↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異常世界の歩き方 MDE(国際異常研究機構)  作者: 神代千早


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
70/85

Tale 4「プレゼント」

毎日21時投稿

金土日18時、21時、2本投稿予定

この章は5分ぐらいで読めます

よかったらコメント感想など聞かせてください!




 あれから、八年が経った。


 ██研究員の娘は十五歳になっていた。


 八年前の十二月五日。


 NCO-122は彼女の前に現れ、


「今年は、よい子だったようです」


 そう告げた。


 そして、一体の小さな木製人形を残して消えた。


 あの夜から八年間。


 NCO-122は一度も彼女の前に現れなかった。



*



 木製人形は、サイト内の異常物品保管庫に収容されていた。


 材質は一般的なブナ材。


 塗料なし。


 内部構造なし。


 認識災害なし。


 ミーム汚染なし。


 空間異常なし。


 八年間、何度検査しても異常性は確認されなかった。


 それでも██研究員は、人形を娘へ返すことを認めなかった。


「ただの玩具ですよ」


 何度そう言われても、答えは同じだった。


「NCO-122から出てきた物を『ただの玩具』とは呼ばない」


 それが父親としての意見なのか、研究員としての判断なのか。


 もう本人にも分からなくなっていた。



*



 十二月五日。


 23時47分。


 ██研究員はサイト内の研究室に残っていた。


 NCO-122の活動日。


 八年経っても、この日だけは早く帰ることができなかった。


 端末が鳴った。


 娘からだった。


「もしもし?」


『お父さん?』


「どうした?」


『まだ仕事?』


「ああ。もう少しかかる」


『今日も?』


「……今日だからだよ」


 電話の向こうで娘がため息をついた。


『まだ気にしてるの?』


「何を?」


『八年前のこと』


 ██研究員は答えなかった。


『私、ほとんど覚えてないよ』


「それでいい」


『お父さんは覚えてるんでしょ?』


「ああ」


『じゃあ、それでいいじゃん』


 十五歳になった娘の声だった。


 八年前。


 ベッドの上で、


「私、今年いい子だった?」


 と聞いていた少女とは違う。


「……そうだな」


 ██研究員は少し笑った。


「帰ったら話そう」


『うん』


「日付が変わるまでは家から出るなよ」


『分かってる』


「窓も――」


『閉めてる』


「玄関も」


『鍵かけてる』


「知らない人が――」


『入ってきたら警察とMDE。分かってます』


「ならいい」


『心配性』


「父親だからな」


 娘が笑った。


 その声を聞いて、██研究員も少し安心した。


『あ、そうだ』


「ん?」


『変な荷物が届いた』


 ██研究員の笑顔が消えた。



*



「……荷物?」


『うん』


「誰から?」


『分かんない。送り状ないし』


「開けたのか?」


『もう開けた』


「何が入ってた?」


『人形』


 ██研究員は立ち上がった。


「どんな?」


『木のやつ』


「…………」


『お父さん?』


「写真を送れ」


『え?』


「今すぐ」


 数秒後。


 端末に画像が届いた。


 小さな木製人形。


 見間違えるはずがなかった。


 八年前。


 NCO-122が娘へ渡したもの。


「……待ってろ」


『何?』


「絶対に触るな」


『もう触っちゃったけど』


「そこから離れろ!」


『お父さん?』


 ██研究員は研究室を飛び出した。


「管制室!」


 廊下を走りながら緊急回線を開く。


「NCO-122関連事案! 対象は122-██!」


『確認します』


「保管庫の木製人形を確認しろ!」


 十数秒。


『……研究員』


「どうした」


『保管ケースが空です』


 ██研究員の足が止まった。


『侵入記録ありません。開封記録も――』


「分かった」


 通話を切る。


 娘との回線へ戻る。


「聞こえるか?」


『うん』


「人形から離れろ」


『分かった』


「別の部屋へ行け」


『でも』


「何だ?」


『文字がある』


「…………」


『底に』


「読むな」


『え?』


「読むな!」


 遅かった。


 娘が小さな声で読み上げる。


『次回判定――』


「やめろ!」


『本日』


 ██研究員は時計を見る。


 23時51分。



*



「今すぐ家から出ろ」


『さっき出るなって言ったじゃん』


「状況が変わった!」


 ██研究員は走り出す。


「玄関から出ろ! MDEの部隊を向かわせる!」


『分かった』


 娘の足音が聞こえる。


 その時だった。


 コン。


 コン。


 コン。


 電話越しに音がした。


 ██研究員の足が止まる。


「……今の何だ?」


『分かんない』


 コン。


 コン。


 コン。


「どこからだ?」


 沈黙。


『私の部屋』


「近づくな」


『でも――』


「絶対に近づくな!」


 八年前の記憶が蘇る。


 23時52分。


 0.8秒のノイズ。


 娘の寝室。


 そして、黒い外套の男。


『お父さん』


「どうした?」


『いる』


 ██研究員は目を閉じた。


「NCO-122か?」


『たぶん』


「見るな。話すな。そのまま玄関へ行け」


『…………』


「聞こえてるか?」


『お父さん』


「何だ!」


『違う』


「何が?」


 娘の声が震えていた。


『あの人、私を見てない』



*



 ██研究員は何も言えなかった。


『人形を見てる』


 電話越しに、低い男の声が聞こえた。


「お返しください。」


 ██研究員は端末を強く握った。


 娘が答える。


『これ?』


「答えるな!」


『でも――』


「会話するな!」


 NCO-122の声。


「それは、あなたへの贈り物ではありません。」


 娘が黙る。


「一時的に、預けていただけです。」


 ██研究員の表情が変わった。


「……預けた?」


 電話の向こうでNCO-122が僅かに動いた音がする。


「返却の時期になりました。」


「待て!」


 ██研究員は叫んだ。


「娘には触るな!」


 沈黙。


「聞こえてるんだろ!」


 数秒後。


 NCO-122が答えた。


「聞こえています。」


「何を返すんだ?」


「預けていたものです。」


「人形か?」


「容器です。」


 ██研究員の足が止まった。


「……何?」


 電話の向こうで娘が息を呑む。


「では。」


 NCO-122が言った。


「お返しいただきます。」



*



 通信が切れた。


「おい!」


 ██研究員は端末を見る。


「おい! 返事しろ!」


 再接続。


 失敗。


 もう一度。


 失敗。


「くそっ!」


 直後、MDE緊急対応班から連絡が入った。


『対象住宅まで二分』


「急げ!」


『了解』


「娘を最優先で確保しろ! 人形には触るな!」


『了解』


 ██研究員も車両へ向かった。


 二分。


 人生で最も長い二分だった。



*



 MDE部隊が住宅へ突入した時。


 NCO-122はすでに消失していた。


 娘は寝室の床に座っていた。


 外傷なし。


 意識清明。


 記憶異常なし。


 家族記録にも変化なし。


 木製人形だけが消失していた。



*



「大丈夫か?」


 ██研究員は娘を抱きしめた。


「うん」


「本当に?」


「苦しい」


「……悪い」


 腕を緩める。


「何かされた?」


「何も」


「どこか触られた?」


「触られてない」


「何か聞かれた?」


「ううん」


「『よい子でしたか』って?」


「聞かれてない」


 ██研究員は娘の顔を見る。


「じゃあ……何だったんだ?」


「人形を持っていっただけ」


「それだけ?」


「うん」


 ██研究員は息を吐いた。


 身体から力が抜ける。


「……よかった」


 娘が父親を見る。


「お父さん」


「ん?」


「一つだけ」


 ██研究員の表情が止まる。


「何だ?」


「あの人、帰る前に変なこと言ってた」


「…………」


「意味分かんなかったけど」


「何て?」


 娘は少し考えてから答えた。


「これで一つ、空きました。」


 ██研究員は黙った。



*



 翌朝。


 NCO-122関連物品保管庫の緊急点検が実施された。


 過去にNCO-122が肯定判定を下した対象者へ贈与した物品のうち、MDEが回収・保管していたものは合計十三点。


 菓子類を除き、木製玩具、装飾品、絵本などが保管されていた。


 点検開始時。


 十二点が正常に確認された。


 一点だけが消失していた。


 ██研究員の娘に与えられた木製人形。


 しかし。


 午前8時17分。


 空になった保管ケース内部に、新しい物品が出現した。


 小さな木製人形だった。


 回収されたものとは形状が異なっていた。


 底面には文字が刻まれている。


「次の子へ。」


 その日の午後。


 MDE欧州管区へ、ドイツ国内で発生したNCO-122関連事案の速報が届いた。


 対象は七歳男児。


 判定結果。


 肯定。


 NCO-122は麻袋から小さな木製人形を取り出し、男児へ渡したという。


 添付された写真を確認した██研究員は、報告書を最後まで読むことができなかった。


 それは今朝まで、


 娘の名前が記された保管ケースの中にあった人形だった。



《Tale End》

次回予告


NCO-076-KR


正式名称:『ドームが開く日』


10月22日21時投稿予定

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。