2.恵まれた者と背中
翌朝、城から連絡があった。幸いまだマルスの実は使われておらず、向こうがブロウサスまで届けに来てくれるそうだ。
いち早くフォレイヤに向かわなければならない俺達にとって、それは嬉しい知らせだ。
城に行くのが不安だったリーオも一安心したのか、隣で胸をなで下ろしていた。
夕方までにはマルスの実がギルドに届けられるという。コバはスィグナンスさんと由菜さんの帰りを待って、イーファンさんの為の薬を作らなければならない。ここでコバとはまた別行動になってしまう。
「ブロウサスからカオシアを抜けてフォレイヤに向かうのが一番安全なルートだと思うよ。ウィントハーレンの寒さも、サマディーゾの暑さも体力を消耗するからね」
「だけどコバが居ないとカオシアの結界が越えられないよな?」
カオシアの国境結界は、人間とエルフの出入りを制限する特殊な結界だ。
魔族や魔物に魔力で身体をコーティングしてもらわなければ、俺達は一歩たりともカオシアの土は踏めない。
コバは何ともない顔でアジュガが淹れた紅茶を口に運んでいる。
「それなら問題ないよ。仕事のついででもうじき彼が来るはずだから」
「彼?」
俺もアキレアもリーオも、コバが誰の事を言っているのか分からず互いに顔を見合わせ、首を傾げる。
アジュガとヒギリさんはこのまま俺達と一緒にフォレイヤに向かい、嶺禅国王に会いに行く。二人もいつもと変わらずティータイムを楽しんでいて、マイペースすぎる男子陣に俺は苦笑いを浮かべるしかなかった。
すると、食堂に見覚えのある涼やかな空色の髪の男性がやってきた。
「待たせたな、お前達」
やってきたのはウィントハーレンのシアル領主、マルトス侯爵だった。
マルトス侯爵は人間と魔族のハーフで、氷の魔法が使える。彼なら魔力のコーティングが出来るし、カオシアの地理にも詳しいだろう。
「マルトス侯爵が一緒に来て下さるんですか?」
「ああ。グレゴワールの件についてはコバから報告を受けている。お前達をフォレイヤに送り届けるのはついでにすぎないがな」
「ついで……と言いますと、他に何かご用事があるんですね」
「その通りだ、ヒトの子よ。私はエレムルス様の命で、角端に住むグレゴワールの弟子に会いに行かねばならんのだ」
「グレゴワールに弟子なんて居たのね……」
「驚きました」
驚いたと言う割には顔色一つ変えないヒギリさん。
「角端はカオシアの西エリアだ。スプラエン側から聳弧、麒麟を通過し角端に向かう。異議は無いな?」
相変わらず氷のような冷たい鋭さを持った瞳で俺達を見るマルトス侯爵に、反対意見を述べる勇者は居なかった。
こうして俺達はギルドでコバと別れ、マルトス侯爵を筆頭にブロウサスを出発し、カオシア帝国へと向かった。
その道中で、ウィントハーレン国内では嶺禅国王のスプラエン進攻に対して賛成意見が多い事を聞き、グレゴワールとの戦いで初めて光のコアを使った事などを話した。
ウィントハーレンの国民は、他国からの食糧の輸入に限界を感じ始めているそうだ。
食べ物は生きていく上で必要不可欠なもの。それは人間も魔物も同じだ。国の金で食糧を買っても、魔物に襲われて食い潰される事もある。
しかしその金は国民の税金で賄われているのだから、スプラエンに領土を広げれば職に就ける者も増えるし、安定して食糧を生産出来るようになる。
戦争によって多くの血を流す事になっても、生きていかねば元も子もない。命を未来へ繋いでいかなければならないからだ。
激しい振動をもたらすカオシアの結界を越え、じめっとした空気に肌が触れた頃、リーオがぽつりとこんな事を呟いた。
「ウィントハーレンの方々は、戦争に好意的なのでしょうか……」
それを聞き逃さなかったマルトス侯爵が振り返り、リーオは彼と目が合うと咄嗟に視線を逸らして俯いた。
「いえ、その……」
「ウィントハーレンは殺したがりの野蛮人の集まりだと……そう言いたいのか?」
「そ、そうではありません! スプラエンの国民の方々とは、戦争に対する考え方が違うのだなと思っただけで……。気に障ってしまいましたよね。ごめんなさい……!」
リーオは慌てて頭を下げる。
「スプラエン人は衣食住に困る事無く生活を送っていますし、戦争は軍人や騎士の役目だと割り切っていますからね」
「反対に、厳しい環境で生活するウィントハーレン人の多くは兵役を課せられているわ。スプラエンや他の国々より人口が圧倒的に少ないから、そうなるのは仕方無い事だけど……」
ウィントハーレン出身のアキレアが言うには、男性のほとんどが軍人として戦争に行くのだそうだ。
その結果、マスターとして旅をする人はウィントハーレンでは珍しく、マスターになるより軍人として戦場に立つ者の方が世間から立派だと評価されているという。
「食糧が手に入りにくい地域だと、死を覚悟してまで残された女性や子供が、食べられる魔物を狩りに行く事もあるそうよ。あたしが住んでいたのは王都だったから、そこまで切羽詰まってはいなかったけどね」
「それは酷いな……」
日本では考えられないような次元の話に、俺はありきたりな言葉しか言えなかった。
「それだけ追い詰められた生活を強いられていれば、恵まれた環境にある者を妬みもする。その様な状況下に置かれていなければ、奴隷商をして稼ぐような者など居はしない」
よく通るバリトンの声でそう言ったマルトス侯爵は、再び前を向いて歩き出した。
リーオはマルトス侯爵とアキレアの後ろ姿を悲しげに見詰めていて、俺は彼女の背中に手をやってゆっくりと皆の後に続いて足を動かすのだった。




