9.霊獣子と命
「とりあえず場所を変えましょう。風麗くん、アザミちゃん。国境に送った兵を退かせるよう連絡しておいて」
「承知しました!」
「承知した」
「白露くんとキヅタちゃん、ラディーナちゃんはお客様のお部屋の用意。マルティーとツェルバート、メズィカレイディアはここの片付けをお願い出来る?」
「了解」
「お任せ下さい!」
テキパキと指示を出すラネールさん。
「さあ、私達は客間へ行きましょう?」
「え、ええ……」
仕えていた主が亡くなっても動じていないのか、ラネールさんは明るく振る舞っている。
俺達は彼女の後に続いて最初に案内された客間に戻って来た。
「それで……ラネールさんでしたっけ。あの時、ヒギリさんは何をしたんですか?」
「黒檀陛下の遺体が消えていましたけれど……」
現場に居た俺やリーオは勿論、ここで待機していたセロウズさん達も状況を把握出来ていない。
常識的に考えても頭が追い付かない出来事が、あの親子の戦いの最中に起きていた。
ラネールさんに皆の視線が集まる。
「私の事はラネールって呼んで。あの時緋桐様が使ったのは、特別な魔剣術なの」
「魔剣術? 何だいそれは」
「魔力や術式、特殊な儀式を用いた力を武器に宿す術……そう師匠が言ってました」
弟子をとるだけあって、あのグレゴワールは実はかなり凄い魔族だったようだ。
パクナの言葉にラネールが笑顔で頷いた。
「そう。それが魔剣術なの。その中でも最も高度で使用者が限定されるのが、緋桐様が使った白虎よ」
嶺禅家に代々伝わる伝統ある流派、嶺禅流剣術。
動物の特徴を剣術に生かした独特な技は、記録されているものだけでも五十はあるという。
その中でも零ノ型白虎の技は、嶺禅流を極めた霊獣子にしか扱えない秘剣。つまり現時点ではもうヒギリさんしか使う事が出来ない技なのだ。
「あの真っ白な光に包まれた技ですね」
「そうよ。あの技は、使用者に霊獣の力を戻す禁術破りの剣なの。だから今の緋桐様には、黒檀様から受け継いだ霊獣の力が宿っているわ」
「それじゃあこの国の自然は狂わないアル! 良かったヨ~」
そう言ってレベッカさんは嬉しそうに微笑んだ。
しかしアジュガ、アキレア、そしてセロウズさんは浮かない顔をしていた。
「だけどよ、こんだけの出来事があった後で、何で白虎隊の連中は平然としてんだ?」
「仕えていた主が殺されて……まあ、向こうもヒギリさんに悪い事はしてたけど、どうしてそうも簡単に割り切れるのかしら」
「私が彼らの立場だったとしたら、とてもあなた方のように落ち着いてはいられません」
それを聞いてカエさんが言う。
「もしも目の前で大切な人が殺されてしまったら……私はラネールちゃんみたいに笑ってなんかいられないよ。白虎隊のみんなにとって、王様ってどんな存在だったの?」
ヒギリさんと黒檀との戦いの最中、風麗は二人を止めに入らないで良いのかとアザミに尋ねていた。
それはどちらかが命を落としかねない程、殺気と憎悪にまみれた戦いだったからだ。
しかしアザミは止めなかった。ラネールを含め、白虎隊の面々は静かに勝負を見守った。
フォレイヤは日本によく似た国だ。一対一の真剣勝負を邪魔することは許されない。そういう考えだったのだろう。
(分からなくもないけどさ……)
それでも、自分達が守るべき人が死ぬかもしれないという時に、何もせず見ているだけで。
遺体すら残らない死に方をして、それでもヒギリさんを責める人は誰も居なかった。
「……黒檀様は私達の主で、守るべき方。だけど彼は……あの子は決めてしまった。禁術を用いてでも、王として国を守ろうとしたの」
「そ、それってどういう事ですか?」
「ちゃんと説明するよ。……だから君も、そんな所に居ないで入っておいで?」
ラネールが振り向いてそう言うと、静かに襖が開かれた。
「……お気付きでしたか」
立っていたのはヒギリさんだった。
風呂で血を洗い流した後ここに来たのだろう。浴衣を着たヒギリさんは無表情に客間に入った。
「エルフをなめないでよね。これでも私、白虎隊の隊長なんだから」
「貴女が……」
「ほら、ここ座って! 人間って成長が早いよねー。あんなにちっちゃかった子がこんなに大きくなっちゃって」
ラネールの隣に座らされたヒギリさんは、少しだけ口元を緩める。
「知り合いアルカ?」
「そう。私がこの子を逃がす手引きをしたの。その時はまさか彼が王子様だったなんて知らなかったんだけどね」
以前ヒギリさんから聞いた、スプラエンに逃げる手助けをしてくれた人々。それがラネール達白虎隊だったのか。
「……それで、先程あの男は国を守る為に禁術を使ったと仰っておりましたが……」
「ああ、その話の途中だったわね。エルフは人間より寿命が長いって知ってるわよね?」
「ええ。エルフや魔族は、数百から数千年生きる者が居るらしいわね」
「そう。実は私、こんな見た目だけどかなり生きてるのよね。だからこの国の歴史をよく知ってる。生きた書物といったところかしら」
「でも、アナタに流れる魔力は二つある。そうですよね?」
パクナは何か気付いているらしい。
コバやマルトス侯爵達魔族は、魔力の違いを感じ取る事が出来る。
「エルフの魔力と、フリッグの魔力……ラネールさんはマリアですよね?」
「やっぱり魔族の子には分かっちゃうよね……。そう。私マリアなの。エルフ本来の寿命なんかとっくに超えてるはずの、お婆ちゃんなのよ」
困ったような寂しそうな、曖昧な表情で笑うラネール。
ここに居るアキレアやリーオ、レベッカさんとカエさんも彼女と同じマリアだが、ラネールのように長くマリアとして生きてきたわけではない。
リーオに至っては今年の4月にマリアになったばかりだ。
エルフの寿命を越す年月を過ごす。それは人間では共感出来ない、途方もない時間だ。
「友達が出来たとしても、不老不死の私を置いてみんないなくなっちゃう。エルフですら、今まで何人死を見届けてきたかも分からない。だけど、そんな私だからこそ持つエルフの知識と永久の時間を使って、この国の時間を見守ってきたの」
「だからさっき黒檀国王の事をあの子って呼んでたんですね」
「あんなお爺ちゃんになってたけど、小さい頃は可愛かったんだから! 緋桐様もお父さん似ね。黒檀様の若い頃の面影があるもの」
数え切れない命が散り行く様を見送って、数え切れない命を奪い、白虎隊を率いているラネール。
(初めて彼女の笑顔を見て感じたものは、これだったんだ)
新しい誰かに出会っても、自分を置いて逝ってしまう。
笑顔の裏に押し込んだ感情を、俺は感じ取っていたのだ。
「ほとんどの国って、子供が小さくても王位を譲るでしょう? 緋桐様が産まれる年、フォレイヤにはビックリするぐらい魔物が溢れていたの」
魔物の群れは村や町を襲い、冒険者だけでは被害を止められなくなっていた。
そこで結成されたのが白虎隊だった。強力な魔法の使い手やマスター、マリアを集めた戦闘部隊。
必然的に最年長だったラネールが隊長をつとめ、数年掛かりで魔物の撃退に成功したのだ。
「黒檀様は、その不安定な状況の中で子供に霊獣の力を受け継がせたくなかったの。魔物は邪悪な神から生まれた、破壊と殺戮を繰り返す存在。フォレイヤの結界を持ちこたえさせるのは大変だったと思うわ」
「結界……霊獣子による、季節の固定化をする為のものですよね? それが魔物にどう関係しているのですか?」
ラネールはこう説明した。
霊獣子はそれぞれの国を守護する神、霊獣から特別な魔力を授けられた存在。
霊獣子は常にその魔力によって国全体を包み込む結界を発動し、魔物がその環境に適応するように仕向ける。
例えばウィントハーレンの魔物が常夏のサマディーゾに行こうものなら、灼熱の太陽に耐えられない。
このように一つの国でしか適応出来ない魔物にしてしまえば、他の国に魔物が集中して移動する心配が無くなるという。
「だけど、霊獣の力を操るにはある程度歳を重ねてからでないと結界が壊れる危険があるの。特にあの年のように、フォレイヤに魔物が大量発生した場合はね」
「ですが、シンフォリカルポス様は産まれた瞬間から霊獣子として結界を張っていたんですよね? ならば何故スプラエンの結界は無事だったんでしょうか」
「通常通りなら、魔物は冒険者達が数を減らしてくれる。魔物が減れば結界の負担も軽くなる。そうすれば未熟な霊獣子でも力を安定させられるんだよ」
つまり、霊獣子の結界は魔物が多すぎると負担がかかり壊れてしまう。
結界が消えれば自然は狂い、人々の生活に大打撃を与えてしまうのだ。
「一つ聞いていいか? もし結界が壊れた場合、霊獣子はどうなるんだ?」
セロウズさんの問いに、皆が静まった。
「……反動に耐えきれなかったら、死ぬかもしれない」
「そんな……!」
「魔物の持つ悪しき魔力がパンパンに膨れ上がって、結界が割れる。その反動は計り知れないもの。国一つを守る巨大な結界なんだから」
「だからあの男は、母上に禁術を使ってまで霊獣の力を……」
「国と息子を守る為、黒檀様が奥方様と出した結論よ。君は勘違いしてるけど、あの子は奥方様を大切にしていた。近い未来、自分が息子に殺されると分かっていてした事だったのよ」




