1.常梅雨の森
アジュガのドラゴンビエルに乗って、俺達は魔族の国カオシアへと飛んでいた。
最初のうちはこんな風に空を飛ぶなんて初めての体験だったから、どこまでも広がるスプラエンの緑豊かな大地を見下ろして心を震わせていた。
だが、時間が経つにつれて俺は少しずつ冷静さを取り戻し、物凄い高さで飛んでいるこの状況に恐怖すら感じるようになってきた。
(落ちたら絶対死ぬだろ。危ないよ危険だよデンジャラスだよこのフライト!)
不安だったから、俺の前に座るアジュガの肩に掴まらせてもらう。
すると、アジュガはふふっと笑った。
「怖いですか?」
「こ、怖いよ。だって落ちたら大変なことになりそうだし……」
「あんた落ちないでよね」
「気を付ける……」
後ろに座るアキレアは余裕らしい。彼女の長いポニーテールが風に揺れる。
俺は二人の間に座っている。何故なら前に乗るのも後ろに乗るのも怖いからだ。飛行機やヘリコプターならどの席に座っても怖くなどないが、座席も何も用意されていないドラゴンの背中に乗れと言われたら、人と人の間に座る方がまだ安心出来る。
「……なあアジュガ。何かあの森変じゃないか?」
ビエルの進行方向に広がる森は、濃い紫色をしていた。赤いシソみたいな色だった。
「あそこはカオシアの森ですよ。そろそろ国境結界に入ります。少し衝撃があるのでしっかり掴まっていて下さいね」
「衝撃!? 通って大丈夫なのかよ!」
「痛みを伴うわけではありません。結界を抜ける時に空気が振動するんです。その揺れでビエルから落ちてしまってはいけませんからね」
カオシアの結界は魔力に反応するように出来ているから、その魔力を感知すると結界を越える時に衝撃が来るらしい。
人間が結界に触れたとしても、見えない壁に阻まれるだけで吹き飛ばされたりはしないそうだ。
俺達は一時的にビエルの放つ魔力にコーティングしてもらうことで、国境を越えることが出来るんだとか。
ちなみにマリアも魔力を持っているんだけど、マリアでも結界は越えられないらしい。魔族の魔力とマリアの魔力は性質が異なるからだ。
「ビエル、お願いします」
身体が暖かいオレンジ色の光に包まれた。
これがビエルの魔力コーティングのようだ。
「そろそろ国境です」
俺はアジュガに、アキレアは俺に掴まる。
ビエルはスピードを上けて行き、空気が圧縮されたようなものに突っ込んでいく感覚がした。
それと同時に身体が大きく揺さぶられる。これがアジュガが言っていた衝撃か。
肩に掴まるだけじゃ振り落とされてしまいそうで、俺は必死でアジュガに抱き掴まった。
「凄い揺れっ……!」
「カオシアの結界は厚く出来ていますっ。もう少し頑張って下さい!」
「了解っ!」
ぐわんぐわんと揺さぶられる感覚を味わい続けながら、俺達は無事に結界を抜けた。
スッと揺れが無くなって、ようやく終わったのかと安堵する。
俺は後ろから抱き付かれている感覚に気付いて、ふと背後を見る。
「アキレア……?」
俺と目が合うと、彼女はとっさに俺から離れた。
「け、結界の揺れが激しかったからあんたに掴まってただけなんだから! 好きであんたに抱き付いてたわけじゃないわよ!」
「う、うん。わかってる」
落ちないように必死だったから気が付かなかったが、彼女は結界を越える時に俺に抱き付いていたようだ。
何となく、背中に彼女の感覚が残っている。
(俺の背中に、アキレアの胸が……な、何てこった!)
まじまじと見ていたわけではないけれど、アキレアは結構胸がある。
勇敢で強くて斧を振り回す女の子だけど、彼女は立派な女性の身体だ。
(こういうのって漫画とかでよくある、自転車を二人乗りして自転車を漕ぐ男子に女の子が後ろから抱き付いて無意識に背中に胸を押し当ててしまうという、ラブコメの鉄板の展開に酷似しているんじゃないか?)
まあ俺の場合はドラゴンに三人乗りで、俺はアジュガに抱き付いていたから下手したらアジュガとのフラグが立ってしまうかもしれないが。
(何か前後に照れくさい……。いや、俺は男好きとかじゃないけどさ)
アジュガは近くで見ると肌が綺麗だし、髪の毛はサラサラだし、良い匂いがする美人だし……。
(って、これじゃ危ないフラグ立ちそうじゃねーか!)
一人で悶々としていると、ぽつぽつと雨が降りだしてきた。
結界の外から見たカオシアの空は快晴だったのに、今見えるのは曇天だった。
「あまりスプラエンでは知られていませんが、このカオシアという国は非常に雨が多いんです。早く雨をしのげるところへ行きましょう」
ビエルは降り出した雨の中を飛行して、森の中に一軒だけあった家の前に降り立った。
「さあ、参りましょう」
アジュガに続いて、俺とアキレアはその家に向かうのだった。




