Tale 1「いい子にするから」
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金土日18時、21時、2本投稿予定
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Tale 1「いい子にするから」
朝になっても、エマは消えていなかった。
目を開けると、自分の部屋だった。机の上には昨日やりかけた宿題があり、椅子には学校へ着ていく服が掛かっている。枕元には、母から誕生日にもらったクマのぬいぐるみもあった。
全部、昨日までと同じだった。
だからエマは、少しだけ安心した。
昨夜のことは夢だったのかもしれない。
黒い服を着た大きな男。顔を隠す長い髭。背中に背負った、大きな麻袋。
そして、あの質問。
「今年は、よい子でしたか?」
エマは「はい」と答えた。
男はしばらく彼女を見つめ、それから首を横に振った。
「今年も、だめでしたね」
怖くなって謝った。
でも男は、
「私に謝る必要はありません」
そう言った。
そして最後に、
「では、返してもらいます」
そう告げて消えた。
それだけだった。
身体はどこも痛くない。怪我もない。何も取られていない。
「……やっぱり夢だったんだ」
そう呟いて、エマはベッドから降りた。
*
「お母さん、おはよう」
「おはよう」
母はいつも通りキッチンに立っていた。父は新聞を読みながらコーヒーを飲んでいる。
いつもの朝だった。
「エマ、パンでいい?」
「うん」
母が食器棚を開ける。そして、手を止めた。
「あれ?」
「どうしたの?」
「このコップ……こんなの、うちにあったっけ?」
母が持っているのは赤い花柄のマグカップだった。エマが毎朝使っているものだ。
「何言ってるの、お母さん。それ私のだよ」
「ああ……そうだったわね」
母も笑った。
「ごめん。寝ぼけてるみたい」
それだけだった。
エマは気にしなかった。
*
学校へ着くと、少し変なことがあった。
「名前は?」
担任が聞いた。
エマは冗談だと思った。
「エマです」
「エマ……?」
「先生?」
担任は出席簿を見た。何度かページを確認する。
「おかしいな」
「何が?」
「君、何組だった?」
教室が静かになった。
クラスメイトたちがエマを見ている。
「先生、何言ってるの?」
エマは笑おうとした。
「私、このクラスだよ」
「……そうだったかな」
エマは後ろの席に座っていた親友を見る。
「リナ」
「…………」
「ねえ」
リナは困ったような顔をした。
「ごめん」
「何が?」
「どこかで会ったことあったっけ?」
その瞬間。
エマは昨夜の男を思い出した。
「では、返してもらいます」
*
走って家へ帰った。
「お母さん!」
玄関を開けると、母がリビングから顔を出した。
「エマ?」
名前を呼んでくれた。
それだけで涙が出た。
「お母さん!」
「どうしたの?」
エマは母に抱きついた。
「よかった……」
「何が?」
「私のこと分かる?」
「当たり前でしょう?」
母が笑う。
「あなたは私の――」
そこで止まった。
「…………」
「お母さん?」
母の腕から力が抜ける。
「……あなた」
「何?」
「どうして……」
母が一歩離れた。
その顔から、笑顔が消えていた。
「どうして私のこと、お母さんって呼んでるの?」
「…………え?」
エマは動けなかった。
*
午後八時十四分。
父親が警察へ電話した。
知らない少女が家に入り込んでいる。自分たちを両親だと主張している。
そう説明していた。
「違うよ!」
エマは泣きながら叫んだ。
「私だよ! 私、エマだよ!」
父は彼女を、知らない人を見る目で見ていた。
「……すまない」
「昨日、一緒にご飯食べたじゃん!」
「…………」
「お父さん!」
父は何も答えなかった。
母は怯えていた。
自分の母親が、自分を怖がっている。
それが一番つらかった。
「ごめんなさい」
エマは泣いた。
「ごめんなさい……いい子にするから」
何に謝っているのか、自分でも分からなかった。
「もう嘘つかないから。リナとも喧嘩しない。宿題もちゃんとする。お母さんのお手伝いもする」
でも、もう遅かった。
「だから……」
エマは母の服を掴もうとした。
母は一歩後ろへ下がった。
「私のこと、忘れないで」
その瞬間。
部屋の照明が消えた。
*
暗闇の中で、鈴の音がした。
しゃん。
しゃん。
しゃん。
エマは振り返った。
玄関の前に、大きな男が立っていた。
黒い外套。長い髭。そして背中には、あの麻袋。
「……あなた」
男は答えなかった。
「お願い」
エマは男へ近づいた。
「私、いい子にする。もう悪いことしない」
男は動かない。
「だから返して」
男が僅かに首を傾げた。
「お父さんと、お母さんを返して」
しばらく沈黙した後、男は静かに答えた。
「私は何も取っていません」
「嘘!」
「嘘ではありません」
「じゃあ、なんで!」
エマは叫んだ。
「なんでみんな、私のこと忘れちゃったの!」
男は答えなかった。
「ごめんなさい」
エマは泣きながら言った。
「いい子にするから。お願い。ごめんなさい……」
男は静かに麻袋を床へ下ろした。
「ですから」
エマは顔を上げた。
「私に謝る必要はありません」
昨夜と同じ言葉だった。
エマは涙を拭った。
「じゃあ……誰に謝ればいいの?」
男は答えなかった。
代わりに、麻袋の口がゆっくりと開いた。
中には何も見えない。
真っ暗だった。
でも、声がした。
一人ではない。
何十人。何百人。もっとたくさんの、子供たちの声。
男の子。女の子。幼い子。少し大きな子。
それらが重なり合いながら、エマの名前を呼んでいた。
「…………」
エマは一歩後ろへ下がった。
そして、たくさんの声が一つになった。
「おかえり。」
エマは動けなかった。
男は何も言わない。
ただ麻袋を開いたまま、待っていた。
*
その夜。
エマの両親から警察へ、
「家の中に知らない子供がいる」
という通報が入った。
警察官が到着した時、家の中に子供はいなかった。
ただ玄関の床に、小さな赤い花柄のマグカップだけが置かれていた。
両親は最後まで、それが誰のものなのか思い出せなかった。
《Tale End》
次回予告
Tale 2「十二月まで」
10月19日21時投稿予定




