NCO-217-JP 正式名称:『悪夢を見ている間は安全です』
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MDE/国際異常研究機構
異常存在管理報告書
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登録番号:NCO-217-JP
正式名称:『悪夢を見ている間は安全です』
通称:ナイトメア/夢守り
【MAES評価・現行】
管理等級:C-4《隔絶級》
危険等級:H-5
影響規模:G《Global/世界規模》
研究優先度:A《最優先研究対象》
特殊指定:
KEYSTONE《基幹指定》
UNSTABLE《不安定指定》
CALAMITY《大災害指定》
潜在的影響規模:Ω《終焉規模》
担当研究員:久世冬馬主任研究員
収容担当施設:MDE日本支部・サイト83
異常種別:
ONEIRIC《夢界》
COGNITOHAZARD《認識災害》
PREDATORY《捕食性》
COLLECTIVE-PSYCHIC《集合精神反応》
INTERDIMENSIONAL《異界性》
二次感染性:確認済み
【旧MAES評価】
管理等級:C-3《封鎖級》
危険等級:H-4
影響規模:R《Regional/広域規模》
研究優先度:A《最優先研究対象》
備考:事案217-JP-04発生後、現在の評価へ改定。
【特別管理手順】
NCO-217-JP感染者は、サイト83地下医療区画に設置された夢界管理病棟「ONEIROS-4」へ収容してください。
現在収容されている感染者には、二十四時間体制の脳波、心拍、呼吸、眼球運動および夢界深度測定を実施します。
感染者を長期間覚醒させ続けてはなりません。
感染者は最低でも三十六時間に一度、連続九十分以上のレム睡眠へ入る必要があります。薬剤、外科処置、電気刺激、認識改変または異常技術を用いて、感染者の夢そのものを消去する行為は禁止されています。
NCO-217-JP感染者が見る悪夢は治療対象ではありません。
感染者の夢に出現するNCO-217-JP-Bは、NCO-217-JP-Cの接近を阻止するために必要な防衛存在です。NCO-217-JP-Bへの攻撃、拘束、会話誘導、消去、弱体化および夢界からの隔離を禁止します。
各感染者には、個別の「恐怖反応記録」を作成してください。
記録には、感染者が恐怖を感じる人物、場所、音、匂い、記憶、動物、物品および状況を記載します。ただし、NCO-217-JP-Bの外観に対する過度な言語化は避けてください。
感染者がNCO-217-JP-Bへ慣れ、恐怖反応が低下した場合、心理研究部門は夢界刺激の調整を行います。
刺激の目的は、感染者の精神を破壊することではありません。
NCO-217-JP-Bが感染者を夢界深層から追い返せる程度の恐怖を維持することです。
感染者が以下の発言をした場合、直ちに警戒手順「CRADLE-RED」を開始してください。
「もう怖くない」
「今日はあれが来なかった」
「夢の奥に誰かがいる」
「呼ばれている気がする」
「振り返っても大丈夫だと思う」
「悪夢を見なくて済む方法を教えてもらった」
CRADLE-RED実施中、感染者を名前で呼んではなりません。
NCO-217-JP-Cは、家族、友人、医療職員および感染者本人の声を模倣することが確認されています。覚醒誘導には、事前に登録された非言語刺激、筋肉刺激、冷水、強光または電気的覚醒装置を使用してください。
感染者が睡眠中に微笑み始めた場合、危険な夢を見ていないと判断してはなりません。
NCO-217-JP感染者において、穏やかな表情、幸福感、安堵を伴う睡眠状態は、NCO-217-JP-Bが消失し、NCO-217-JP-Cとの接触が始まった兆候である可能性が高いとされています。
夢界観測員は、感染者の夢へ侵入する前に個別の恐怖定着処置を受けてください。夢界内で暗い階段、地下室、扉、井戸、海、穴または下方向へ続く通路を発見した場合、探索してはなりません。
夢の中で「怖がらなくていい」と告げる人物に遭遇した場合、相手の顔を確認せず、直ちに自己覚醒手順を実行してください。
夢界内でNCO-217-JP-Bに追跡された場合、抵抗してはなりません。
逃走してください。
捕獲された場合も、攻撃してはなりません。
NCO-217-JP-Bによる捕獲は、対象者を強制的に覚醒させるための行動です。
世界各地のMDE施設は、睡眠同調監視網「MORPHEUS」へ観測データを常時送信してください。
世界人口におけるレム睡眠移行率が予測値を〇・五%以上超過した場合、サイト83は警戒状態へ移行します。
一%以上の超過、または地域を越えた共通夢の報告が五十件以上確認された場合、世界睡眠分断手順「MORNING BELL」の発動準備を開始してください。
三%以上の超過が確認された場合、MDE統括管理官の承認を待たず、MORNING BELLを発動できます。
MORNING BELLの詳細は、Ω級機密資料に指定されています。
【説明】
NCO-217-JPは、人間の睡眠および夢に発生する感染性異常現象です。
感染者は入眠後、通常の夢から異常な夢界領域へ移行します。この領域をNCO-217-JP-Aと指定します。
NCO-217-JP-Aの外観は感染者ごとに異なります。
自宅、学校、病院、職場、森林、廃墟、地下街、海岸、幼少期に住んでいた家など、感染者の記憶に存在する場所を基礎として形成されます。
ただし、すべてのNCO-217-JP-Aには共通した特徴があります。
夢の中には必ず「下へ続く場所」が存在します。
地下室へ続く階段。
底の見えない穴。
水面の下。
開けてはいけない扉。
長いエレベーター。
暗い井戸。
感染者がどのような夢を見ていても、これらの場所へ近づくほど夢界深度は上昇します。
夢界深度が一定値を超えると、感染者の夢にNCO-217-JP-Bが出現します。
NCO-217-JP-Bは、感染者が最も強い恐怖を抱く姿を取ります。
確認されている外観には、死亡した家族、顔のない人間、巨大な昆虫、腐敗した動物、幼少期に感染者を虐待した人物、暗い水中から伸びる腕、手足の異常に長い人型存在、感染者自身の死体などがあります。
NCO-217-JP-Bは感染者を発見すると、即座に追跡を開始します。
逃走経路を塞ぐ。
大声で名前を呼ぶ。
過去の記憶を再現する。
感染者を捕獲する。
感染者へ身体的苦痛を与える。
これらの行動により、感染者は強い恐怖とともに覚醒します。
覚醒後、感染者には発汗、頻脈、過呼吸、睡眠麻痺、軽度の打撲および爪痕に似た傷が確認される場合があります。
当初、NCO-217-JP-Bは感染者を捕食または精神的に破壊する敵性存在と判断されていました。
しかし、事案217-JP-02以降、この判断は撤回されています。
NCO-217-JP-Bの目的は、感染者を苦しめることではありません。
感染者がNCO-217-JP-Aの深層へ到達する前に、恐怖によって覚醒させることです。
NCO-217-JP-Bは、感染者を夢の最深部に存在するNCO-217-JP-Cから遠ざけています。
NCO-217-JP-Cの姿、性質および起源は不明です。
NCO-217-JP-Cを直接観測した人物は、現時点で全員が死亡、昏睡または夢界内へ消失しています。
複数の夢界観測員は、NCO-217-JP-Cについて以下のように証言しています。
「暗闇ではない。暗闇の中に何かがいるのでもない。暗闇の方が、まだこちらを理解していないだけだ」
「振り返る前から、向こうは私の顔を練習していた」
「見たのではない。私が見られるものに作り替えられた」
これらの証言を詳細に比較、図示または統合する行為は禁止されています。
MDE夢界研究部門は、NCO-217-JP-Cが本来、固定された外見や人格を持たない存在であると推測しています。
人間がNCO-217-JP-Cを認識すると、NCO-217-JP-Cもその人間を認識します。
複数の人間が同時に認識した場合、NCO-217-JP-Cは共通した概念、外見、位置および存在条件を獲得します。
一定数以上の人間がNCO-217-JP-Cを同時に認識した場合、NCO-217-JP-Cは夢界だけでなく、覚醒中の現実にも存在可能になると推定されています。
NCO-217-JP-Bは、この相互認識を防ぐ防壁です。
NCO-217-JP-Bが感染者を追い、脅し、傷つけるのは、感染者をNCO-217-JP-Cへ到達させないためです。
また、一部のNCO-217-JP-Bは、過去にNCO-217-JP-Cへ接触して昏睡状態となった人物の姿、記憶および脳波を保持しています。
このことから、NCO-217-JP-Bは独立した怪物ではなく、かつてNCO-217-JP-Cに捕らえられた人間の残存意識である可能性があります。
【感染経路】
NCO-217-JPの主要感染経路は、感染者と夢の中で相互認識することです。
感染者が夢の中で実在する知人、家族、友人または職員を明確に想起した場合、想起された人物は次回睡眠時にNCO-217-JP-Aへ移行する可能性があります。
感染率は、両者の親密度、相互認識の強度および感染者の夢界深度によって変化します。
NCO-217-JP-Cに関する詳細な説明、図像または音声記録への曝露によっても感染する可能性があります。
このため、NCO-217-JP-Cの具体的な外観を記録することは禁止されています。
本報告書に含まれる情報だけでは、通常、感染は成立しません。
この一文を読んだ後、自分の背後に誰かが立っていると感じた場合も、振り返る必要はありません。
【発見経緯】
NCO-217-JPは、20██年に関東地方の民間睡眠医療施設で発生した集団昏睡事件を通じて発見されました。
同施設では、慢性的な悪夢に苦しむ患者十一名に対し、レム睡眠を抑制する試験治療を行っていました。
治療開始後、患者全員が「悪夢を見なくなった」と回答しました。
患者の睡眠状態は改善し、恐怖反応、夜間覚醒、発汗および睡眠麻痺も消失しました。
治療は成功したと判断されました。
しかし、治療開始から六日後、患者三名が睡眠中に昏睡状態へ移行しました。
患者は穏やかな表情で眠っており、外部刺激に反応しませんでした。
脳波は覚醒状態に近い活動を示していましたが、意識回復は確認されませんでした。
続いて四人目の患者が、治療担当医へ以下の内容を話しました。
「今までは怖いものが追いかけてきた。でも、いなくなったから、やっと奥へ行ける」
同日夜、患者は昏睡状態へ移行しました。
施設から連絡を受けたMDE医療協力員が異常性を確認し、患者、職員および治療記録をサイト83へ移送しました。
移送時、昏睡した四名は全員、微笑んでいました。
【夢界観測記録217-JP-01】
対象:NCO-217-JP感染者第六例
観測員:夢界潜入員・三枝玲子
目的:NCO-217-JP-Bの行動および感染者との関係を確認する。
〈記録開始〉
三枝観測員は、感染者の夢の中にある学校校舎へ出現する。
時刻は夜間。校舎内部に照明はなく、窓の外には星も建物も存在しない。
廊下の奥から、感染者が走ってくる。
感染者:
「逃げて!」
三枝:
「何から?」
感染者:
「先生が来る!」
廊下の奥から足音が聞こえる。
NCO-217-JP-Bが出現。
外見は、感染者が小学生時代に恐怖を抱いていた教員と一致する。ただし、身長は約三メートル。両腕が床へ届くほど伸長し、顔面には口だけが存在する。
NCO-217-JP-B:
「見つけた」
感染者が悲鳴を上げ、階段へ向かって逃走する。
三枝観測員はNCO-217-JP-Bの前へ立つ。
三枝:
「待って。話がしたい」
NCO-217-JP-Bは三枝観測員を無視し、感染者を追跡する。
三枝:
「あなたは、この人を殺そうとしているの?」
NCO-217-JP-B:
「起こす」
三枝:
「なぜ?」
NCO-217-JP-B:
「下へ行く」
三枝:
「何が下にいるの?」
NCO-217-JP-Bが初めて三枝観測員を見る。
NCO-217-JP-B:
「お前も見られた」
校舎全体が大きく振動する。
階段の下から、感染者の母親の声が聞こえる。
不明音声:
「もう大丈夫。怖い先生はいなくなったよ」
感染者が階段の途中で立ち止まる。
NCO-217-JP-Bが異常な速度で感染者へ接近し、背後から抱き締める。
感染者が絶叫する。
直後、感染者が覚醒。
三枝観測員の夢界接続が切断される。
〈記録終了〉
覚醒後、感染者の背中には複数の爪痕が残されていました。
三枝観測員は、NCO-217-JP-Bが感染者を捕獲した瞬間、階段の下から「非常に大きな何かがこちらを見上げていた」と証言しました。
三枝観測員はその外見を説明しようとしましたが、久世主任研究員の判断により証言を中止させました。
【実験記録217-JP-02】
目的:NCO-217-JP-Bを排除した場合における感染者の変化を確認する。
方法:夢界内で使用可能な認識切断装置を用い、感染者第八例を追跡するNCO-217-JP-Bを消去する。
備考:本実験は、NCO-217-JP-Bが感染者を攻撃する敵性存在と判断されていた時期に実施されました。現在、同様の実験は禁止されています。
〈記録開始〉
感染者第八例は、自宅を再現した夢の中にいる。
NCO-217-JP-Bは、事故死した感染者の父親の姿を取っている。頭部に事故による損傷があり、感染者の名前を叫びながら追跡している。
夢界潜入員二名が認識切断装置を作動させる。
NCO-217-JP-Bの身体が崩壊。
消失直前、NCO-217-JP-Bは感染者ではなく、潜入員の一人へ向かって叫ぶ。
NCO-217-JP-B:
「何をした」
NCO-217-JP-Bが完全に消失する。
感染者は床へ座り込み、しばらく泣き続ける。
感染者:
「終わった」
潜入員:
「もう追ってきません」
感染者:
「静かだ」
夢の中の照明が暖色へ変化する。
窓の外に朝日が現れる。
感染者が笑う。
感染者:
「やっと眠れる」
自宅の廊下に、それまで存在しなかった扉が出現する。
扉の向こうから、感染者の父親の声が聞こえる。
不明音声:
「よく頑張ったな。こっちへおいで」
潜入員:
「扉を開けないでください」
感染者:
「父さんがいる」
潜入員:
「それはあなたのお父さんではありません」
感染者:
「でも、もう怖くない」
感染者が扉を開ける。
扉の先には、白く明るい部屋が存在する。
感染者が室内へ入る。
潜入員二名も追跡しようとするが、扉の前で停止する。
潜入員の一人が、室内を見たまま笑い始める。
潜入員:
「ああ。そういうことだったのか」
もう一人の潜入員が緊急切断装置を作動させる。
夢界接続終了。
〈記録終了〉
感染者第八例は昏睡状態へ移行しました。
白い部屋を目撃した潜入員も、覚醒から三時間後に昏睡状態へ移行しました。
二人の意識は現在まで回復していません。
実験から七日後、別の感染者の夢に新しいNCO-217-JP-Bが出現しました。
その外見は、昏睡した潜入員と一致していました。
新たなNCO-217-JP-Bは感染者を追跡しながら、繰り返し以下の言葉を発していました。
「振り返るな」
「私を怖がれ」
「怖がって、起きろ」
【久世主任研究員覚書】
我々は最初、怪物を倒せば患者を救えると考えた。
悪夢に現れ、人を追い、叫び、傷つける存在だ。敵だと判断するのは当然だった。
だが、我々が倒したものは怪物ではない。
夜中に鳴り続けていた火災報知器だった。
確かにうるさい。恐ろしい。眠ることもできない。
だからといって、建物が燃えている最中に報知器だけを壊せば、静かに焼け死ぬだけだ。
患者には申し訳ないが、我々は悪夢を治療できない。
我々にできるのは、悪夢が毎晩きちんと患者を怖がらせているか確認することだけだ。
【事案217-JP-04――世界睡眠同調事案】
発生日時:20██年██月██日
事案名称:NEAR-NIGHTFALL
関連終焉シナリオ:Ω級夢界侵食シナリオ「永眠夜」
事案発生当日、感染者第十二例は、担当職員へ「昨夜はナイトメアが怖くなかった」と報告しました。
感染者第十二例を追跡していたNCO-217-JP-Bは、感染者の母親の遺体に類似した姿を取っていました。
感染者は同一のNCO-217-JP-Bに約八か月間追跡されており、外観、行動、出現場所および追跡経路を記憶していました。
心理研究部門は、感染者がNCO-217-JP-Bへ慣れたと判断し、同日夜に恐怖刺激調整を実施する予定でした。
しかし、午後十一時四十八分、感染者第十二例は予定外の睡眠状態へ移行しました。
覚醒処置は失敗。
夢界観測装置には、感染者が白い部屋の中央に立っている映像が記録されました。
NCO-217-JP-Bは確認されませんでした。
白い部屋の奥には、一枚の扉が存在していました。
感染者は扉へ向かって歩きながら、以下の言葉を発しました。
「もう怖がらなくていいんだって」
午後十一時五十分、サイト83夢界管理病棟に収容されていた全感染者が同時にレム睡眠へ移行。
午後十一時五十一分、サイト83職員四百二十七名が同時に強い眠気を訴えました。
午後十一時五十二分、日本国内の複数地域から、白い部屋と扉に関する共通夢が報告されました。
午後十一時五十四分、MORPHEUS監視網が世界規模の異常なレム睡眠増加を検出しました。
時差、地域、年齢、睡眠習慣に関係なく、覚醒中だった人間が次々と睡眠状態へ移行しました。
運転中の事故、航空機の操縦障害、医療行為の中断、発電施設の停止および軍事設備の誤作動が世界各地で発生しました。
睡眠状態へ移行した人間は、全員が同一構造の夢を見ました。
白い部屋。
中央に立つ自分自身。
正面にある扉。
扉の向こうから聞こえる、最も信頼している人物の声。
声は、すべての対象者へ同じ内容を告げました。
「もう怖がらなくていい」
「扉を開ければ、二度と悪い夢を見なくて済む」
夢の中で扉を開けた人間は覚醒不能となりました。
午後十一時五十八分、世界人口の推定十二・七%が同時睡眠状態へ移行。
午前零時一分、二十一・四%。
午前零時四分、三十三・一%。
午前零時六分、四十一・八%。
この時点で、現実空間の複数地点に「白い扉」が出現し始めました。
扉は壁、床、道路、鏡、閉じた窓、消灯した画面および人間の影の中に形成されました。
扉を開いた人物は、現実空間から消失しました。
MDE夢界災害予測班は、世界人口の五十一%以上がNCO-217-JP-Cを共通認識した場合、夢界と現実空間の境界が不可逆的に崩壊すると推定しました。
崩壊後、人類は覚醒という状態そのものを失います。
肉体が死亡しても夢は終了せず、全人類の意識がNCO-217-JP-Cの内部へ固定されます。
これをΩ級夢界侵食シナリオ「永眠夜」と指定しました。
予測成立時刻は、午前零時十八分。
残り時間は十一分四十二秒でした。
【事案217-JP-04・夢界内音声記録】
以下は、サイト83の耐改変夢界記録装置に保存されていた音声です。
〈記録開始〉
久世主任:
「こちら久世。聞こえる職員は応答しろ」
複数の職員による返答。
音声記録上、職員たちは白い部屋が連続する巨大施設内にいる。
遠方から、多数の扉が開く音が聞こえる。
三枝観測員:
「NCO-217-JP-Bがいません。全感染者のナイトメアが消失しています」
久世主任:
「消されたのか」
三枝観測員:
「違います。どこかへ集まっています」
廊下の照明が消える。
暗闇の奥から、人影が接近する。
出現した存在は、実験記録217-JP-02で昏睡した潜入員の姿を取っている。
三枝観測員:
「あなたは……」
NCO-217-JP-B:
「今夜は、私だけでは止められない」
久世主任:
「何が必要だ」
NCO-217-JP-B:
「怖がらせろ」
久世主任:
「誰を」
NCO-217-JP-B:
「全員を」
久世主任:
「世界中の人間へ悪夢を見せろというのか」
NCO-217-JP-B:
「扉の向こうは優しい」
遠方で複数の扉が開く。
NCO-217-JP-B:
「だから、もっと怖いものが必要だ」
〈記録中断〉
【世界睡眠分断手順MORNING BELL】
午前零時七分、MDE統括管理官の承認により、世界睡眠分断手順MORNING BELLが初めて発動されました。
世界各地の通信網、防災設備、放送局、携帯端末、医療機器およびMDE夢界送信設備を利用し、人間の原始的恐怖反応を刺激する非言語情報が送信されました。
送信内容は、受信者ごとに異なります。
警報音。
泣き声。
接近する足音。
火災の匂い。
水中へ沈む感覚。
親を呼ぶ子供の声。
背後に誰かがいるという認識。
過去に忘れたはずの恐怖。
MORNING BELLは、人類史上最大規模の意図的な悪夢誘発処置となりました。
午前零時八分、共通夢の白い部屋に変化が発生。
各対象者の背後に、個別のNCO-217-JP-Bが出現しました。
NCO-217-JP-Bは対象者を追跡、威嚇、攻撃または捕獲し、扉から強制的に遠ざけました。
一部のNCO-217-JP-Bは、行方不明者、昏睡患者および過去のNCO-217-JP感染者と一致する姿を取っていました。
午前零時九分、世界各地で集団覚醒が開始。
午前零時十一分までに、推定二十三億人が強い恐怖とともに覚醒しました。
睡眠中の転落、交通事故、心停止、混乱に伴う二次被害が発生しましたが、睡眠同調率は急速に低下しました。
午前零時十三分、白い扉の現実空間への出現が停止。
午前零時十四分、夢界と現実空間の境界値が安定域へ復帰。
Ω級夢界侵食シナリオ「永眠夜」の成立は回避されました。
成立予測時刻まで、残り三分五十七秒でした。
【事案後調査】
MORNING BELL発動中、世界各地で出現したNCO-217-JP-Bの推定総数は二十三億体以上です。
この数は、過去にNCO-217-JP-Cへ捕らえられた人間の総数を大幅に上回っています。
すべてのNCO-217-JP-Bが人間の残存意識だったのか、MORNING BELLによって一時的に生成された防衛反応だったのかは判明していません。
事案後、世界各地から共通した証言が収集されました。
「怪物に追われた」
「死んだ家族が襲ってきた」
「自分の死体に首を絞められた」
「今まで見た中で最も恐ろしい夢だった」
しかし、一部の証言者は、NCO-217-JP-Bが対象者を捕獲する直前に、以下の言葉を発したと報告しています。
「ごめん」
「怖がってくれ」
「起きて」
「生きているうちに、起きて」
【補遺217-JP-A】
事案217-JP-04から七日後、感染者第十二例は昏睡状態から一時的に覚醒しました。
覚醒時間は三分十四秒。
久世主任研究員が聞き取りを行いました。
久世主任:
「私の声が聞こえますか」
感染者第十二例:
「はい」
久世主任:
「夢の中で何を見ましたか」
感染者第十二例:
「優しい人」
久世主任:
「どのような姿でしたか」
感染者第十二例:
「私と同じ顔」
久世主任:
「その人物は何と言いましたか」
感染者第十二例:
「もう悪夢は必要ないって」
久世主任:
「扉の向こうには何がありましたか」
感染者第十二例は約二十秒間沈黙。
感染者第十二例:
「朝」
久世主任:
「朝?」
感染者第十二例:
「ずっと朝になる直前だった」
久世主任:
「そこにNCO-217-JP-Cはいましたか」
感染者第十二例:
「違います」
久世主任:
「では、何がいたのですか」
感染者第十二例:
「私たちが、あれの夢の中にいたんです」
感染者第十二例の心拍数が急激に低下。
久世主任:
「覚醒処置を開始してください」
感染者第十二例:
「先生」
久世主任:
「何です」
感染者第十二例:
「次は、怖がるだけじゃ足りない」
久世主任:
「どういう意味ですか」
感染者第十二例:
「あれも、私たちの夢を見たから」
感染者第十二例は再び昏睡状態へ移行。
現在まで再覚醒していません。
【久世冬馬主任研究員・最終追記】
人類は、悪夢によって救われた。
この文章を報告書に書く日が来るとは思わなかった。
あの夜、二十三億人が恐怖の中で目を覚ました。
泣いた者もいる。叫んだ者もいる。眠ることができなくなった者もいる。
だが、目を覚ました。
NCO-217-JP-Bは我々の味方ではない。
善意で人間を守っているとも限らない。
それでも、あれらは扉の前に立った。
自分たちが怪物に見えることを受け入れ、人間を怖がらせ、嫌われ、憎まれながら、夢の奥から追い返した。
我々はあれらを「ナイトメア」と呼んでいる。
だが、夢の最深部から見れば、怪物はどちらなのだろう。
我々を連れ去ろうとする、優しい声。
我々を救うために襲ってくる、恐ろしい姿。
少なくとも一つだけ、確かなことがある。
今夜、悪夢を見たのなら、安心していい。
まだ、こちら側に帰れるということだ。
【現状】
NCO-217-JP感染者は、現在もサイト83夢界管理病棟に収容されています。
事案217-JP-04以降、全感染者の夢に出現するNCO-217-JP-Bの外観が変化しています。
以前は感染者個人が恐怖を抱く人物や生物の姿を取っていました。
現在は、灰色の作業服を着た人型存在として出現する例が増加しています。
人型存在の顔は確認できません。
ただし、その衣服には複数の言語で同じ文章が記されています。
「眠っている者を起こせ」
直近の観測では、NCO-217-JP-Bは感染者を追跡する前に、必ず夢の奥を振り返ります。
何かの接近を確認しているように見えます。
昨夜、感染者十七名すべてのNCO-217-JP-Bが、同時に同じ言葉を発しました。
「次は、扉を使わない」
本報告書のMAES評価は再検討中です。
次回予告
Tale-01『悪夢のない夜』
10月26日21時投稿予定




