10.向日葵の咲く夜
ラネールの明かした真実に、ヒギリさんは言葉を失った。
「それとね、もう一つ言っておかなきゃならない事があるの」
白虎フォレイヤ王国が誕生し、霊獣の力を留める禁術が使用されたのはこれで二度目なの。
そう言ったラネールの言葉に、俺達は耳を疑った。
黒檀が禁術を使った経緯を語った後、ラネールはそんな事を口にしたのだった。
何代も前の王の時代、今と同じ事が起こった。
原因不明の魔物の大量発生。それによる結界への負担を考慮し、禁術を使い次代の王を生かす。
その禁術は、子を宿した母親の命を代償に発動する術。霊獣子の力を本来受け継ぐべき子供に宿す為には、魔剣術による儀式で命を代償にするしか方法はない。
国と子供を生かす為、王と王妃は命を落とす。ラネールはそんな歴史を二度も経験したのだ。
「……奥方様のお腹に赤ちゃんが出来た時、黒檀様が私に聞いてきたの。書庫にあった禁術の書について、詳しく教えてくれって。元々勉強も剣術も好きな子だったから、興味本位で話を聞きに来たんだと思ったの」
だが、黒檀はラネールから得た禁術の情報を用い、術を使った。
「お父さんもお母さんも死ぬかわりに子供だけ助かるなんて、悲しすぎるじゃない……? あんな事、まさか二回も起きるなんて……思いたくなかった」
声を震わせて俯いたラネール。
ヒギリさんは黙ったまま何も言わない。
「魔物はその内蘇るけど、人間もエルフも魔族も死んだら生き返らないんだよ……なのに、どうして私は生きてるの? 私はマリア……マリアだから死なない……だったら私が頑張って頑張って魔物を倒せば、あの子達は死なずに済んだのに……!」
涙を堪えるラネール。
マリアは歳を取らず、死なない特別な存在だ。産まれて間も無く教団によってマリアになる素質があるか判断され、時期が来ればマリアの儀を行い、マリアとしての使命を背負わされる。
不老不死。それは一見夢のようなものかもしれないけれど、この場に居るマリア達は誰一人として望んで得た力ではない。
例えばレベッカさんはマスターであり旦那さんでもあるセロウズさんと一緒に、ギルドで依頼をこなしながら故郷の再建の為に資金を集めている。レベッカさんは普通の女性としてセロウズさんと生活したいと願って、俺達に協力してくれている。
アキレアはお兄さんと邪神討伐を目指して旅をしていたが、マスターであるお兄さんはもう一人のフリッグマスター、シオンに殺されてしまった。
どうしてそんな事が起きてしまったのか俺には分からない。だがアキレアはお兄さんと叶えたかった夢を俺達と共に叶えようとしてくれている。
そしてリーオはマリアの儀に用いる魔法陣によってウィントハーレンに飛ばされ、奴隷として売り飛ばされそうになっていた。
以前アキレアから聞いた事があるが、この世界の人々はフリッグに授けられた力を持つマリアを敬う人も居れば、人間離れした能力を恐れ人間扱いしない者も居る。
シアルの砦で戦った奴隷商人がその例だ。奴らはマスター無しのマリアを攫い、高値で売り捌く悪党集団だった。
きっと殆どのマリア達が様々に過酷な運命を辿っているのだろう。
フリッグは邪神ディジオンを倒す為にマスターとマリアという仕組みを作った。マリアは不死身。つまり、邪神を倒すまでマリア達は生き続けるしかない。
ラネールもそんな女性達の一人だ。ここに居る誰よりも長い時間を生き、朽ちる命を見送り、終わりの見えない時を生き続けている。
(気に入らないな……。そんなやり方しなくても、皆で力を合わせれば邪神だって何だって倒せるはずだろ)
もしかしたら、俺をこのゲームそっくりの異世界に送り込んだのはフリッグかもしれない。
アキレアやリーオ、アジュガやコバ……。皆に出会えた事には感謝している。生まれた世界は違うけれど、彼女達は俺の一生の仲間だと思っている。
けれど、だからこそ。
「何なんだよフリッグって……。皆の人生好き勝手に滅茶苦茶にして楽しいのかよ」
「ショウ……」
「意味分かんないだろ!? どうしてフリッグはアキレアやリーオ達に全部押し付けておいて放置してるんだよ! 他人の人生狂わせて、不老不死にさせてまでしなきゃならない事なのかよ!!」
「落ち着けショウ」
「だけどセロウズさん!」
「黙れって言ってんのが分かんねーのか!!」
声を荒げるセロウズさん。
初めて怒鳴られた。いきなりの出来事に俺も皆も目を見開いた。
「……フリッグがわけ分かんねーのは、まともな神経してるやつなら皆とっくに分かってる。だからこそその理不尽に抗わなきゃならねーんだろが」
「マリアを大切に思うからこそ、俺やショウちゃん達マスターは彼女達と旅をしてる。そうだよね、ショウちゃん?」
「はい……」
「ショウちゃん。今回君がフォレイヤ、スプラエン、ウィントハーレンの戦争を止めようとした事は立派だよ。近い内に停戦になるだろう」
グレイさんは真っ直ぐに俺を見る。
「だけどね、君にはまだやらなければならない事が残っている。それは何だい?」
「……邪神を倒す事」
「ああ、その通りだ。ショウちゃんはフリッグマスターだよね。フリッグマスターは、女神フリッグに加護された特別なマスター。君は歴代のフリッグマスターが成し遂げられなかった偉業をやり遂げる使命を背負わされているんだ」
「でも、その使命だってフリッグが勝手に押し付けてきたものじゃないですか」
「確かにそうだね。だけど、君には理由があるだろう?」
「理由……?」
「誰にやらされるかじゃない。誰の為にやるか。……大切なのはそこだと思うな」
俺はハッとした。
マスターだのマリアだの、この世界の事なんてまだまだ分からなかったあの頃。
俺は、炎の中から救ってくれた少女の為に、この旅を決意したんだ。
初めからフリッグなんて関係無かった。大切な人の為に行動していたんだ。
「……ありがとうございます、グレイさん。セロウズさん。そうですよね……決めるのは自分自身。大切な人達の為に槍を振るうフリッグマスター。それが、俺が選んだ道なんですよね!」
そう言うと、セロウズさんがいつものように微笑んでくれた。
「ったく、やっと分かったのかよお前は」
「ごめんなさい……」
そして俺はラネールさんにこう言った。
「俺、あなたの為にも頑張ります」
「わ、私の為……?」
「あなたがこれ以上、悲しい思いをしないで済むように。同じ悲しみを繰り返させない為に」
すると、ラネールは驚いた表情をしたものの、すぐに明るい向日葵のような笑顔で言った。
「ありがとう、ショウくん!」
それから、今夜はこの城で一泊させてもらえる事になった。
フォレイヤは細かいところまで日本によく似た国だ。トイレだって昔ながらの和式だし、灯りだって蝋燭や松明なんかを使っている。
そして用意してもらった部屋は二人で一部屋の和室だ。俺はアジュガと同室になった。
「これがフォレイヤ式のベッドですか……」
「布団って言うんだ。普通はもう少し硬かったりするんだけど、この布団めっちゃふかふかで気持ちいいのな……」
(修学旅行で泊まったホテルの和室布団、しっくりこなくてあんまり眠れなかったっけなぁ……)
「布団と言うんですか。……そういえばショウさん、記憶は戻られたんですか?」
「え?」
「ショウさんは記憶障害なんですよね?それなのに布団についてお詳しいなと……。もしかしたら記憶が戻ってきたんじゃないかと思ったんですが」
油断していた。俺が異世界からやって来た人間だと知る人物は誰も居ない。
玄武王エボルブス様の晩餐会で咄嗟に吐いた嘘設定をすっかり忘れていた。
「あー……何ていうか、大事な記憶が欠けてるんだよ。この世界の歴史とか、どこで育ったのかとかさ。部分的に足りてないんだ」
「そうなんですか……」
いつも真剣に俺の話を聞いてくれるアジュガを騙すのは心苦しい。
だけど本当の事をどう伝えれば良いのか分からない。
「ですが、ショウさんがフォレイヤで暮らしていたのは間違いありませんよね? この国で何か記憶を取り戻す切っ掛けが掴めると良いですね」
「そうだな。ありがとなアジュガ」
(それにしても、アジュガ人良過ぎやしないか……?)
こうしてフォレイヤでの波乱の夜は過ぎて行くのだった。
今回からあいふぉんでの投稿になります。
これでいいのか不安はありますが、新連載共々更新に励んで参ります。




