第六四話 古い思想
蒙古軍が北区で戦闘をおこなっている頃、正規軍のLeinholtは"獣王”秀二を理解するために話し合いをしていた。
「秀二君。我々は君のその類い希な能力を理解したいんだ。正直に言えば、現在の科学では理解できない能力を持つ君が怖い。野放しにはできないからこれまで君を軟禁してきた。自分の自由のためにも、是非とも我々に協力してほしい」
言葉を饒舌に侍らせて、秀二を手駒にしようとした。一方の秀二は、丸め込まれたフリをして自分を知る鍵である存在に会わせるように求めた。その鍵である存在とは「長老」だった。
長老に会って、自分の中にある理想を語りたいのだ。
「アンゴル モアを凌ぐ恐怖の象徴"獣王”としての君臨」。その理想を叶えるため、自分の能力に誰よりも詳しい長老に会わなければならなかった。
日々実力を増し脅威となりつつある"獣王”の専門家として、長老を呼び寄せることは急務であった。脱兎の如き速さで長老を見つけ、その日の内に連行した。
そして長老と秀二を会わせ、Leinholt主導で話し合いが始まった。話し合いが進み、Leinholtは長老に一つの質問をした。
「なぜ秀二にのみズヴェーリを自在に操る能力が備わったのか」
それに対し、長老は一つの論理を展開して答えた。
「世界の諸民族の中でアイヌ民族並びにカラハット先住民が、最もカムイに対して畏敬の念を抱いていた。だからカムイはカラハット先住民にのみ『英雄』として側に現れた」
長老はゆったりと話ながらも、力強く話続けた。
「その英雄の生まれ変わりが『英雄』であり、それこそが"獣王”秀二である。数百年、数千年の長きに渡る祈りが……今日のポンヤウンペを創り出したのだよ」
「つまり彼は、秀二であって秀二ではないと?」
内心、ほんの少し馬鹿馬鹿しいと思いながらも、彼は冷静に長老の話を聞き入れようとしていた。
「そうじゃ……。カムイには二種類の存在がいる。一つは、彼の父親である安之助が学術的に研究しているような、火を吐き鋭い爪を持つ狂暴な『獣』のことじゃ」
Lineholtの言葉の早さを帳消して、長老はまたしてもゆったりと話始めた。
「つまりは、いつもポンヤウンペの側に居るそのプラーミャの様なカムイ。外から入ってきた『ズヴェーリ』と呼ばれている生物を、『便宜的』にカムイと呼んでいるということだ」
半信半疑で話し半分に聞いている様子のLeinholtと異なり、長老は冷静に、そして理論整然と語っていた。長老は大層な椅子に腰かけ、いつも外出時に持っている杖に体重をかけていた。
「そしてもう一つは、物理の理では存在することが決してあり得ない存在のこと。それこそがあなた方が知りたがっている、"獣王”秀二の能力の正体『ポンヤウンペ』のことだ」
Lineholtはイライラしだして鼻息をため息のように強く吐き出した。だがそれでも長老は老人らしく、マイペースに自分の話を続けた。
「後者の『カムイ』は、人の感謝の『祈り』で生まれる。その祈りの想いが、『森羅万象』に命を与えたもうた。天空をただ流れるだけの雷雲も、このカラハット島に来て祈りを受けて、『カンナカムイ』が誕生したのじゃ」
彼女は話を一旦区切ると、Leinholtが理解に苦しんでいる様子を見てそっと目線を外した。そして差し出された茶菓子に手を伸ばし、場の雰囲気を和らげようとした。
彼もまた案外、気を楽にしたようだった。
「『無機物』から命を持つ『有機物』が発生する。それは正に、なにもない死の世界からすべてが存在する生の世界に命が生まれるということじゃ」
長老は再び話始め、Lineholtも身を乗り出して聞こうとするも、まったく知らない概念を冗長に話されて、彼はとても困った。
「『生の世界』には死ぬという現象が存在する。じゃが、『死の世界』に生まれるという現象はない。『無』からなにかが生まれることはない。なにもないからじゃ。ただ生の世界から死んだ命が流れてくるだけだ」
気がつけば、秀二もまた心ここに有らずといった様子だった。難しすぎて困っていたのだ。
「じゃが『無機物』からカムイとして、一つの『命が生じる』現象がこの生の世界には現実として起こっており、その原因を探れば生からの『祈り』があるのじゃ。生まれる筈のない所から命が生まれる」
長老はここまで話してようやくLineholtに目を合わせ、自分の世界から帰ってきたかのように話始めた。その姿は老人そのものだった。
「それはつまり生物が生きていないただ死んだ命の受け皿であるだけの『死の世界』から、『命が生まれて来た』ということになるのだ」
長老が語る言葉に、Leinholtは辟易した。思わず再び鼻からため息を流した。まっ白なシルクの手袋を外し、シワの寄った眉間を解す。
「難しい話だな……だがそれが面白い。そのズヴェーリ……ではなくカムイがあなた方先住民の『宗教観』に密接に関わっているなど、実に興味深い。これから、先程の話の二者の内後者のカムイ、つまり本来なら存在することがないカムイの話をしよう」
彼はそう言うとコップの水を軽く飲み干し、机に肘を突いて腕を組んだ。集中しているのだ。
「生の世界というのが私たち『有機物』が『生命』として生きている現実。そして『死の世界』というのを、現実でいう所の生命が途絶えた骸などの『無機物』のこと。並びに……」
彼は何度も瞬きをして思い出しながら、要点をまとめつつ簡潔に質問した。
「骸と化したその時点での無機物が、まだ生きていた頃に宿していた命の行く世界ということ。本来なら無機物から命は生まれない。だが現実として、無機物から命が生まれている実態がある。それはなぜか?」
「生と死の世界を、数多の命が千年以上の時間を掛けて繰り返し行き来した。生まれては死んで、死んでは『祈られ』生まれた。その中でこのカムイは生まれた。そういうことじゃ」
長老は同じことを繰り返した。これは長老の死生観というよりも、先住民の宗教観だ。一度話を聞いたからとて、すぐには理解できないし、共感もしがたい。
Leinholtはとにかく理解し、知識として役立てるため、懸命に耳を傾け続けた。
「この秀二にはポンヤウンペになる資格と素養があった。ポンヤウンペも、祈られ生まれた存在しない筈の命じゃ。長い時間を掛けて生み出されたポンヤウンペは、言わば自然の産物なんじゃ」
長老は声色を一つ下げて話を続けた。
「彼がポンヤウンペとなったのも、同様に長い時間をかけて人々が生まれては死んでいく中で生まれた存在しないはずの物語。神話によれば必然だったのじゃ」
それから長老は、Lineholtを睨むように鋭い目つきで見つめた。よく見ればその姿は小刻みに震えていて、老い先短い老人らしかった。
しかしその目だけは真剣そのもので、そこには相手を黙らせる覇気があった。
「ポンヤウンペは私に取って『掌中の珠』……。どうか、狼狽させることなく、大切に扱って下さいませ……」
Leinholtは頭を悩ませた。超自然的な話をする長老に対し、科学で理解しようとしてその壮大さに気が遠退く思いだった。だが概要を把握し彼は満足した。
話し合いを終えてLeinholtが退室すると、秀二はおもむろに長老に理想を語った。
長老はポンヤウンペの言葉に感激し、長老はなにやら秀二に伝えた。その言葉に秀二の顔つきは変わり、長老を始め自分たち先住民の勝利を確信した。
それから長老は、気休め程度にこう告げた。
「話に聞けば、敵は欧米の予言にある恐怖の大王アンゴル モアの由来なのだそうだ。この世のすべてを呑み込もうとするアンゴル モアという厄災に、本気で抗いなさい。この島に根付く祈りは、お前を必ず助けてくれるはずじゃよ」
長老は小刻みに震えながらも、期待の微笑みをしながらこう告げた。
「小手先の助言など要らぬだろう。自分を信じなさい。自分が勝つことを誰よりも祈りなさい。自信こそが、お前を強くしてくれるはずじゃ」
部屋を出て一人になった長老は心の中で呟いた。
「神話の一つ『英雄叙事詩』にて嘗てオキクルミは言った。『人間たちが争いを起こせば再び自分は人間の姿に戻り、カンナカムイがチキサニカムイを燃やしたように、再び大地を焼き払いに来る』」
瞬き一つしない老人の頭の中は、凝り固まった思想の中で忙しく言葉や思考が飛び交っていた。しかしそれも無下にはできない。なぜなら彼女はただの老人ではなく、長老という特別な人物だからだ。
「私は人間同士の争いというのを、武士団と先住民会の話だと思い込んでいた。しかしそれは誤りだったようじゃ……。私の島外の者達への復讐は、これから始まる……! 島が焼き払われる程の戦果に見舞われるのはこれからのようじゃな……」




