Tale 4「プレゼント」
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あれから、八年が経った。
██研究員の娘は十五歳になっていた。
八年前の十二月五日。
NCO-122は彼女の前に現れ、
「今年は、よい子だったようです」
そう告げた。
そして、一体の小さな木製人形を残して消えた。
あの夜から八年間。
NCO-122は一度も彼女の前に現れなかった。
*
木製人形は、サイト内の異常物品保管庫に収容されていた。
材質は一般的なブナ材。
塗料なし。
内部構造なし。
認識災害なし。
ミーム汚染なし。
空間異常なし。
八年間、何度検査しても異常性は確認されなかった。
それでも██研究員は、人形を娘へ返すことを認めなかった。
「ただの玩具ですよ」
何度そう言われても、答えは同じだった。
「NCO-122から出てきた物を『ただの玩具』とは呼ばない」
それが父親としての意見なのか、研究員としての判断なのか。
もう本人にも分からなくなっていた。
*
十二月五日。
23時47分。
██研究員はサイト内の研究室に残っていた。
NCO-122の活動日。
八年経っても、この日だけは早く帰ることができなかった。
端末が鳴った。
娘からだった。
「もしもし?」
『お父さん?』
「どうした?」
『まだ仕事?』
「ああ。もう少しかかる」
『今日も?』
「……今日だからだよ」
電話の向こうで娘がため息をついた。
『まだ気にしてるの?』
「何を?」
『八年前のこと』
██研究員は答えなかった。
『私、ほとんど覚えてないよ』
「それでいい」
『お父さんは覚えてるんでしょ?』
「ああ」
『じゃあ、それでいいじゃん』
十五歳になった娘の声だった。
八年前。
ベッドの上で、
「私、今年いい子だった?」
と聞いていた少女とは違う。
「……そうだな」
██研究員は少し笑った。
「帰ったら話そう」
『うん』
「日付が変わるまでは家から出るなよ」
『分かってる』
「窓も――」
『閉めてる』
「玄関も」
『鍵かけてる』
「知らない人が――」
『入ってきたら警察とMDE。分かってます』
「ならいい」
『心配性』
「父親だからな」
娘が笑った。
その声を聞いて、██研究員も少し安心した。
『あ、そうだ』
「ん?」
『変な荷物が届いた』
██研究員の笑顔が消えた。
*
「……荷物?」
『うん』
「誰から?」
『分かんない。送り状ないし』
「開けたのか?」
『もう開けた』
「何が入ってた?」
『人形』
██研究員は立ち上がった。
「どんな?」
『木のやつ』
「…………」
『お父さん?』
「写真を送れ」
『え?』
「今すぐ」
数秒後。
端末に画像が届いた。
小さな木製人形。
見間違えるはずがなかった。
八年前。
NCO-122が娘へ渡したもの。
「……待ってろ」
『何?』
「絶対に触るな」
『もう触っちゃったけど』
「そこから離れろ!」
『お父さん?』
██研究員は研究室を飛び出した。
「管制室!」
廊下を走りながら緊急回線を開く。
「NCO-122関連事案! 対象は122-██!」
『確認します』
「保管庫の木製人形を確認しろ!」
十数秒。
『……研究員』
「どうした」
『保管ケースが空です』
██研究員の足が止まった。
『侵入記録ありません。開封記録も――』
「分かった」
通話を切る。
娘との回線へ戻る。
「聞こえるか?」
『うん』
「人形から離れろ」
『分かった』
「別の部屋へ行け」
『でも』
「何だ?」
『文字がある』
「…………」
『底に』
「読むな」
『え?』
「読むな!」
遅かった。
娘が小さな声で読み上げる。
『次回判定――』
「やめろ!」
『本日』
██研究員は時計を見る。
23時51分。
*
「今すぐ家から出ろ」
『さっき出るなって言ったじゃん』
「状況が変わった!」
██研究員は走り出す。
「玄関から出ろ! MDEの部隊を向かわせる!」
『分かった』
娘の足音が聞こえる。
その時だった。
コン。
コン。
コン。
電話越しに音がした。
██研究員の足が止まる。
「……今の何だ?」
『分かんない』
コン。
コン。
コン。
「どこからだ?」
沈黙。
『私の部屋』
「近づくな」
『でも――』
「絶対に近づくな!」
八年前の記憶が蘇る。
23時52分。
0.8秒のノイズ。
娘の寝室。
そして、黒い外套の男。
『お父さん』
「どうした?」
『いる』
██研究員は目を閉じた。
「NCO-122か?」
『たぶん』
「見るな。話すな。そのまま玄関へ行け」
『…………』
「聞こえてるか?」
『お父さん』
「何だ!」
『違う』
「何が?」
娘の声が震えていた。
『あの人、私を見てない』
*
██研究員は何も言えなかった。
『人形を見てる』
電話越しに、低い男の声が聞こえた。
「お返しください。」
██研究員は端末を強く握った。
娘が答える。
『これ?』
「答えるな!」
『でも――』
「会話するな!」
NCO-122の声。
「それは、あなたへの贈り物ではありません。」
娘が黙る。
「一時的に、預けていただけです。」
██研究員の表情が変わった。
「……預けた?」
電話の向こうでNCO-122が僅かに動いた音がする。
「返却の時期になりました。」
「待て!」
██研究員は叫んだ。
「娘には触るな!」
沈黙。
「聞こえてるんだろ!」
数秒後。
NCO-122が答えた。
「聞こえています。」
「何を返すんだ?」
「預けていたものです。」
「人形か?」
「容器です。」
██研究員の足が止まった。
「……何?」
電話の向こうで娘が息を呑む。
「では。」
NCO-122が言った。
「お返しいただきます。」
*
通信が切れた。
「おい!」
██研究員は端末を見る。
「おい! 返事しろ!」
再接続。
失敗。
もう一度。
失敗。
「くそっ!」
直後、MDE緊急対応班から連絡が入った。
『対象住宅まで二分』
「急げ!」
『了解』
「娘を最優先で確保しろ! 人形には触るな!」
『了解』
██研究員も車両へ向かった。
二分。
人生で最も長い二分だった。
*
MDE部隊が住宅へ突入した時。
NCO-122はすでに消失していた。
娘は寝室の床に座っていた。
外傷なし。
意識清明。
記憶異常なし。
家族記録にも変化なし。
木製人形だけが消失していた。
*
「大丈夫か?」
██研究員は娘を抱きしめた。
「うん」
「本当に?」
「苦しい」
「……悪い」
腕を緩める。
「何かされた?」
「何も」
「どこか触られた?」
「触られてない」
「何か聞かれた?」
「ううん」
「『よい子でしたか』って?」
「聞かれてない」
██研究員は娘の顔を見る。
「じゃあ……何だったんだ?」
「人形を持っていっただけ」
「それだけ?」
「うん」
██研究員は息を吐いた。
身体から力が抜ける。
「……よかった」
娘が父親を見る。
「お父さん」
「ん?」
「一つだけ」
██研究員の表情が止まる。
「何だ?」
「あの人、帰る前に変なこと言ってた」
「…………」
「意味分かんなかったけど」
「何て?」
娘は少し考えてから答えた。
「これで一つ、空きました。」
██研究員は黙った。
*
翌朝。
NCO-122関連物品保管庫の緊急点検が実施された。
過去にNCO-122が肯定判定を下した対象者へ贈与した物品のうち、MDEが回収・保管していたものは合計十三点。
菓子類を除き、木製玩具、装飾品、絵本などが保管されていた。
点検開始時。
十二点が正常に確認された。
一点だけが消失していた。
██研究員の娘に与えられた木製人形。
しかし。
午前8時17分。
空になった保管ケース内部に、新しい物品が出現した。
小さな木製人形だった。
回収されたものとは形状が異なっていた。
底面には文字が刻まれている。
「次の子へ。」
その日の午後。
MDE欧州管区へ、ドイツ国内で発生したNCO-122関連事案の速報が届いた。
対象は七歳男児。
判定結果。
肯定。
NCO-122は麻袋から小さな木製人形を取り出し、男児へ渡したという。
添付された写真を確認した██研究員は、報告書を最後まで読むことができなかった。
それは今朝まで、
娘の名前が記された保管ケースの中にあった人形だった。
《Tale End》
次回予告
NCO-076-KR
正式名称:『ドームが開く日』
10月22日21時投稿予定




