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異常世界の歩き方 MDE(国際異常研究機構)  作者: 神代千早


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## 第二章 始まりの警報

毎日21時投稿

金土日18時、21時、2本投稿予定

この章は5分ぐらいで読めます


 議長が議事録を開くと、室内の空気が自然と引き締まった。


 誰かが「静かにしろ」と言ったわけではない。


 それでも、雑談は途切れ、紙をめくる音だけが会議室に残る。


 青年はその光景に少し驚いていた。


 大学のゼミでは、教授が何度も注意してようやく静かになる。


 会社の会議なら、司会が咳払いをしてようやく話が始まる。


 しかし、この部屋では違った。


 議長が議事録を開く。


 それだけで、全員が自然と会議へ集中する。


 それは規律というより、信頼だった。


「それでは、本日の定例対策会議を始めます。」


 議長は穏やかな声でそう告げる。


「まずは各部署から現状報告をお願いします。」


 資料が配られ、一人ずつ立ち上がって報告が始まる。


「第一収容区画、異常なし。」


「第二研究棟、昨日発見された試料の解析を継続中。」


「保全部門、地下二区画の空調設備を交換予定。」


 どれも青年には難しい内容だった。


 専門用語が飛び交い、理解できるのは半分ほど。


 それでも議長は、時折話を止めて簡単な言葉へ言い換える。


「新人にも分かるように説明しよう。」


 その一言で、報告者は苦笑しながら資料を書き直す。


 誰も嫌な顔をしない。


 むしろ、それが当たり前なのだという空気があった。


「異常を扱う組織ほど、専門用語に逃げちゃいけない。」


 議長はペンを回しながら言う。


「言葉は、人に伝わって初めて意味を持つ。」


 青年は急いで手帳へ書き留めた。


 その言葉は、不思議と胸へ残った。


 会議は終始穏やかだった。


 冗談も飛ぶ。


 笑い声もある。


 新人である青年にも話題が振られた。


「どうだい。」


「初日の感想は。」


 突然話を振られ、青年は慌てて立ち上がる。


「えっと……。」


 部屋中の視線が集まる。


 思わず喉が鳴る。


「思っていたより……。」


 一度深呼吸をする。


「皆さん、普通なんですね。」


 一瞬だけ静まり返る。


 しまった。


 変なことを言ってしまった。


 そう思った瞬間だった。


 部屋中から笑い声が上がった。


「よく言われる。」


「新人はみんなそう言う。」


「もっと秘密結社みたいなのを想像してた?」


 青年は耳まで赤くなる。


「す、すみません。」


「謝らなくていい。」


 議長は優しく笑う。


「異常を扱う人間まで異常になったら困る。」


「だからこそ、私たちは普通でいなければならない。」


 その言葉に、全員が静かに頷いた。


 その時だった。


 施設全体へ電子音が鳴り響く。


 ピン――――。


 短い警告音。


 青年は肩を震わせた。


 しかし、他の研究員は誰一人慌てない。


 誰かが壁のモニターを確認する。


「レベル1警報です。」


「地下第一収容区画。」


「対象、軽微な収容反応。」


「人的被害なし。」


 保全部門の研究員が椅子から立ち上がる。


「確認してきます。」


 議長は頷いた。


「お願いします。」


「必要なら会議は中断します。」


「了解。」


 研究員は資料だけ机へ置き、そのまま部屋を出て行く。


 扉が閉まる。


 それだけだった。


 会議は止まらない。


 青年は驚いた表情のまま周囲を見る。


「……行かなくていいんですか?」


 隣の研究員が小さく笑う。


「毎日ある。」


「え?」


「小さな警報なんて、一日に何回も鳴る。」


「もちろん危険な時もある。」


「でも、そのたび全員が走り回っていたら仕事にならない。」


 なるほど、と青年は納得する。


 この人たちは慣れているのだ。


 異常に。


 危険に。


 そして、それと共に働くことに。


 十分ほどして、先ほどの研究員が戻ってきた。


「終了しました。」


「対象は安定。」


「収容状態へ復帰。」


「ご苦労様です。」


 議長は議事録へ短く一行だけ書き込む。


 青年は横から覗き込み、そこに書かれた文字を見た。


 > **異常収束。会議継続。**


 たったそれだけ。


 議長は何事もなかったように議事を進める。


「では、次の議題へ。」


 青年はその一文を見つめたまま、胸の奥に小さな違和感を覚えた。


 **「会議継続」**。


 ごく普通の言葉だ。


 どこの会社の議事録にも書かれていておかしくない。


 なのに、なぜだろう。


 その四文字だけが、不自然なほど丁寧な筆跡で書かれているように見えた。


 青年は首を振る。


 考えすぎだ。


 初日だから、神経質になっているだけだろう。


 そう自分へ言い聞かせる。


 しかし、その違和感は消えなかった。


 会議が終盤へ差しかかった頃。


 廊下の向こうから、慌ただしい足音が聞こえ始める。


 一人。


 二人。


 三人。


 次第にその数は増え、誰かが短く指示を飛ばす声が混じる。


「急げ!」


「封鎖を開始!」


「医療班を呼べ!」


 青年は反射的に扉の方を見る。


 部屋の中にいた誰もが、その異変に気付いていた。


 先ほどまでの穏やかな空気が、ほんの少しだけ張り詰める。


 議長もまた、静かにペンを置いた。


 その表情から笑みは消えていた。


 次の瞬間。


 施設全体を揺らすような重低音が地下へ響き渡る。


 ゴォォォン――――。


 天井の照明がわずかに揺れる。


 そして、今度は先ほどとは違う警報が鳴り響いた。


 低く、長く、耳の奥へ残る警告音。


 室内の誰もが、その音の意味を知っていた。


 新人である青年だけが、意味を知らなかった。


次回予告

## 第三章 最後の一人

9月7日18時投稿予定

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