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異常世界の歩き方 MDE(国際異常研究機構)  作者: 神代千早


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66/85

NCO-122「よい子でしたか?」

毎日21時投稿

金土日18時、21時、2本投稿予定

この章は10分ぐらいで読めます

よかったらコメント感想など聞かせてください!

NCO-122「よい子でしたか?」


【MAES — MDE異常評価システム】


管理等級:C-5《収容不能級》

危険等級:H-3

影響規模:R《Regional》

研究優先度:A《最優先研究対象》

特殊指定:SEASONAL / IDENTITY / INFOHAZARD

主要活動地域:ドイツ・オーストリアを中心とする中央ヨーロッパ


注記:

NCO-122は特定施設への物理的収容に成功していません。そのため、本報告書における「管理」は出現予測、被害抑制および事後処理を意味します。



【特別管理プロトコル】


NCO-122は、毎年12月5日の日没から12月6日の日の出までの期間に出現する可能性があります。


MDE欧州管区は毎年11月15日より、ドイツおよびオーストリアを中心にNCO-122関連事案の監視を開始してください。過去にNCO-122の出現が確認された地域では、12月5日18時までに監視班を配置します。


NCO-122の出現が確認された場合、実体への物理的攻撃および麻袋の強制開封は禁止されています。


対象となった未成年者をNCO-122から隔離する試みは、現在まで全て失敗しています。


NCO-122によって「返却」が宣告された未成年者については、本人だけでなく家族、学校、医療機関、公的機関などに保存された記録を直ちに複製してください。


記録消失開始後は、対象者の氏名ではなくMDE指定識別番号を使用します。これは職員自身の記憶改変による対象者の取り違えを防止するためです。



【概要】


NCO-122は、推定身長190~210cmの男性型実体です。


黒褐色の外套とフードを着用しており、顔面の大部分は長い髭によって覆われています。右手には白樺に類似する植物の枝を束ねたものを持ち、背部には大型の麻袋を携行しています。


外見および行動には、ドイツ語圏に伝承される「クネヒト・ループレヒト」との強い類似性が確認されています。ただし、NCO-122自身がこの名称を名乗った記録はありません。


NCO-122は毎年12月5日の日没以降、未成年者の居住する住宅内部へ出現します。


玄関、窓、煙突などから侵入する様子は確認されておらず、多くの場合、監視映像上では映像が一瞬乱れた直後に室内へ出現します。


NCO-122は対象となった未成年者の前に立ち、必ず以下の質問を行います。


「今年は、よい子でしたか?」


対象者の回答内容は、その後の結果に影響しないと考えられています。


「はい」「いいえ」、無回答、虚偽、NCO-122への攻撃など、いずれの場合でもNCO-122は独自の基準によって対象者を判定します。


判定結果は現在、便宜上「肯定判定」および「否定判定」に分類されています。



【肯定判定】


肯定判定を受けた場合、NCO-122は対象者の頭部に右手を置き、


「今年も、よい子でしたね。」


と発言します。


その後、背負っている麻袋から菓子、果物、木製玩具などを一つ取り出し、対象者へ渡します。


これらの物品から異常性は確認されていません。


贈与終了後、NCO-122は消失します。



【否定判定】


否定判定の場合、NCO-122は対象者の本名を呼びます。


これは対象者が偽名を使用している場合や、出生時の氏名を本人が知らない場合でも正確です。


その後、NCO-122は麻袋を床へ下ろし、


「では、返してもらいます。」


と発言します。


当初MDEは、この発言を対象者の誘拐または殺害を意味すると推測していました。


しかし、NCO-122は対象者本人を物理的に連れ去りません。対象者は翌朝も住宅内に存在しており、身体的異常も確認されません。


異常が発生するのは、その後です。



【「返却」現象】


否定判定から通常6~72時間以内に、対象者に関する記録の消失または改変が開始されます。


最初に影響を受けるのは写真、日記、SNS上の記録などです。その後、学校記録、医療記録、出生届、住民登録などへ影響が拡大します。


最終的には対象者の親族および知人の記憶にも変化が発生します。


初期段階では、


「この写真、いつ撮ったんだっけ?」

「この部屋、誰が使っていた?」


といった軽度の混乱が確認されます。


しかし時間経過とともに対象者に関する記憶そのものが失われます。


最終段階では、実の両親であっても対象者を認識できなくなります。


対象者本人には原則として記憶改変が発生しません。


そのため対象者は、自分の両親が徐々に自分を忘れていく過程を認識します。


現在まで、この現象を完全に停止させる方法は発見されていません。



【発見経緯】


NCO-122がMDEによって初めて正式に認識されたのは、20██年12月6日にオーストリア・██████近郊で発生した未成年者保護事案です。


現地警察は午前4時頃、住宅街を一人で歩いていた11歳男児を保護しました。


男児は自宅住所を正確に答えたため、警察官が当該住所へ同行しました。


住宅には成人男女が居住していました。


男児は二人を自身の両親だと主張しました。


しかし住民は、


「この子は誰ですか?」


と回答しました。


住宅内部には明らかに子供用と思われる寝室が存在していました。しかし住民は、その部屋について、


「前から空いていた部屋だと思う」


と証言しています。


男児は激しく混乱し、


「昨日までは僕の部屋だった」

「お父さんもお母さんもいた」

「黒いおじさんが来た」

「僕が悪い子だったから返すって言った」


と説明しました。


住宅内の監視カメラを確認したところ、12月5日23時17分、映像に約0.8秒のノイズが発生していました。


映像復帰後、男児の寝室中央にNCO-122が出現しています。



【初期映像記録122-A】


NCO-122:

「今年は、よい子でしたか?」


男児:

「……はい」


NCO-122:

「本当に?」


男児:

「はい」


NCO-122は約7秒間、男児を観察しています。


NCO-122:

「そうですか」


NCO-122は背部から麻袋を下ろします。


男児:

「プレゼント?」


NCO-122:

「いいえ」


NCO-122は男児の本名を呼称します。


NCO-122:

「今年も、だめでしたね」


男児:

「ごめんなさい」


NCO-122:

「私に謝る必要はありません」


男児:

「じゃあ誰に謝るの?」


約4秒間の沈黙。


NCO-122:

「もう遅いのです」


NCO-122が麻袋を開きます。


内部は映像上、完全な暗黒として記録されています。


NCO-122:

「では、返してもらいます」


【映像障害】


映像復帰後、NCO-122は消失しています。


男児はその場に残っています。


【記録終了】



【判定基準調査】


NCO-122の「よい子」「悪い子」の判定基準は判明していません。


MDEは確認された██件の出現事例について、対象者の犯罪歴、学校内での問題行動、虚偽、窃盗、暴力行為、家族関係などを比較しました。


有意な相関は確認されませんでした。


重大な問題行動を繰り返していた対象者が肯定判定を受けた一方、学校および家庭の双方で模範的と評価されていた対象者が否定判定を受けた事例も存在します。


このことから、NCO-122自身が独自の道徳基準によって対象者を裁いているという仮説が提唱されました。


後述の接触記録によって、この仮説には重大な疑義が生じています。



【補遺122-1 — 接触記録】


20██年12月5日、MDE欧州管区は過去に複数回NCO-122が出現した地域に監視施設を設置しました。


NCO-122出現後、██博士による接触が実施されました。


██博士:

「質問があります」


NCO-122:

「私は忙しいのですが」


██博士:

「あなたは何を基準に子供たちを選んでいる?」


NCO-122は回答しません。


██博士:

「嘘か? 暴力か? 犯罪か?」


NCO-122:

「違います」


██博士:

「では何だ?」


NCO-122は██博士を見ます。


NCO-122:

「あなた方は勘違いをしています」


██博士:

「何を?」


NCO-122:

「私が決めているのではありません」


██博士:

「……誰が決めている?」


NCO-122はゆっくりと右腕を動かし、背中の麻袋を指さしました。


NCO-122:

「この中にいる方々です」


██博士:

「中には何がいる?」


NCO-122は回答しません。


██博士:

「あなたが連れていった子供たちか?」


NCO-122:

「私は、一人も連れていっていません」


【記録終了】



【補遺122-2 — 麻袋音響調査】


翌年、NCO-122の麻袋内部に対する遠隔音響測定が実施されました。


外部からは無音でした。


しかし指向性収音装置には、推定██名以上の児童の発声と思われる音声が記録されています。


大部分は重複しており解析不能でした。


音声解析班は、その中から一つの発言を分離することに成功しました。


「次は、この子。」


この音声が記録された直後、観察室にいた██研究員の業務端末が自動的に起動しました。


端末には、研究員の7歳の娘を写した写真が表示されていました。


当該写真はMDEのシステム内に保存されていませんでした。


██研究員は直ちに観察任務から外されました。


その際、NCO-122は観察室のマジックミラーを約12秒間見つめています。


その後、NCO-122は消失直前に以下の発言を行いました。


「では、十二月に。」



【追記】


██研究員およびその家族は、翌年12月1日よりMDE管理下の安全施設へ移送されました。


12月5日18時00分、安全施設は完全封鎖されました。外部との通信は遮断され、入口はMDE機動部隊によって警備されました。


同日23時52分。


施設内部の監視映像に0.8秒間のノイズが発生しました。


映像復帰後、██研究員の娘の寝室中央にNCO-122が立っていました。


施錠、隔壁、警備要員のいずれも突破された形跡はありませんでした。


NCO-122はベッドから起き上がった少女へ近づき、いつもと同じ質問をしました。


「今年は、よい子でしたか?」


この事案以降、NCO-122の管理等級はC-5《収容不能級》に指定されています。


なお、少女に対して下された判定については、現在レベル4以上の職員にのみ開示されています。


【補遺122-3 — 12月5日事案記録】


以下の記録は、██研究員の娘に対して実施されたNCO-122の判定結果を含むため、レベル4以上の職員にのみ開示されています。


対象者:122-██

年齢:7歳

発生時刻:23時52分



【映像記録開始】


監視映像に0.8秒間のノイズが発生。


映像復帰後、NCO-122が対象者の寝室中央に出現しています。


対象者は物音によって覚醒。


ベッド上からNCO-122を確認します。


対象者:

「……だれ?」


NCO-122は回答しません。


対象者:

「お父さん?」


NCO-122:

「違います」


対象者はベッドから降りません。


NCO-122は対象者から約2mの位置で停止します。


約5秒間の沈黙。


NCO-122:

「今年は、よい子でしたか?」


対象者:

「…………」


NCO-122:

「答えてください」


対象者:

「分かんない」


NCO-122の動作が停止します。


これまで確認された事例では、対象者は「はい」「いいえ」のいずれか、またはそれに類する回答を行っていました。


「分からない」という回答に対するNCO-122の反応は、この事例が初めてです。


NCO-122:

「分からない?」


対象者:

「うん」


NCO-122:

「なぜです?」


対象者:

「いい子にしてたと思うけど……」


対象者は俯きます。


対象者:

「でも、お父さんに嘘ついたことあるし」


NCO-122:

「…………」


対象者:

「友達と喧嘩もした」


NCO-122:

「…………」


対象者:

「だから、分かんない」


約13秒間、NCO-122は対象者を観察します。


その後、背負っていた麻袋を床へ下ろします。


監視室にいた職員が緊急介入を要請。


現場指揮官はこれを却下しています。


対象者:

「私、悪い子?」


NCO-122:

「それを決めるのは、私ではありません」


対象者:

「じゃあ誰?」


NCO-122は麻袋を見る。


対象者も同じ方向を見ます。


対象者:

「その中の人?」


NCO-122:

「はい」


対象者:

「じゃあ、聞いてみて」


NCO-122:

「…………」


対象者:

「私が悪い子か、聞いてみて」


この発言の直後、音響監視装置に異常が発生。


麻袋内部から多数の児童の声が記録され始めます。


音声は約21秒間継続。


解析可能だった発言を以下に記載します。



「ちがう」


「まだ」


「この子じゃない」


「お父さんの子」


「返さなくていい」


「まだこっちじゃない」



その後、全ての音声が停止します。


NCO-122は約18秒間、麻袋を見つめています。


対象者:

「なんて言ってた?」


NCO-122:

「…………」


対象者:

「私、悪い子だった?」


NCO-122は麻袋を持ち上げます。


その後、対象者へ接近。


監視室内で警戒レベルが最大まで引き上げられます。


NCO-122は対象者の頭部へ右手を置きます。


NCO-122:

「今年は。」


約3秒間の沈黙。


NCO-122:

「よい子だったようです」


対象者:

「ほんと?」


NCO-122:

「はい」


対象者は安堵した様子を見せます。


NCO-122は麻袋へ右腕を入れます。


約4秒後、小型の木製人形を取り出しました。


対象者:

「これ、くれるの?」


NCO-122:

「あなたへのものです」


対象者:

「ありがとう」


NCO-122:

「大切にしてください」


対象者:

「うん」


NCO-122は対象者から離れます。


この時点で通常であれば消失すると予測されていました。


しかしNCO-122はその場に留まりました。


そして監視カメラの方向へ顔を向けます。


正確には、監視室にいる██研究員の位置を見ていたと推測されています。


NCO-122:

「お父様」


監視室内が沈黙。


██研究員:

「……聞こえている」


NCO-122:

「今年は、この子でした」


██研究員:

「何が言いたい?」


NCO-122:

「来年も、この子とは限りません」


██研究員:

「待て」


NCO-122:

「よい一年を」


監視映像にノイズが発生。


映像復帰後、NCO-122は消失しています。


【映像記録終了】



【事後調査】


対象者に記録消失および記憶改変は発生していません。


NCO-122から贈与された木製人形についても、現在まで異常性は確認されていません。


ただし、木製人形の底面にはドイツ語で短い文章が刻まれていました。


翻訳結果は以下の通りです。


「今年は、あなたではありません。」



この文章が対象者を指しているのか、██研究員を指しているのかは判明していません。



【研究主任付記】


この記録について、一つ訂正しておく。


我々は長い間、NCO-122が毎年子供たちを訪ね、「よい子」と「悪い子」を選別していると考えていた。


違う。


少なくとも、そう断定できる証拠はない。


奴が尋ねているのは、


「あなたは善良でしたか」


ではないのかもしれない。


そして袋の中にいる何者かが判断しているのも、


「罰するべき子供」


ではないのかもしれない。


NCO-122は否定判定を受けた対象者へ、必ず同じ言葉を使う。


「連れていきます」ではない。


「罰します」でもない。


奴はこう言う。


「返してもらいます」


ならば我々が次に調べるべきなのは、判定基準ではない。


――子供たちを、誰に返しているのかだ。

次回予告


Tale 1「いい子にするから」


10月18日18時投稿予定

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