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【完結】ズヴェーリ 英雄叙事詩 改訂版  作者: 乘越唯響(のりごえ いおん)
第三章 青山戦争~蒼き狼編

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第六三話 心の傷

 ようやく到着した救援隊のDrake(ドレイク)連隊は、白杆乒(バイガンピン)たちの最期を見届けることとなった。激昂(げっこう)する劉(リウ)の声を遮(さえぎ)るように、Drake(ドレイク)は叫んだ。


「これ以上捕虜の漢民族を死なせるな! 全軍、進めぇ!」


「めんどくせぇなんて言ってられないよなぁ……。前進するぞ!」


「行くぞ、トーレニカ!」


「了解です兵長、突撃だ! ウラァァァァ(Ураааа)!」


 Wagner(ヴァーグナー)も彼女以降の車両に指示を出した。


「二台目以降も隊長に続け!」


 チャリオット小隊が先行して森林から姿を現し、崖を下った。野生のズヴェーリを避けながらであったため、出現予定地から少し外れてしまっていた。崖と呼べるほど急勾配な坂だったが、一切の躊躇(ためら)いもなく彼らは突撃していった。


 ジェルは気合いの入ったアナトリーを見て驚いた。彼には足りないものが多かったが、そのすべての原因は彼の積極性のなさだった。


 常に弱腰でことあるごとに泣きわめく女々しいアナトリーが、自発的にここまで過激になれる理由が、ジェルには理解できなかった。



 先に出たチャリオットがスフバートルの部隊に突撃して間もなくのことだった。劉(リウ)が敵ズヴェーリの狙撃を受けて、倒れた。アナトリーにとってそれは開戦僻頭(かいせんへきとう)の衝撃だった。


 偶然近くにいたアナトリーたちは、劉(リウ)の回収をおこない、すぐさま後退することとなった。


 後衛に合流したアナトリーは、劉(リウ)に問い質した。


「俺は戦ってたいのに、あんたのせいで無駄足踏んだじゃねぇか! なぁ、他人の土地に侵略してきて死にかける気分はどうだ……? なんで戦争なんかしに来たんだよ……!」


 アナトリーは心の底からキレていた。血眼になり今にも劉(リウ)を殴りつける気迫だった。


「あんたが侵略しにきたせいで……麗華(リーホア)は、麗華(リーホア)は今、生きてるのか死んでるのかさえ分からねぇんだぞ!」


「麗華(リーホア)なんて呼べる仲になっていたか。あの娘(こ)も大きくなったものだなぁ。『博雅三位(はくがのさんみ)』と称えられた神童も、今や年頃の……」


「おい、ふざけてんじゃねぇ!」


 キレるアナトリーに劉(リウ)は目を丸くした。だが彼から伝わる本気の熱意に気づき、劉(リウ)もまた本音でぶつかった。


「……死にかける気分はどうかと言ったな? フッ……そんなもの、『己のため』に戦っているから思いつく言葉だ。漢民族への搾取が強まるなか大陸にいれば生きている保障などなかったし、良家の娘がなんの辱(はずか)しめも受けないことなどあり得ない。あの娘(こ)は並の家柄ではないんだ!」


 劉(リウ)は目の色を変えた。


「漢民族の『同胞のため』、死や敗(ま)けを恐れてはならない! 痛みや苦しみでさえも、守りたい『仲間のため』なら惜しくはない!」


 すかさず劉(リウ)は、負傷した体を無理に動かしてアナトリーの襟(えり)を掴み叫んだ。


「麗華(リーホア)を好(おもっ)ているなら、口先でわめいてないで命を懸けてみろ! 本気になってみろ!」



 激励とも説教とも、怒りにも優しさにも思える叫びを受けたアナトリーは、劉(リウ)の元を離れてジェルらと共に戦場へ舞い戻った。


 彼の望みはただ一つ麗華(リーホア)を助けることだけというのは、周りのジェルやレフといった兵士らにも次第に伝わっていった。それほどまでに凄まじい覇気は、チャリオットの速さに比例して加速し、猛攻を仕かけるに至った。


 攻撃を受けても、火傷を負っても、彼はそれに気付かない位に集中して数十人を殺めていった。


 野営地に敵が雪崩れ込んで行くのが見えた。それは焦りを生んだ。


「出過ぎだ! 戻れトーレニカ! !」


 ジェルの声が聞こえた直後、彼の体は制御不能に陥(おちい)った。まだ戦いたい思いとは裏腹に、体は負傷した。



 ――敵が城壁を突破し、野営地内は混乱を極めた。

 遠くに援軍こそ捉えてはいるが、頼みの綱であった秦良玉(チンリャンユィ)が敗死し、万事休すであった。


「今までウチが指揮官で居られたのは優秀な配下がいたから……。みんな死んじゃった……もうダメだわ……」


「いっそ逃げましょうお嬢様! 降伏すれば命だけは助けて貰えますでしょう! さぁ、お早く! !」


「命が助かるならそもそも抗ってないし敵も襲って来なかった! こんな簡単な理屈も分からないの! ?」


「えぇ……い……。のまま座して死ぬのは嫌じゃ! お嬢様、私は貴方の世話を何年にも渡って行ってきた。言わば、父の様なものですぞ……。その父の言葉に、どうか耳を傾けて下さいませ!」


 この期に及んで何も変わらない宦官に、雲英(ユンイン)は今にも手を上げそうになっていた。「戦場の乙女」はすでに限界だった。しかしそれよりも先に宦官は我慢の緒が切れた。



「ええい黙って従えこのあばずれが! ! 貴様のためにここで死ぬなど嫌だ! !」


 キレる宦官に対して、遂に雲英(ユンイン)も我慢がならなかった。そして彼女はプッツンしてしまった。


「てかさ……。お前、いつも陰口ばっかでウザいんだよね。気づいてないとでも思ってたの? ダサいし心が傷つくしさぁ……お前さ、自分が醜いと思わないの?」


「陰口を叩くのが人というものだ……!」


「あのさ……。ウチが知ってる悪口は、全部お前から教わったよ。お前が誰かに言った言葉がウチの耳に届いて、ウチの心を黒くしてったんだよ」


「貞操を守らず身も心も汚れたお前の方が、私よりも心が数倍ドス黒い醜女(すごめ)だろうが……! 私を父として敬いその言葉に従……」


 世話役の宦官の男から溢れる我が身可愛さから溢れる戯(ざ)れ言の数々。聞き捨てられない雲英(ユンイン)は、食い気味に叫んだ。


「いい加減にしろテメェ。金玉チョン切った竿なしの宦官のクセに父とか気取ってんじゃねぇ! !」


「そ、それだけは……それだけは言うな……!」


 雲英(ユンイン)はコンプレックスの塊である宦官を罵り、気絶させた。優れた統率で反乱分子が一掃され、漢民族は外患に一致団結して抵抗した。野営地内では統制の取れた反抗がおこなわれた。



 ――瀕死のアナトリーは戦闘区域内で動けなくなり、深入りし過ぎていたため孤立した。敵は僅か数十秒の所まで迫っている。


「麗華(リーホア)……麗華(リーホア)……」


 意識が朦朧(もうろう)とする中、彼の頭の中にあるのは静(ジン)のことだけだ。彼は「生きたい」と願っていた。しかしその意思に反して、死が目前に迫った彼の脳は大量のドーパミンを分泌し、彼に「幻覚」を見せた。


 その幻覚の夢の中では死んだ家族が手招いていた。


 その言葉に彼は過去を振り返った。何度も強いストレスに耐えて生きてきた自分は、ただ生きているだけで人よりも苦労し頑張っていたのだと気づいた。無我夢中に頑張っていたら、あっという間に人生の終わりまで来てしまっていた。


「なんだったんだろう……俺の人生って。なにを得てなにが残ったんだろう。楽しかったのか?」


「もう良いんだよトーレニカ。考えるのをやめよう。これから楽しめばいじゃない? もう過去を振り返らなくたっていいの。今から生まれ変わればいいんだから」


「麗華(リーホア)……。でも俺はまだ人生になにも見出だせてないんだ……。まだ考えるのを止めちゃいけないんだよ……」


「すぐに見つかる訳ないよ。焦る必要なんてないよ。疲れたなら休もう?」


 夢の中で静(ジン)に会えたことになんの疑いも持てなかった彼は、妙に彼女の言葉に納得した。そして休むために目を閉じた。大切な人に抱き締められる温もりを確かに感じながら、その温かさの中で彼は永遠の眠りについた。



 ――倒れるアナトリーに手を伸ばしたジェル。しかしジェルが伸ばした手はアナトリーには届かなかった。手の平に収まってしまうほど小さいアナトリーは、群がる蒙古軍兵士に殺された。


 ジェルは怒り狂うも、最早(もはや)野営地は陥落していた。作戦失敗により、全軍は撤収となった。ジェルはアナトリーの亡骸を回収することさえできなかった。


 ジェルは絶望の淵に立たされ、命令に違反して突撃しようとした。しかしレフに本気の拳をお見舞いされ、我に帰った。悲しみから哭泣(こっきゅう)するジェルを、レフは初めて見た。


 やがてジェルは冷静さを取り戻した。


「帰ろう……リョーヴァ」


「了解です、曹長……!」


 涙目のジェルは、我慢しきれず零(こぼ)れ落ちた涙に情けなさを覚えてうつ向いた。珍しく感情を露(あらわ)にしたジェルにレフは心を打たれた。勇敢な兵士であったアナトリーの損失に、レフも心を痛めた。


 ジェルはアナトリーに凭(もた)れ掛かるようにして倒れ、レフは彼を片手で強く抱き締めた。男らしいその友情に応えるように、ジェルもまた同じように片腕を伸ばした。



 威風堂々と大将旗(たいしょうき)が翻(ひるがえ)らせながら野営地へ入る敵がいた。レフ越しに見詰めたジェルは、復讐を誓った。



 ――スフバートルは視線を感じ、こちらを見つめる一重の小柄な白人と睨みあった。しばらくしてセンゲ リンチンが現れた。


「僅かな戦力で先攻し、よく漢民族を撃破し西区への扉を開いてくれた」


「そういうご命令でしたので。我が蒙古族を裏切った漢民族には、死あるのみです。自分の休暇よりも蒙古族を優先するのは当たり前です」


「さすがだなスフバートル」


 センゲ リンチン率いる五万の軍は西区へ侵入した。すべからく蹂躙(じゅうりん)し文明を破壊した。それはまるで野生の狼という「自然」が「文明を呑み込む」様相だった。


 僅か数時間のカイ市西区の滞在は、市民に恐怖を植えつけた。


「次の狙いは女真族。私は元々、彼らの国に仕えていた……。だが今や昔だ。〝北伐(ほくばつ)し敵を討つぞ!」



 ――センゲ リンチンの軍は北上し道中の正規軍を易々と撃破しつつ、年も越さぬ内に北区へ侵入した。


「スフバートルは鬼神そのものだ!」


 リンチンの言葉通り先発のスフバートル隊三千は、女真族とその味方の正規軍六万を鬼神の如き勢いで攻撃した。


 応戦した正規軍は大敗を喫した。しかし死傷者は少なかった。それもそのはず、つい最近まで殺しあっていた捕虜を命懸けで守るものなど少数だからだ。


 北区の女真族は自衛のため、付近に残された霊兽(リィンショゥ)を集めた。全軍指揮をおこなうのは粘没喝(ネメガ)で、崔立(サイリツ)は急遽編成された特別護衛部隊の指揮として、ヌルハチを彼を守った。


 ヌルハチに信任された粘没喝(ネメガ)に対抗するため、崔立(サイリツ)は自身の部下に示しをつける必要からヌルハチに懇願しこの役目を得た。


 彼は「無頼の徒」なのだ。部下に見限られれば、平気で捨てられてしまう。



 蒙古族と相対した彼らは、彼らの姿をトラウマのように心に刻んだ。自分たちとは異なる奇妙な髪型であったり、茶色い革製の兜360℃のツバとその先の濁った色のファーが風に揺らぐ。誰もが寒さ対策に羊毛の防寒具を羽織り、まるで獲物を身にまとう狼にさえ思えた。


「この島に来てから、分の悪い戦いばかりをしている……。来た時点で我らに生き残る選択肢はなかったということか。ここでの戦いも所詮は悪あがきに過ぎないのだろうな……」


 粘没喝(ネメガ)は死を悟りながらも、軍を分けてスフバートルを攻撃しようとした。スフバートルの居る野営地には、常に睨みを効かせていた。しかし数日経っても、スフバートルが動く姿勢は見えなかった。


 数日後の夜、スフバートルは夜襲を仕掛けてきた。野営地には敵の姿が大勢残ったままで、粘没喝(ネメガ)は完全に不意を突かれる形となった。


「敵は真っ直ぐヌルハチ様の元へ向かっているのか……。位置を明かせるのはあの男しかいない……!」



 スフバートルは僅か数百人の決死隊を率いて、目につかない通路を遠回りにゆっくりと行軍してきていた。そして彼らは間者(スパイ)を通して既に特定していたヌルハチめがけ、突撃を敢行した。


 その凄まじい殺意になす術なく、女真族はヌルハチ将軍が殺され軍が瓦解。先発に合流したセンゲ リンチンは、北区で乱暴狼藉(らんぼうろうぜき)を働いた。


 粘没喝(ネメガ)率いる女真族は降伏も撤退も叶わず、殲滅された。そして崔立(サイリツ)は蒙古族に合流するよりも前に、ヌルハチや同胞への裏切りを受け入れられなかった配下の兵士に刺殺されて死亡した。



 ――その間、遅れて戦場に到着した正規軍は蒙古軍相手に甚大な被害を出しながら、徐々にセンゲ リンチン軍の全容を把握していった。


 救援はせずとも戦い、その力をその規模や有力な人物を把握し、攻略するための分析をおこなった。


 この間"獣王”が動くことはなかった。


 正規軍はリンチン軍の攻略を試みるのと同時進行で、戦後を見据えた"獣王”の掌握のため、"獣王”の分析をおこなっていた。日々の訓練で徐々に洗練されていく"獣王”のその大群に、正規軍は恐怖を覚えていたのだ。



 しかしそうしている間にも飢えた狼である蒙古軍の目は、カイ市の心臓たる中央区に向けられていた。

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