11.御恩と奉公
アジュガの親友を想う真っ直ぐな気持ちが、ヒギリさんに嶺禅国王に立ち向かう勇気を与えた。
父に刃を向ける覚悟を決めたヒギリさんは、その決意をシンフォリカルポス様へ伝える為、謁見の間へと向かった。
初めて謁見した時と変わらず堂々と王座に座るシンフォリカルポス様は、陽が暮れて窓から穏やかに降り注ぐ月の光に照らされるその幻想的な空間で、片膝をつくヒギリさんを静かに見下ろしている。
「我が君に、お伝えしなければならないお話がございます」
「……白虎王の件は僕の耳にも入っている。お前の正体を見破ったフォレイヤのスパイと思われる使用人の一人が、姿を消したからな」
俺とアジュガも謁見の間に来たのだが、リーオだけはあの話の後ヒギリさんの部屋で眠ってしまったためこの場には居ない。
「……今日まで私の身分を隠し、お側に置いて下さった事、深く深く感謝しております。私がスプラエンに逃亡していなければ、今回のような事態にはならなかった事でしょう」
「僕はそれを承知でお前を側に置いたのだ。王になって日も浅い頃、お前に何度救われた事か……」
ヒギリさんとシンフォリカルポス様の関係は、リーオとアジュガのそれとよく似ている。
歳が離れていても、互いが互いを信頼し、尊敬しているのだ。
俺の知らない、この世界で流れてきた時間。積み重ねてきた数々の思い出。
簡単には断ち切る事の出来ない強固な絆が、彼らを結び付けているのだと感じる。
「私の存在が全世界に広まってしまった以上、峰ヒギリとして我が君にお仕えし続ける事は叶いますまい。近日中にこの城を離れ、白虎フォレイヤの王子嶺禅緋桐として、父黒檀から王位を継ぎ、正式に嶺禅家の人間として国を治めようと思います」
「それは即ち、嶺禅王の傀儡になるという意味か?」
「そのようなつもりはございません。私は、下剋上をするつもりです」
(げ、下剋上って戦国時代かよ……!)
ヒギリさんの眼は真剣そのもので、彼は冗談を言うような性格ではない。彼は本気で実の父親に下剋上をしてフォレイヤを支配するつもりなのだ。
「あの男は話し合いに応じるような知性は持ち合わせておりません。私はあの男の傀儡になるつもりは微塵もありませんので、反抗すれば力で抑えつけようとするでしょう」
「父に、刃を向けるというのだな」
「はい。例え命の奪い合いになろうとも、私は迷う事無く黒檀を斬ります。私達親子の間に、一切の情などございませんので」
シンフォリカルポス様は、ヒギリさんのその言葉を聞いて目を伏せた。
「父に、立ち向かう勇気……か」
「あの男を討つ事で、私は真の自由を手に入れる……それはフォレイヤを救う事にも繋がるのです。そして、我が君と……妹君を救う事にも」
「ヒギリ、お前はっ……僕達まで救おうと言うのか……!」
「それが私の、我が君への最後の奉公なのです」
俺よりずっと年下の国王の紫の瞳が揺れた。
スプラエンにはまだ、俺が知らない大きな闇が隠されているのだと悟ったのだった。
翌朝、俺達はヒギリさんに用意してもらった客間のベッドで目を覚ました。
アジュガは久々に自分のベッドで眠り、リーオも隣の部屋で眠っていた。
身支度を整えて、宿屋のベッドとは比べ物にならない柔らかさと心地良さが名残惜しくて、思わずふかふかのベッドに思いっ切りダイブしたその時だった。
「ショウ様、朝食の準備が出来ましたので食堂に……もう暫くお眠りになりますか?」
「いえ、今行きます!」
最悪のタイミングでヒギリさんが迎えに来たのだった。
(見られた……絶対見られたよ。ベッドに飛び込むとか庶民すぎるとか思われてるよ絶対……)
リーオは先にアジュガが呼びに行っていたようで、俺はヒギリさんに案内されながら気まずい空気に耐えて長い城の廊下を歩いている。
コバだったら、あんな風にベッドにダイブしたところを目撃すれば「何やってるの? 本格的にバカなの? 死ぬの?」とか言って一人で先に行ってしまうだろう。
だがしかし、今隣に居る嶺禅緋桐という男性はバカみたいにベッドではしゃぐ俺の姿を見ても表情一つ変えず、特別ツッコミを入れるようなキャラでもない為、俺が一人で今のように悩み続けるだけになってしまうのだ。見られた相手がコバやアキレアだったらどれだけ気が楽だった事だろう。
それに彼は自分から話題を出して話を広げる事が全く無い。以前マルスの実の依頼で馬車で迎えに来てくれた時だって、彼はこちらからの質問にはほとんど答えてくれなかったし、空気が重すぎて仲間内での会話すら皆無の状況だった。
あの時はまだアキレアやセロウズさん、レベッカさんという同じ状況に陥っている仲間が居たから精神的な支えになっていたものの、ヒギリさんとタイマンで食堂へと向かうこの時間は何とも居心地が悪かった。
ヒギリさんが嫌いなのではない。ただ、こういう独特の雰囲気を持った人間と一対一というのが苦手なだけなのだ。
(こっちから何か話し掛けてみるか?でも数秒で会話終わりそうだしなぁ……)
それでも無言を貫き通すよりまだマシだろうか。
俺は思い切ってヒギリさんに話しかけようとした。
「あ、あの……」
「気持ちが良いです」
「え……?」
「気持ちが良いです。スプラエンの寝具というものはなかなかに素晴らしいものだと思います」
まさかのヒギリさんからの話題提供に、頭がフリーズしかけた。
それもその話題がベッドの話だというのに余計驚いてしまったのだ。
「フォレイヤ以外の国々では、あのようなベッドという寝具を使っているのだそうです。私も初めてベッドに触れた時は、まるで小さな極楽浄土のようだと感じました」
(や、やっぱり俺がダイブしたの見られてたんだ……)
「お、俺も昔は布団で寝てたんですけど、最近じゃすっかりベッドで寝るのが馴染んじゃってますよ」
「ベッドというものは素晴らしい……ですが、慣れない内はよく床に落ちてしまいました」
かなり意外な会話だった。ヒギリさんが自分からこんな話をして来る人だとは思っていなかったし、ベッドから落ちた事があるなんてドジなエピソードを語ってくれるとは予想していなかった。
何となく空気も気分も軽くなって、食堂に到着した。
先にテーブルに着いていたリーオとアジュガと挨拶を交わし、アジュガが作ってくれたという相変わらず絶品の朝食で腹を満たす。
城のコック仲間からこの料理のレシピを教えてくれだとか、この料理を味見してみてくれと大勢のコック達と楽しそうにやりとりをするアジュガ。
表向きにはシンフォリカルポス様の親戚の貴族のお嬢様だという事になっているリーオは、メイドのお姉さん達から無事に再会出来て良かった、フリッグマスターのマリアになるだなんて凄いなどと沢山の言葉を貰っていた。
二人ともこの城に居場所があるのに、不思議な偶然でこの場所を離れて俺と旅をしている。少しだけ彼女らに迷惑をかけているのではないかと心配になったが、この世界で俺の居場所になってくれたのは彼女達だけなのだ。せめて、邪神を倒すまでの間だけでも、彼女達を独占させてほしい。そんな我が儘な事を思ってしまった。
「フリッグマスターのショウ・フォーチュン様はこちらでしょうか?」
二つ結びのおさげのメイドさんがやってきた。
「俺がショウですけど」
メイドさんが俺の席まで小走りで駆け付け、ちょっと困った顔をしてこう言った。
「コバというお名前の方が、今すぐショウ様にお会いしたいとおっしゃっているのですが……お知り合いですか?」
「コバが?」
「私の部屋へ案内して下さい。私達の旅の仲間です」
「承知致しました」
失礼します、と頭を下げて去っていく彼女の後ろ姿を見送る。
アキレアは宿屋かギルドで待っているのだろうか。ひとまず俺達は朝食を切り上げてアジュガの部屋に集まる事になった。




