3.グレゴワールの弟子
五月も終わりが近付き、以前マルトス侯爵やグレイさん達と立ち寄った聳弧の町で一泊した俺達は、カオシア帝国の中心地である麒麟エリアに到着した。
今日は朝からずっとしとしとと雨が降り続いていて、足場が悪くなったところで足を滑らせて盛大にすっ転び、ローブを泥だらけにしてしまった。
マルトス侯爵はそんな俺を冷静に見詰めていて、魔法で一瞬にして泥を取り除いてくれた。
「……次は無いぞ」
「す、すみませんでした」
魔族の血を引く者ならば、属性を持った攻撃魔法以外にもこういった便利な魔法が使えるらしい。
アジュガとアキレアと一緒に初めてカオシアを訪れた時、雨で濡れた身体や衣服をあっという間に乾かしてくれた事があった。
予想でしかないが、カオシアの麒麟の塔の内部が外観とは異なった立派な城のような空間になっているのも、魔族特有の魔法の力を用いて建てられたからなのだろう。
アキレアやリーオ達マリアや、俺やアジュガのように精霊のコアを持った人間には不可能な魔法。そんな力を持つのが魔族や魔族のハーフ達なのだ。
ブロウサスを出発して二日、野宿をしながらカオシア帝都の麒麟にやってきた。
帝都の中心には鉛色の雲を突き抜ける程の高さの巨大な塔が伸びており、それを取り囲むように何本もの塔が建っている。
ずっと見上げ続けていると首が痛くなってくる。間近で見た事は無いが、スカイツリーもこんな感じなのだろうか。
「帝都というだけあって、聳弧の町より人が多いですね。ショウさん、ヘリオトロープ様、くれぐれも迷子にならないで下さいね?」
「なりませんよ!」
「ならないよ!」
「呼吸が合っておりますね」
「遠足みたいな雰囲気ね……」
擦れ違う魔族は俺達に一切見向きもせず、マルトス侯爵も会話に参加せず一人でどんどん先へ歩いていく。
マルトス侯爵といいコバといいイーファンさんといい、魔族にはドライな人が多いのだろうか。
(いや、グレゴワールはナルシストっぽくてウザかったな)
これから俺達はフォレイヤに向かう道すがら、カオシアの西エリア角端に住むというグレゴワールの弟子に会いに行く。
性格にも行動にも問題があった男の弟子……不安しかない。
しかし俺達はマルトス侯爵に付いて来てもらっている立場なので、彼に文句は言えない。
もう随分先へと行ってしまったマルトス侯爵の背中を駆け足で追っていると、ふと背後に視線を感じたような気がして振り返った。
後ろには特に俺を見ているような人は居ない。あるのは天高く聳え立つ麒麟の塔だけ。
麒麟の塔といえば、確か皇帝のエレムルスが住んでいるんだったか。
(まさか……な)
「ショウ! さっさと来ないと置いていくわよ!」
「ああっ、今行く!」
(自意識過剰になっていたのかな?)
それからは妙な気配を感じる事も無く、無事に角端の町に辿り着いた。
フォレイヤの宣戦布告から半月は経っただろうか。草食の魔物しか居ないカオシアの旅はかなり順調なペースで進んでいる。
今日はまだ曇っているだけなので、湿気を除けばそれなりに快適に過ごせる天気だ。
角端の町はずれにある一軒家の前で立ち止まったマルトス侯爵。扉を叩いて暫くすると、鍵がガチャリと開く音がした。
(ここがグレゴワールの弟子の家……)
どんな奴が出て来るのかと内心ハラハラしていると、玄関から顔を出したのは凶悪さの欠片も無い愛らしい女の子だった。
「……誰ですか?」
頭の片側で桃色の髪をポニーテールにした黄色い瞳の少女は、容赦なく冷めた瞳で見下ろすマルトス侯爵を見上げている。
「私はマルトス・アル・グランドロン。炎駒の塔を守護する者だ」
「炎駒のマルトス……」
「お前がグレゴワールの弟子で間違い無いな?」
少女はこくりと頷いた。
まさかマリアの魔力を無理矢理奪い取るような男の弟子が、こんな少女だったとは思いもしなかった。
俺だけでなくアキレアやリーオ、アジュガも驚いた様子だ。ヒギリさんは相変わらずの無表情ではあるが……。
「……アタシの師匠に用があるなら無駄足でしたね。師匠はここ数ヶ月、どこかへ行ったきり帰ってませんから」
「それは知っている。私はお前に伝える事がある」
「アタシに?」
「グレゴワールは死んだ」
「……っ、師匠が死んだ!?」
いきなりストレートに事実を告げたマルトス侯爵。少女は目を見開いてうろたえている。
「師匠が死んだってどういう事? 実験に失敗したの? 魔物に襲われて!?」
「他殺、とだけ伝えておこう」
「嘘よ……師匠はそう簡単に殺されるような魔族じゃないわ!」
「これは皇帝からの知らせだ。間違いは無い」
「そんなっ……!」
少女は涙を流しながら膝をつく。
マルトス侯爵はちらりと俺を見て、少女に視線を戻した。
「……グレゴワールはカオシアとスプラエンでマリア数人を連れ去り、機械を用いてマリアから魔力を吸い上げ人工的にコアを生み出した。ここに居るマスターとマリアもその被害者だ」
「……、師匠がそんな事を……」
(確かに俺達は被害者ではあるけど……)
グレゴワールを殺した加害者であるのも俺達だ。いくら非道な行いをした相手だからといっても、こうしてその死を悼む人を目の前にすると心が痛んだ。
「エレムルス様はグレゴワールの行いを罪と判断し、その弟子であるお前に償いをせよと仰せだ」
「償い……」
「フォレイヤがスプラエンに宣戦布告をしたのは知っているな?」
涙をこらえて小さく頷く少女。
「お前はこれから、私の代わりにこの者達と共にフォレイヤへ向かえ」
「ちょ、え、マルトス侯爵……?」
「娘、グレゴワールの弟子であるお前だからこそ皇帝陛下が与えた任務なのだ。拒否は許さんぞ」
「……はい」
涙声で答えた少女はふらふらと立ち上がり、顔を上げた。
潤んだ瞳が俺達を見上げ、互いに何とも言えない重い空気がのしかかる。
マルトス侯爵が俺達に気を遣ったから、少女はグレゴワールが俺達に殺された事を知らない。
彼女は師匠が俺達にとんでもない迷惑をかけてしまった事を償おうと、グレゴワールの罪を背負おうとしている。
「……パクナです。師匠がご迷惑をおかけして、どう謝ればいいのかわからないですけど……アタシに出来る事ならなんでもやります」
「い、いや……君は悪くないんだからそんなに気にしなくていいよ! ね、みんな!」
「そ、そうね」
「は、はい……」
本当にマルトス侯爵の言う通り、エレムルス皇帝が弟子のパクナにそんな償いを命じたのか俺達にはわからないが、このタイミングで真実を打ち明けてしまったらフォレイヤまでの道のりが地獄と化すのは必然的だろう。
ぎこちなく言葉を返す俺達を不審がることなく、パクナは荷物を纏めて家の鍵を閉めた。
「私は他に仕事がある。また何かあれば連絡するが良い」
「はい、ありがとうございました」
実際とんでもないメンバーを押し付けられて有り難くも何ともないのだが、彼に文句を言う勇気は無い。
落ち込んで元気の無いパクナに励ましの言葉一つかけず、マルトス侯爵はどこかへ消えてしまった。
「えーっと……」
「……フォレイヤに行くんですよね」
「う、うん」
「それじゃ早く行きましょう。フォレイヤへは何をしに行くんですか?」
「下剋上をしに参ります」
ヒギリさんはそれだけ言って歩き出してしまう。
突然下剋上なんて言葉を言われたパクナは固まっている。
(俺だって初対面の人にそんな事言われたら固まるわ)
「……あの人何なんですか?」
「彼は嶺禅緋桐。私の親友で、フォレイヤの王子様なんですよ」
「フォレイヤに王子なんて居たんですか!?」
「これにはワケがありまして……あ、私はアジュガ・シーロウと申します。私達は彼……フリッグマスターのショウさんと一緒に、戦争を止めるつもりなんですよ」
「せ、戦争を……って、この人がフリッグマスター!?」
パクナの反応を見て、改めて俺達は凄いメンバーで旅をしているんだなぁと実感する。
こうして俺達はグレゴワールの弟子パクナを交えて、フォレイヤへ向けて出発したのだった。




