# Tale-01 # 閉会まで、あと一人 第一章 地下第四会議室
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金土日18時、21時、2本投稿予定
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朝から雨が降っていた。
季節外れの冷たい雨は、コンクリートで覆われた研究施設の窓を細かく叩き続けている。灰色の空は低く垂れ込み、外の景色は霧に溶けていた。
青年は施設の正門前で一度だけ深呼吸をした。
胸元には新品の職員証。
まだ革の匂いが残る書類鞄。
制服も支給されたばかりで、肩の布地は少し硬い。
今日から彼は、この施設の研究員になる。
正確には、まだ「研究補佐」という肩書きだった。
異常現象を直接扱う権限もなければ、重要な判断を下す立場でもない。
それでも、ここへ来るまでの努力を思えば、それだけで十分だった。
受付を抜け、長い廊下を歩く。
壁には古い写真が並び、研究成果や過去の収容作戦の記録が額縁に収められている。
だが、不思議なことに人物写真だけが妙に少なかった。
「新人君かな?」
柔らかな声に振り返る。
白衣姿の女性研究員が微笑んでいた。
「緊張してる?」
「……少しだけ。」
「最初はみんなそうよ。」
彼女は笑いながら職員証を確認すると、施設内の簡単な案内を始めた。
研究棟。
資料保管庫。
実験室。
食堂。
医療区画。
説明を聞きながら歩くうちに、青年の緊張は少しずつ解けていく。
どこにでもある研究施設。
そう思えるほど、この場所は静かだった。
――もっとも、それは表面だけの話だった。
廊下の途中、警報灯が一瞬だけ赤く点灯した。
すぐに消える。
周囲の職員は誰も驚かない。
「今のは?」
「ああ、気にしなくていいわ。」
女性研究員は慣れた様子で肩をすくめた。
「異常反応の定期チェックよ。毎日何度も鳴るから。」
「毎日……ですか。」
「そのうち慣れる。」
青年は曖昧に頷いた。
慣れるものなのだろうか、と心の中で思いながら。
やがて二人はエレベーターに乗り込む。
行き先は地下。
表示灯がゆっくりと数字を減らしていく。
地上階。
地下一区画。
地下二区画。
地下三区画。
扉が開く。
そこは地上とは違い、静寂が支配するフロアだった。
天井は少し低く、照明は暖色系の柔らかな光を放っている。
冷たい研究施設というより、古い図書館のような落ち着いた雰囲気だった。
「今日の会議は地下会議区画よ。」
「会議……ですか?」
「ええ。歓迎も兼ねた定例会議。」
青年は驚いた。
入った初日から会議に参加するとは思っていなかった。
「そんな大事な場に、自分がいてもいいんでしょうか。」
「いいの。」
女性研究員は笑う。
「うちの議長はね、新人ほど会議に出ろって人だから。」
「議長?」
「会議って、偉い人だけが話す場所じゃないでしょう?」
そう言って彼女は誰かの口真似をする。
『現場を知らない会議ほど危険なものはない。新人の疑問ほど価値がある。』
「……それが議長の口癖。」
青年は少しだけ笑った。
そんな人なら会ってみたいと思った。
二人は廊下を進む。
途中、小さな案内板が目に入る。
地下第一会議室。
地下第二会議室。
地下第三会議室。
そして、一番奥。
木製の古いプレートが掛けられた扉。
そこには控えめな文字で、
**地下第四会議室**
と刻まれていた。
新品の施設には似つかわしくない、長い年月を感じさせる札だった。
「ここだけ、古いんですね。」
「そうね。」
女性研究員は扉を見つめ、小さく微笑む。
「昔から使われている部屋だから。」
「建物より古いんですか?」
「さあ。」
一瞬だけ、彼女は考えるような表情を見せた。
「……どうだったかしら。」
言葉を濁し、そのまま扉をノックする。
中から穏やかな声が返ってきた。
「どうぞ。」
扉を開ける。
部屋は想像よりずっと質素だった。
中央には長い木製の机。
その周囲を囲む十三脚の椅子。
壁には真っ白なホワイトボード。
窓はなく、壁時計だけが静かに時を刻んでいる。
コーヒーの香りが部屋いっぱいに広がっていた。
すでに数人の研究員が席に着き、資料を読みながら談笑している。
「新人さん?」
「いらっしゃい。」
「歓迎するよ。」
次々に声を掛けられ、青年は緊張しながら頭を下げた。
その時だった。
部屋の一番奥の席から、一人の人物が立ち上がる。
年齢は分からない。
白衣を整え、穏やかな笑みを浮かべている。
威圧感はない。
だが、その人が立っただけで、部屋の空気が自然と落ち着いた。
「初めまして。」
その人物は青年の前まで歩み寄る。
「ようこそ。」
「今日から仲間だ。」
差し出された右手。
青年は慌てて握り返した。
「よろしくお願いします!」
議長は少しだけ笑う。
「そんなに硬くならなくていい。」
「ここは会議室だ。」
「尋問室じゃない。」
部屋中に小さな笑いが広がる。
青年の肩から、ようやく力が抜けた。
議長は空いている席を指差した。
「好きな場所へ座っていい。」
「会議は、肩書きで座る場所を決めない。」
青年は一番手前の席へ腰を下ろした。
ふと視線を巡らせる。
椅子は十三脚。
しかし、座っているのは十二人だけだった。
奥の一席だけが、静かに空いている。
「……あの。」
青年は小声で隣の研究員へ尋ねた。
「一席、空いていますけど……。」
隣の研究員は、その椅子を一瞥すると、穏やかに笑った。
「ああ。」
「きっと、あと一人来るんだよ。」
その何気ない一言を、この時の青年は深く考えなかった。
壁時計の秒針が静かに進む。
議長は手元の議事録を開き、部屋をゆっくりと見回した。
そして、いつものように穏やかな声で告げる。
「それでは。」
「定例対策会議を始めましょう。」
誰も知らなかった。
この日が、この部屋で開かれる**最後の正常な会議**になることを。
そして、あの一席が、この先何十年、あるいはそれ以上の時間を経ても埋まることはないということを。
次回予告
第二章 始まりの警報
9月6日21時投稿予定




