10.操り人形
青竜のスプラエン、玄武のウィントハーレン、白虎のフォレイヤ、朱雀のサマディーゾの四つの国には守護神である霊獣がそれぞれの国のシンボルとして奉られている。
霊獣の力。それは各国の気候を固定化し、邪悪な力を入り込ませないようにする強力な結界能力である。
その力を操る事を許された人間は、王となり人々の頂点に立つ。
霊獣の力を操る王は霊獣子と呼ばれ、霊獣子の存在こそが国を護る結界そのものであるのだ。
スプラエンの真実の王、ローズ王子から受け継がれたその力は現在シンフォリカルポス国王のもの。ウィントハーレンの霊獣子はエボルブス国王。何百、何千年もの長きに渡って受け継がれていく古の能力なのである。
「王様が霊獣子って事は……ヒギリさんも霊獣子なんですか?」
「本来ならばそうであるべきなのですが、今の私には霊獣子の力はありません」
「これは……王家に関わりの深いごく一部の者しか知らない話なのですが、そもそも霊獣子という存在自体を世界中の国民達は知らないんですよ」
「え……?」
「各国を護る結界といっても、カオシアの結界以外、人の出入りを制限するような結界はありません。その結界は霊獣が施した魔術だと信じ込んでいるのです」
霊獣子の存在が明らかになると、王の命を狙う者が出て来るかもしれない。
「霊獣子の……王の死は、その国の滅びを意味しています。それが他殺でも病死でも、霊獣子が死ねば結界は消えてしまうのです」
自然のバランスが狂い、魔物が活発化し人々が生き抜くには難しい環境になってしまう。
「そ、それじゃあこの戦争でスプラエンが負けてシンフォリカルポス様が殺されたら……!」
「それはありませんね。ウィントハーレンはスプラエンの温暖な気候を持つ土地を必要としています。シンフォリカルポス様が亡くなれば、スプラエンの自然は狂ってしまいます」
「一生閉じ込めて、一切の自由を与えないつもりでしょう」
「お兄様……」
(ひとまずシンフォリカルポス様は殺されないで済むんだな)
しかし、ヒギリさんの話にはまだ分からない事が多かった。
霊獣子の力は受け継がれていくものだというのに、ヒギリさんは力を持っていないと言ったのだ。
「えっと……ヒギリさん、それなら今フォレイヤでは誰が霊獣の力を持っているんですか?」
「父です。あの男は、禁忌を犯したのです」
「禁忌?」
「彼は……己の権力を維持する為に、私を身籠もった母に禁術を施しました。その禁術とは、私に霊獣の力を受け継がせない、禁断の魔術でした」
霊獣子の力は、産まれた子供にすぐ受け継がれるもの。その為この世界ではシンフォリカルポス様のように、成人を迎えていない者でも王に即位する事が可能なのだという。
フォレイヤ国王嶺禅黒檀は、権力に取り憑かれヒギリさんに王位を譲る事を渋り、やってはならない禁術に手を出してしまった。
「私が産まれてすぐ、母は亡くなりました。それからというもの、私は家族から与えられる無償の愛を感じた事は一度たりともありません。あの国に、私の居場所はありませんでした」
ある日、嶺禅国王は国中から選りすぐりの魔術の使い手を集めた戦闘部隊を設置した。
その部隊のメンバーはマリアやエルフで構成されており、その中の何人かは、常に一人きりで少しも笑わないヒギリさんを気遣い声をかけるようになったという。
「私があの男の息子だという事は伏せられていました。王子だと知られれば、彼が禁術を用いた事が他国に知れ渡る事になり、信用を失います。エルフの方々は、きっと私を国王に背いた大名家から連れてこられた人質か何かだと思っていらしたのだと思います。彼らは私にとって、初めての居場所になって下さいました」
戦闘部隊の数人が、ある日ヒギリさんにこう言った。ここから逃げ出す手助けをしてやる、と。
母を失い、父に必要とされない歪な家族。そんな家族の下にいつまでも居るより、もっと自由な世界を見てみないか。
「彼らの提案は、とても魅力的なものでした。ほとんど外に出た事もない私にとって、まるで夢のようなお話だと思いました。そして、皆既日食を迎えたある年、彼らの力を借りてフォレイヤから逃げ出しました」
「そうしてあなたはこの国にやって来たのですね」
「はい。そんな私を拾い、お世話を任せて下さった我が君には、どれだけ感謝してもしきれません」
「……でも、それでどうして嶺禅国王が今になってヒギリさんを国に連れ戻そうとしているんだろう」
存在を隠していたヒギリさんを、誘拐されたからと言って、スプラエンに宣戦布告までして連れ戻す理由が分からないのだ。
「……あの男は高齢です。流石に国の後継者が居ない状況はまずいと判断し、今になって私を国王に仕立て上げようとしているのだと思います。さもなければ、フォレイヤは滅びの運命を辿るしかありませんから」
霊獣子でなければ王にはなれない。万が一嶺禅国王が老衰で亡くなってしまったらフォレイヤは滅んでしまう。
「私が大人しくあの男の元へ戻れば、フォレイヤに攻め込まれはしないでしょう。彼らが……そして我が君が見せて下さった自由な世界を、私はもう十分に楽しませて頂きました」
そう言ってヒギリさんはソファから立ち上がり、背後にある窓の外の景色を見た。
「きっと、彼の元へ戻り王位を継げば、私はあの男の傀儡となる事でしょう。ですが、籠の鳥には慣れています。皆様にお会いし、我が君に今までの感謝を伝えてからこの国を去るつもりです」
「それではヒギリ、あなたはまた自由を失ってしまいます!」
「構いません。私一人が犠牲になるだけでこの国が救われるならば……」
「私は納得出来ませんよ、ヒギリさん」
険しい表情で、アジュガがヒギリさんに近付き肩を掴んだ。
「私はこんな形で大切な親友を失いたくありません」
「親友……ですか。そんな風に思っていて下さったとは、嬉しい限りです」
「あなたは何も悪くないのに……背負うものが重すぎます。私にもその重荷を背負わせて下さい」
ヒギリさんは外を見たまま、顔を動かさなかった。
「そうですよ! 俺達だって、ヒギリさんの力になります!」
「二人の言う通りです。わたしも、お兄様だってきっとあなただけに全てを背負わせようなんて思いません!」
「皆様のお気持ちは嬉しいです。ですが……あの男に、嶺禅黒檀に逆らって命があるとは思えないのです」
「それでも! 私はあなたを失いたくはないんですよ……!」
「アジュガ……」
アジュガの瞳から、熱い雫が一筋零れ落ちてきた。
「あなたの自由を勝ち取りましょう……父親の呪縛から、解き放たれなければ……!」
ヒギリさんは必死で訴えかけるアジュガを見て、意志が揺らいでいるようだった。
「……アジュガ。私はどう足掻いても、あの国の王子に代わりありません。フォレイヤを見捨てる事は出来ないのです」
「ヒギリさん……っ!」
「……だから私は、父嶺禅黒檀を討ち、フォレイヤの真の国王とならねばなりません」
「そ、それって……」
「黒檀と戦います。フォレイヤと私の、真の自由を勝ち取る為に」




