑えながら体をくねくねとさせる。
俺のことをイケメンと評してくれた目利きが得意そうな日に焼けた少女――ライラさんは目をくりくりとさせてこっちを見た。
「え、マジなの?」
「いや、冗談ですから。ねぇ、セシリアさん」
「はい。ですがいつの日にか……」
「その理由のよく分からない好感度高いアピールやめてください!シャレにならなくなっちゃいますから!」
シャレじゃないのですが、とうそぶくセシリアさんを見て、ただの悪乗りだとしても誤解しかねない好意の示し方をするのかが気になる。セシリアさんと出会った時からこういう感じだったから助けたことで好意を持ったというわけでもないだろうし……さっきライラさんから容姿を褒められはしたが一目ぼれをされたと思うほどうぬぼれてはいない。
セシリアさんの冗談を真に受けていそうなライラさんはUMAを目撃した少年のように、担任と顔見知りの少女が逢引きをしている場面を見つけた少女のように瞳孔を開いておののくように体を逸らした。
「ええー!マジなんだ!ホントなんだ!まさか、セシリーに先を越されるなんて!」
「だから違いますから!」
「おや、とても賑やかですね」
若干うっとうしいぐらいに騒ぐライラさんをどう誤解だと伝えればいいんだろうと困っていると、黒い肩掛けと黒い服を着て、白い手袋をはめた成人を迎えている息子がいてもおかしくないぐらいの男性が声を掛けてきた。
人に安らぎを与える教会にぴったりな笑みを浮かべており、セシリアさんのいつもの笑顔と似通っているような気がした。
「あ、パパ!」
「パパ!?どういうことなのでしょうか!?」
いやどう見ても血がつながっているようには見えないけど、と口にする前にセシリアさんが素っ頓狂な声で問い掛ける。
「あ、そういえば。セシリーどこにいるか分からなかったから、まだ伝えてなかったっけ。先生がわたしのパパなの」
「それでは誤解されてしまいますよ、ライラ。私はライラのことを義理の娘として引き取ったんです。今までたくさんの子供たちに囲まれてきたのですが、この歳になって自分の子供というものが欲しくなってしまったんです。お恥ずかしい話ですが、いままで女性とは縁遠いものでしたから」
気恥ずかしそうに頭を掻く心優しそうな神父さんは俺に向いて言う。この神父さんだったら特売品を目にした主婦のように女性が見逃すとは思えないが、神父という立場が女性と関係を持つということを縁遠いものにしてしまっているのかもしれない。
「そうそう。わたし先生のこと好きだし、だったら私が子供になるって」
「そうだったのですか……」
セシリアさんは目の前にある事実を受け入れようとするかのように頭をコクコクと動かした。
ライラさんは、パパ大好き、と言って抱き着き、神父さんは、こらこら、とたしなめる様子からして普通の親子よりも良好な関係に見えた。もともと他人同士だったうえで選んで義理の親子になったわけだから、仲がいいのは当たり前なのかもしれないけど。
「セシリア、お帰りなさい」
「はい先生。ただいま」
神父さんの温かい歓迎に、セシリアさんは少しぎこちないながらも返事を返した。俺に子ども扱いをされている所を見られるのがちょっと気恥ずかしいのかもしれない。
「この町を去ってから何をしてきたのかを教えてくれませんか?」
「え?」
「君がどんな経験をして何を学んできたのかを知りたいんです」
「ええっと……」
少し困ったように俺を見るセシリアさん。ここで否と突きつけるほど人情というものに疎いわけではないので頷こうとしたら、ライラさんが俺の腕を引っ張る。
「セシリーがパパを持っていくなら、わたしはセシリーの彼氏さんを貰っちゃうね」
「彼氏?」
「……いえ、彼とはそういう関係ではないです」
おそらく育ての親みたいな関係性の人にジョークを言うつもりにはなれなかったのか、セシリアさんは首を振る。神父さんは良い人そうだし、冗談を真に受けてしまうなんて配慮もあるのかもしれない。
「じゃあ、お兄さん。いこいこ」
「あ、ちょっと」
俺からの苦言を受け付ける間もなく教会の外へ連れていかれる。
引っ張られている途中で、セシリアさんと神父さんの旧交を深めるのを邪魔しないためにライラさんは俺を連れ出したのだと理解した。だとしても、わざわざ外に出る必要なさそうだけれど。
「ここらへんでいいかな。……あ、もしかして、パパにセシリーがたぶらかされないか心配してる?確かにパパは超優良物件だけど、セシリーはパパにとって娘みたいなものだから大丈夫だよ。それにあんな人が多いところで口説いたりしないって」
「いや、そんなことはぜんぜん心配してないけど」
あの雰囲気で神父さんがセシリアさんを口説いたら事案すぎるから、流石にそんな心配はしない。仮に口説いたとしても、俺が関与することじゃないし。……当人同士の問題とはいえ、倫理的なことを考えると口出しぐらいはした方が良いのかもしれないけど。……そんなことはどうでもいいか。
「じゃあ、なんでそんな不満そうなの?」
「いや、不満があるわけじゃないけど……」
本当に不満があるわけじゃなくて、腕に柔らかいものが当たっているのが気になっているのであって……。
俺は自分の右腕に目を向けていると、ライラさんも同じ方を見る。俺の腕とライラさんの胸が当たっていることを確認したライラさんは、ドア上部の隙間に黒板けしを挟む悪ガキみたいににんまりとした。
「なになに。セシリーがいるのにわたしまで落としちゃう感じ?」
「いや、落としませんから」
「え……確かにわたしってセシリアみたいにおしとやかじゃないし女の子っぽくないけど……」
ライラさんは顔に影を落とす。確かにデリカシーがない発言だったかもしれないけど……ムズすぎないか?
「いや、そんな自虐するほど悪くないというか、ライラさんってセシリアさんとは別タイプの美人だと思いますけど」
「……もしかして、本当にわたしのこと狙ってきている感じ?」
訝しむような目をしたライラさんは首を傾げた。
こいつ、全然落ち込んでないな。
「そもそも別にセシリアさんのことも落としてないですから」
「ふーん。……まあいいや。それで、セシリーとお兄さんは何の用事でここに来たの?」
「まあ、セシリアさんがここに来たいって話になって、って感じですね」
別にコリンさんの調査していることを言っても問題ない気はしたが、無関係の人間に依頼について話すのは良くないだろうからそれっぽい理由を伝える。
「へー。彼氏でもないのにセシリーにお願いされて一緒についてきたんだ?」
「……まあ。彼女じゃないけど友達ですから」
「ふーん」
男と女の間には友情というものが存在しない派閥なんだろうか、ジトッとした瞳をこっちに向ける。
俺がセシリアさんに粘着しているみたいな流れでちょっと納得いかないが、誤解してくれるならそれはそれでいいかと受け入れることにした。
「うーん……。お兄さん、ちょっと頼りなさそうだけどいい人そうだし……とりあえずオッケー。じゃあ、そろそろ戻ろうか」
ライラさんは考え込む様子を見せてから手をグーにしつつ親指を立てて、後ろへ振り向き教会へと入っていく。
これもしかして、セシリアさんと神父さんを気遣って外に出たわけじゃなくて、俺がセシリアさんに任せられるのかを確認するためだったりしたのか
だとしたら、ライラさんって意外と計算高いのかもしれないな。
……あれ、なんか俺、忘れているような。
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