1.水の泡
コバに呼び出されたリーオと合流して、俺とアキレアの三人でウサイヌの角とマルスの実を探す為、ブロウサスのギルドを出発する。
「アキレアさん、あまり無理はしないで下さいね?」
「ええ、気を付けるわ」
心なしか、前より二人が仲良くなったような気がする。
穏やかに微笑みあう俺のマリア達。街中に咲いた桜が舞い散る中、こんな幸せな時間がいつまでも続いてくれれば良いのに。
そう思う反面、早く薬の材料を集めてイーファンさんを助けなければならないし、こうしている今もフォレイヤ軍の船が大陸をぐるりとまわってスプラエンに近付いているのだと思うと、もたもたしている暇は無い。
些細な幸せの裏では、誰かが不幸に巻き込まれている。俺達はそんな人達が少しでも救われるように旅をしているのだから。
(さて、まずはどっちから集めるべきなのか……)
俺達三人の中で一番魔物や植物に詳しいのはアキレアだ。
彼女はお兄さんとの旅で旅に必要な様々な知識を身に付けてきた。
貴族の娘として安全な場所で育てられてきたリーオや、異世界からやって来た俺なんかよりずっと物知りなアキレアの意見を聞いてみるべきだろう。
「なあアキレア、ウサイヌとマルスの実ならどっちを優先して探せば良いか分かるか?」
「そうね……マルスの実はホシクズ草が生える場所を探せば見付かるけど、数は限られてるわ」
以前セロウズさん達とホシクズ草がある洞窟に向かった時、まるで自分が夜空に浮かんでいるように錯覚するほど数え切れないホシクズの実が生えていたけれど、それだけ実がある中で暗闇で真っ赤に輝くマルスの実は一つしか手に入らなかった。
「マルスの実……まだシンフォリカルポス様が持ってると思うか?」
「お兄様が、ですか?」
「ああ、リーオは知らなかったわね。以前あたし達が陛下からの依頼で納品した事があるの」
「マルスの実がまた見付かるとも限らないし、もし陛下がマルスの実を使ってなければ譲ってもらえればなぁって」
「その依頼を受けたのは一ヶ月以上前なんだけどね」
話を聞いたリーオは暫く考え込んでいたが、閃いたような顔をしてこう言った。
「あの! 出発する前にコバさんからお聞きした話があるのを思い出しました!」
(おいおい、今まで忘れてたって事か?)
「ブロウサスから南に進んだ場所に、ホシクズ草の洞窟があるそうです! もしかしたらそこでマルスの実が見付けられるかもしれませんし、行ってみませんか?」
いつもより声を大きくしてそう提案するリーオ。
「それならその洞窟に行ってみるか」
「万が一マルスの実が無かったら、通信装置でお城に連絡してみましょ。ウサイヌはスプラエンのどこにでも居る魔物だし、途中で遭遇すればすぐに材料が集まるわね」
「……はい!」
俺は見逃さなかった。アキレアが【お城】という言葉を口にしたほんの一瞬、リーオの表情が曇っていた。
しかしすぐに笑顔に戻って、俺とアキレアの手を引いて街の南へと歩いていく。
リーオはお兄さんであるスプラエン国王のシンフォリカルポス様を慕っているけれど、初めて彼女に会った時リーオはスプラエンに戻る事を拒んでいた。
数代前のグランドロン侯爵家出身のフリッグマスターと、そのマリアであるスプラエンのリリー姫が引き起こした血塗られた事件。それはスプラエンとウィントハーレンのごく一部の権力者と、寿命が長い魔族しか知らない秘密である。
そしてヒギリさんを連れてリューエルシアン城を出る時のヒギリさんと陛下の会話から察するに、陛下とリーオのお父さん……つまり前国王は何かしら問題のある人物らしい。
あの城に前国王も住んでいるのか。そもそもまだ生きているのかすら分からないが、リーオは城へ行くのを拒んでいる。
今さっきだって、彼女はどうにかして城に行かずに済むように南の洞窟へ行く提案をしてきた。それが証拠だろう。
スプラエン王家が抱える闇は深い。俺が戦争を回避させようとフリッグマスターの立場を利用して奔走しているように、リーオ達兄妹を王家のしがらみから解放出来ないものか……。
コバの情報通り、ブロウサスの南に向かうと洞窟があった。
その道中で出会った魔族達はウサイヌでは無かったので、角はまだ得られていない。
リーオの魔法で明かりを灯して狭い洞窟を進んでいく。イーサルの近くにあったホシクズ草の洞窟には巨大なコウモリヘビの魔物、ブラッドバットスネークが生息していたが、この洞窟は魔物が住めるほどの広い空間が無い。
そのお陰で洞窟に入ってからは一度も魔物に襲われずに済んだのだった。
狭い道を転ばないように注意しながら進んで奥まで辿り着いたところで、リーオに灯りを消してもらった。
「真っ暗です……」
炎が消えた洞窟内は少し不安になるくらい真っ暗になったが、暫くそのままで待てばあの日と同じようにぽつぽつとホシクズの実が淡く輝き始める。
「わぁっ……!」
ツタのように壁に張り付くように生えているホシクズ草の織り成す光景は、一ヶ月と変わらない幻想的で儚い美しさで俺達の心を震わせる。
「とっても綺麗です!」
「これがホシクズの実の光よ」
「素敵……うっとりしてしまいます」
「懐かしいわね、ショウ」
「ああ」
あの時は俺とアキレアとセロウズさん、そしてレベッカさんの四人で見た星空。
「こんなに綺麗な景色なら、アジュガ達にも見せてあげたかったです」
「そうね……」
「今度はみんなで来れると良いな」
ホシクズの夜空を見回して、赤い星をきょろきょろと探す。
アキレアやリーオも岩の影や洞窟の天井を見上げて探し回ったものの、あるのは青白い星の光ばかりだった。
「うーん……残念だけど、この洞窟にはマルスの実は無いみたいだな」
「そう、ですね」
「今日は一旦ブロウサスに戻りながらウサイヌを探してみましょ。街に着く頃には日が暮れるでしょうし、ギルドに戻ってからアジュガに連絡してもらいましょうよ」
アキレアの提案に頷き、何の収穫も無いままギルドに帰ってきた。
「角も実も見付からなかったなんて、呆れるね」
「ごめんなさい……」
戻ってすぐにコバに呆れられてしまった。
スィグナンスさんと由菜さんが探しに行った材料はブロウサスより遠くにあるらしく、今日はこっちに戻らないらしい。
夕食を食べる為に食堂に集まった俺達は、マルスの実の事をアジュガに相談した。
「シンフォリカルポス様に、ですか? 構いませんよ。食事を終えたら連絡を取っておきますね」
「そうしてもらえると嬉しいよ」
「ショウ様」
黙々と夕食を食べ進めていたヒギリさんが口を開いた。
「ウサイヌの角の件ですが、三時間程前に入手致しました」
「えっ?」
驚きすぎてフォークで刺したハンバーグを皿に落としてしまった。
「な、何で? 何で角を手に入れられたんですか?」
「わたし達、一度もウサイヌを見掛けなかったのですが……」
「偶然耳にした冒険者の皆様の話なのですが、どうやら我々がこの街を訪れる前に、ブロウサスギルド主催の討伐大会が開催されていたそうです」
「討伐大会?」
「討伐大会というのは、各街や村のギルドが不定期に開催する、冒険者同士の腕を競い合う魔物狩りの事なんです。今回ブロウサスで開かれた大会では狩る魔物を指定していたそうで……」
「まさか、その魔物って……」
「ウサイヌだよ。だから君達がいくらウサイヌを探しても、この周辺に生息していたウサイヌの群れは冒険者に狩り尽くされた後だったってわけ」
「そんなぁ……!」
洞窟への行きと帰りに必死にウサイヌの姿を探した俺達の苦労は何だったんだ。
「ウサイヌの討伐報告には角の提出も条件にされていて、ギルドから格安で角を購入出来たんです」
「こういう状況で、人間は確か【ざまぁ】とか言うんだっけ? ショウざまぁ」
「お、おまっ! ……んぐぐ」
真顔でざまぁと言われてかなり傷付いた俺は、反撃する気力も無く大人しくハンバーグを口に詰め込むのだった。




