24.ファイアー・ドレイク
アジュガの笛の音が空に吸い込まれるように溶けていく。
彼はそのまま空を見上げ続けて、俺とアキレアも同じ方を見る。
すると、空の彼方から何かが飛んでくるのが見えた。一瞬、またグリフォンが来たのかと焦ったけど、どうやらそれは違うようだった。
「あの子は私の友人のビエル。ちょっと見た目は怖いかもしれませんが、優しい良い子なので安心して下さいね」
ビエルと呼ばれたその飛行物体は、大きなドラゴンだった。
「グワオォォン!!」
どっしりとした身体をゆっくり地面に着地させたビエルを、アジュガは愛しそうに撫でる。
「元気にしていましたか? 今日は私の仲間も一緒に乗せてほしいんです」
ビエルはわかったと言わんばかりに翼を大きく広げてアピールする。
俺とアキレアはその光景を呆然と眺めていた。振り返ったアジュガはにっこりと微笑んで手招きしている。
(乗れってか。こいつに乗れってことか)
「ほらほら、可愛いでしょう? このクリッとした目、鋭い爪や硬い鱗とかすっごく可愛いでしょう?」
(可愛い……? いかついの間違いではなく?)
言葉が出ない俺より先に、アキレアは何とか冷静さを取り戻したようだ。
「か、可愛いかどうかよくわからないけど……このファイアー・ドレイクはアジュガの使役しているドラゴンなの?」
「はい。昔、他国へ用があって馬車に乗っている時にビエルが飛んでいるのを見て一目惚れしたんですよ。ドラゴンは元々好きな魔獣だったんですが、こんなに可愛らしい子を見たのは生まれて初めてで……!」
興奮してビエルとの出会いを話すアジュガ。
(ドラゴンが大好きだったんだ……)
絶賛されているビエルはというと、アジュガに頬ずりしていて幸せそうにしている。
(世の中には色んな人がいるもんだな……)
「こんな素敵な子とお友達になれたら嬉しいなと思って、勢いに任せて馬車を飛び降りてビエルを追いかけたんです」
「な、何て危険な……」
「同じ馬車に乗っていたヒギリさんには白い目で見られましたが、気にしたら負けだと思い見事私達は友人になったんですよ!」
「そうなの……」
俺とアキレアはドラゴン萌えはよくわからないから、普段はゆったりマイペースなアジュガの荒ぶるテンションにはついて行けなかった。
しばらくアジュガによるビエルの自慢話を聞かされた後、いよいよ俺達はビエルに乗って空を飛ぶことになった。
「ビエルに乗ってそのままウィントハーレンに向かうことも出来ますが、なるべくこの子を人の目には触れさせたくはないんです。迂回すると時間はかかりますが、恐らくあそこへはセロウズさん達では行けないと思いますし……」
アジュガに押し上げてもらって、何とかビエルの背に乗る。
アキレアは一人で乗れていたけど気にしない。
(こんなの初めてだもの。ドラゴンに乗る機会なんて普通無いからね!)
「まさか……魔族の国へ行くの? あたし、あんまりあの国に良いイメージが無いんだけど」
「そのまさかですよ。カオシアの国境には強力な結界がありますから、魔物や魔族、あるいはその血を引く者が居なければそれを抜けることは出来ません」
「ビエルに乗っていれば、俺達でも魔族の国に行けるってことなんだな」
「はい、そうです」
魔族の国カオシアは、邪神ディジオンが生み出した魔の者達が興した、大陸の中心に位置する大国。
魔族の頂点に君臨するのは、強大な魔力を持つと言われるカオシア帝国皇帝エレムルス。
歴代の皇帝の中でも随一の魔法の使い手で、彼が本気を出せば他の国々は簡単に滅んでしまうと噂されているらしい。
「そんな恐ろしい話されたらこれから行くのめっちゃ不安になるんだけど!」
いきなりラストダンジョンに殴り込めと言われているような気分になる。
仮に俺のレベルが3だとしたら、カオシアの皇帝なんてレベル200の隠しボスぐらいの強さな気がする。
そんな危険な国に行ったら死ぬ気がする。今度こそお陀仏する。
「大丈夫ですよ。カオシアにはビエルのお世話を任せている友人が居るんです。彼には話を通してありますから、問題は起きないと思いますよ?」
「ショウじゃなくても、流石にカオシアに行くとなると不安になるわね……」
「ねぇそれどういう意味?」
「そのままの意味よ」
何にでもビビるチキン野郎だと言いたいのか。
(当たってるけどさ! 否定はできないよ!)
「グワァァァァン!」
「ほら、ビエルも心配するなと言っていますし。ね?」
「いや、ね? って言われても困るってば!」
(アジュガはビエルの言葉を理解しているのか?)
そんな純真な笑顔で言われると彼が嘘を言ってるようには思えない。
だが、カオシアに行くのは危険だと本能的に身体がこわばっている。
「あーもう! 行くわよ! 行けば良いんでしょ!? こんなところで時間食ってる場合じゃないわ!」
「あ、アキレア?」
「あたし達がこうしてる間にもセロウズさんとレベッカさんはもっと先へ進んでるわ。陛下のためにもヘリオトロープ様のためにも、さっさとカオシアへ行くわよ!」
アキレアの何かが吹っ切れた。ついさっきまで弱気だったのに、すごい変わりようだ。
アジュガはその言葉に従って、ビエルに合図を送る。
すると、ビエルは翼をばさりと広げ、助走をつけて一気に飛び立った。
どんどん地面から離れていき、あっという間に俺達はイーサルが見下ろせる高さまで上がってきた。
多くの人で賑わう朝の城下と、壮麗なリューエルシアン城を見下ろす。本当に俺達は空を飛んでいるんだ。
「次にイーサルへ戻ってくる時には、必ずや彼女も一緒に……」
「絶対に見つけるわよ!」
「ああ、もちろんだ!」
俺達を乗せたビエルは、カオシア帝国に向かって空を泳ぐ。




