Tale「忘れ物」
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Tale「忘れ物」
最初に見つかったのは、小さな櫛だった。
サイト83低危険度物品収容区画。NCO-72-JP収容室の前を清掃していた職員が、壁際に置かれた紙袋を発見した。
茶色い、ごく普通の紙袋だった。
「これ、誰かの忘れ物ですか?」
清掃職員から連絡を受けた██研究員は、紙袋を覗き込んだ。
中には赤い髪飾りと、子供用と思われる小さな櫛が入っている。
「……誰のだ?」
「分からないんですよ。さっき来たら置いてあって」
「触った?」
「袋を移動させただけです」
██研究員はため息をついた。
「次から、この区画で知らない物を見つけても触らないでください」
「すみません」
「まあ、何も起きてないならいいですけど」
そう言いながら、██研究員は収容室を見る。
厚い扉の向こうには、NCO-72-JP――「お下がり」が収容されている。
「一応、検査に回します」
その日は、それだけだった。
*
翌朝。
「研究員」
「はい?」
「またです」
昨日と同じ場所に、紙袋が置かれていた。
中身は小さな草履だった。
「……監視映像は?」
「確認しました」
「誰が置いた?」
「誰も」
██研究員は眉をひそめた。
「誰も?」
「昨日の午後八時十三分には何もありません」
警備担当者が映像を再生する。
「八時十四分」
映像が一瞬だけ乱れた。
ほんの一秒にも満たないノイズ。
映像が戻る。
紙袋が置かれていた。
「……なるほど」
「どうします?」
「収容物として扱います。72-JPとの関連性も調べてください」
紙袋は回収された。
NCO-72-JPには変化なし。
人形はいつも通り、保管箱の中に座っていた。
*
三日目。
子供用の着物。
四日目。
小さな下駄。
五日目。
古びた手鏡。
六日目。
写真が三枚。
すべて、NCO-72-JPの歴代所有者と思われる人物が写ったものだった。
「これ、どこから来てるんですかね」
補助研究員が写真を並べながら言った。
「それが分かれば苦労しない」
「でも、変ですよね」
「何が?」
「全部、女の子の物じゃないですか」
██研究員は机に並べられた物品を見る。
「……そうだな」
「人形が欲しがってるんでしょうか」
「余計な推測はするな」
「すみません」
██研究員は写真を一枚手に取った。
三枝ハル。
まだ幼い頃の写真だった。
その腕にはNCO-72-JPが抱かれている。
写真の裏には、子供の字で一言。
おねえちゃん。
「…………」
██研究員は写真を裏返した。
「これ、分析班に回して」
「はい」
そのときは、それ以上考えなかった。
*
七日目。
紙袋はなかった。
代わりに、収容室の前に赤いランドセルが置かれていた。
「……随分大きくなったな」
██研究員は防護手袋を装着し、ランドセルを開いた。
中には一冊のノートだけが入っていた。
黄色い表紙。
幼児向けの動物のイラスト。
中央に、鉛筆でタイトルが書かれている。
かぞくのきろく
「撮影」
「しています」
██研究員はページを開いた。
一ページ目。
おかあさん
その下に、NCO-72-JPの写真が貼られていた。
「……やっぱり72-JPか」
次のページ。
おねえちゃん
三枝ハルの写真。
次。
おねえちゃん
三枝美琴。
さらにページをめくる。
名前の判明している歴代所有者。
男性もいる。
女性もいる。
老人もいる。
全員、同じ呼び方だった。
おねえちゃん
「待ってください」
補助研究員が言った。
「なんだ?」
「報告書では……所有者は前の所有者を『母親』だと認識するんですよね?」
「ああ」
「じゃあ、これを書いたのは誰です?」
██研究員の手が止まった。
答えられなかった。
ページをめくる。
最後の一枚。
そこには文字だけが書かれていた。
つぎのおねえちゃん
その下には、空白があった。
「……写真がない」
「ですね」
「とりあえず閉じよう」
██研究員がノートを閉じようとした。
その瞬間。
ページの間から何かが滑り落ちた。
写真だった。
床へ落ちる。
「…………」
██研究員は拾い上げた。
そして、動きを止めた。
「どうしました?」
写真には、女性が一人写っていた。
白衣。
長い髪。
首から下げたサイト83の職員証。
NCO-72-JPの収容室前で、赤いランドセルを調べている。
██研究員自身だった。
つい数分前の姿。
「……誰が撮った?」
補助研究員が周囲を見る。
「監視カメラじゃないですよね、この角度」
違う。
写真は廊下側からではない。
██研究員の背中側。
つまり――。
二人は同時に収容室を見た。
扉の向こう。
さらにその奥の保管箱。
防弾ガラス越しに、NCO-72-JPが見える。
「…………」
██研究員は何も言わなかった。
昨日まで、人形は収容室正面を向いていた。
記録映像にも残っている。
だが今は違った。
NCO-72-JPの顔は、わずかに横を向いている。
ガラス越しに。
まっすぐ██研究員を見ていた。
補助研究員が小さく呟く。
「……お母さんが、選んだんですかね」
「違う」
██研究員は写真を握りしめた。
「何がです?」
「報告書だ」
視線を人形から外さないまま答えた。
「俺たちはずっと、こいつが家族を作ってると思ってた」
人形は動かない。
「でも……」
██研究員はノートを見る。
一ページ目。
おかあさん
その下に写っているのは、市松人形。
「だったら――」
声が少し震えた。
「このノートを書いた『娘』は、どこにいる?」
誰も答えなかった。
収容室の中で、市松人形だけがこちらを見ていた
次回予告
NCO-122「よい子でしたか?」
10月17日21時投稿予定




