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異常世界の歩き方 MDE(国際異常研究機構)  作者: 神代千早


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68/85

Tale 2「十二月まで」

毎日21時投稿

金土日18時、21時、2本投稿予定

この章は5分ぐらいで読めます

よかったらコメント感想など聞かせてください




 あと、三百六十四日。


 ██研究員は、その数字を端末の隅に入力した。


 十二月六日。


 昨日、NCO-122は彼に向かって言った。


「では、十二月に。」


 それだけだった。


 誰を指しているのかは、考えるまでもなかった。


 観察室の端末に表示された写真。


 七歳になる、自分の娘。


 その夜から、██研究員にとって一年は「十二月までの残り時間」になった。



*



 三月。


「お父さん、見て!」


 娘が学校から持ち帰ったテストを掲げた。


 百点だった。


「すごいな」


「でしょ?」


「頑張ったな」


 娘は嬉しそうに笑った。


 その顔を見ながら、██研究員は別のことを考えていた。


 あと、二百七十五日。


「お父さん?」


「ん?」


「聞いてる?」


「ああ。聞いてるよ」


「じゃあ褒めて」


 ██研究員は笑って、娘の頭を撫でた。


「よく頑張りました」


 娘は満足そうに笑った。


 その瞬間だけは、数字を忘れられた。



*



 七月。


 家族三人で湖へ出かけた。


 娘は水辺で遊び、妻は写真を何枚も撮った。


「あなたも入りなさいよ」


「俺はいい」


「また仕事?」


「違うよ」


 ██研究員は笑った。


 娘が遠くから手を振っている。


「お父さーん!」


 手を振り返した。


 妻がその横顔を見る。


「……まだ気にしてる?」


 ██研究員は答えなかった。


「十二月のこと」


「…………」


「MDEが守ってくれるんでしょう?」


「守る」


「なら――」


「守るよ」


 少し強い口調になった。


 妻が黙る。


「……絶対に」


 自分自身へ言い聞かせるように、もう一度呟いた。


 あと、百五十七日。



*



 十月。


 娘の八歳の誕生日。


 ケーキの蝋燭を吹き消した娘へ、██研究員は大きな箱を渡した。


「なにこれ!」


「開けてみろ」


 中には、娘がずっと欲しがっていた玩具が入っていた。


「お父さん、大好き!」


 娘が抱きついてくる。


「お父さんもだよ」


 強く抱きしめた。


「痛いよ」


「あ……悪い」


「変なお父さん」


 娘は笑った。


 ██研究員も笑った。


 だが、娘を離したくなかった。


 あと、五十三日。



*



 十一月三十日。


 夕食の途中だった。


「ねえ、お父さん」


「ん?」


「私、今年いい子だった?」


 フォークが止まった。


 妻も動きを止めた。


「……どうして?」


「学校でクリスマスの話したから」


「そうか」


「いい子にはプレゼントが来るんでしょ?」


「まあ……そうだな」


「じゃあ私、いい子だった?」


 答えられなかった。


 娘が不思議そうに見ている。


「お父さん?」


「…………」


 何を基準にしている?


 嘘をついたことか。


 友達と喧嘩したことか。


 親に反抗したことか。


 宿題を忘れたことか。


 それとも。


 そんなものは最初から関係ないのか。


「お父さん?」


 ██研究員は娘を見る。


 八歳の子供だった。


 泣くこともある。


 怒ることもある。


 嘘をつくことだってある。


 それでも。


「……いい子だよ」


 娘が笑った。


「ほんと?」


「ああ」


「よかった」


 ██研究員も笑った。


「お父さんにとってはな」


 あと、五日。



*



 十二月五日。


 午後五時四十分。


 ██研究員一家は、MDE管理下の安全施設へ移送された。


 地上三階、地下二階。


 窓なし。


 出入口は一か所。


 機動部隊二個班が周辺を警備。


 外部通信遮断。


 内部監視装置十二基。


 異常存在侵入対策。


 空間転移対策。


 認識災害対策。


 MDEが用意できる対策は、ほぼすべて投入された。


「すごいね」


 娘は廊下を歩きながら周囲を見回していた。


「秘密基地みたい」


「そうだな」


「今日ここに泊まるの?」


「ああ」


「なんで?」


 ██研究員は答えに詰まった。


「……お父さんの仕事だ」


「また?」


「今日だけだ」


「ほんと?」


「ああ」


 娘が手を差し出した。


 ██研究員はその手を握る。


「じゃあ約束」


「何を?」


「明日はおうちに帰る」


「…………」


「約束して」


 ██研究員は娘の小さな手を握り返した。


「ああ」


 そして言った。


「約束する」



*



 午後十一時四十分。


 異常なし。


 ██研究員は監視室にいた。


 モニターには娘の寝室が映っている。


 娘はまだ起きていた。


 ベッドの中で絵本を読んでいる。


「残り二十分」


 隣にいた職員が言った。


「十二月六日になれば、本当に終わるのか?」


「過去の出現記録では、すべて十二月五日の日没から六日の日出までです」


「日付が変わっても終わらないじゃないか」


「……そうですね」


「余計なこと言うな」


「すみません」


 時計を見る。


 23時43分。


 あと十七分。


 23時46分。


 あと十四分。


 23時49分。


 ██研究員は無意識に指を組んでいた。


 祈っていることに気付き、すぐにやめた。


 誰に祈っている?


 神か。


 MDEか。


 それとも。


 あの袋の中にいる「方々」か。



*



 23時51分。


 娘が絵本を閉じた。


 監視カメラを見る。


 まるで、その向こうに父親がいると分かっているようだった。


 そして小さく手を振った。


 ██研究員も、モニターへ手を振った。


 見えるはずはない。


 それでも娘は笑った。


 時計が進む。


 23時51分30秒。


 31秒。


 32秒。


「異常なし」


 監視担当者が報告する。


 40秒。


「空間変動なし」


 45秒。


「外周異常なし」


 50秒。


 ██研究員はモニターから目を離さなかった。


 55秒。


 56秒。


 57秒。


 娘が突然、寝室の入口を見た。


「……何だ?」


 ██研究員が身を乗り出す。


 58秒。


 娘がベッドから身体を起こした。


 59秒。


 時計が切り替わる。


 23時52分00秒。


 監視映像が乱れた。



 0.8秒。



 それだけだった。



 映像が復帰する。


 ██研究員は立ち上がった。


「…………」


 誰も喋らなかった。


 施錠された寝室。


 MDEの安全施設。


 その中央に。


 黒褐色の外套を着た大男が立っていた。


 娘が男を見上げる。


「……だれ?」


 ██研究員は監視室を飛び出そうとした。


「研究員!」


「離せ!」


「待ってください!」


「娘がいるんだぞ!」


 職員二人が██研究員を押さえる。


 モニターの向こうで、NCO-122が娘へ近づいた。


 あと三百六十四日。


 あと二百七十五日。


 あと百五十七日。


 あと五十三日。


 あと五日。


 あと一分。


 ██研究員は一年間、ずっと数えていた。


 それなのに。


 その瞬間になって初めて気付いた。


 自分は十二月五日までの日数ばかり数えていた。


 十二月五日の後に何があるのか。


 考えないようにしていただけだった。


 NCO-122が娘の前で止まる。


 そして、いつもの言葉を口にした。


「今年は、よい子でしたか?」


 ██研究員の叫び声が監視室に響いた。



《Tale End》

次回予告


Tale 3「返却先」


10月20日21時投稿予定

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