NCO-72-JP「お下がり」
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NCO-72-JP「お下がり」
MAES — MDE異常評価システム
評価項目評価
管理等級(Containment Rating)C-2《管理級》
危険等級(Hazard Rating)H-2
影響規模(Scale)L《Local》
研究優先度(Research Priority)B《優先研究対象》
特殊指定MEMETIC / IDENTITY
収容施設サイト83
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特別管理プロトコル
NCO-72-JPは、サイト83低危険度物品収容区画に設置された施錠式保管箱内部に収容してください。保管箱の開封にはレベル2以上の職員2名による承認が必要です。
NCO-72-JPに関する会話では、「譲る」「あげる」「もらう」「受け取る」「引き継ぐ」「あなたのもの」など、所有権の移動を意味する表現を使用してはなりません。
収容・研究上の移動については、必ず「移送」「回収」「保管」のいずれかの表現を使用してください。
NCO-72-JPを特定個人の所有物として登録することは禁止されています。MDE内部資産管理システム上では、NCO-72-JPの所有者欄を常に**「該当なし」**として維持してください。
収容室への単独入室は禁止されています。
また、NCO-72-JPに対して家族関係を示唆する呼称を使用してはなりません。
特に「娘」「母親」「お母さん」などの呼称は使用禁止です。
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概要
NCO-72-JPは、全高43.2cmの市松人形です。
黒色の人毛と思われる頭髪、ガラス製の眼球、胡粉塗りの頭部および四肢を有し、赤色を基調とした振袖を着用しています。
製造者、製造年代ともに不明です。
複数の鑑定士による調査では、各部品の製造年代に大きな差異が確認されています。頭部は明治後期、胴体内部の木材は昭和初期、衣服の一部は平成以降に製造された可能性が指摘されています。
これらが修復によるものなのかは判明していません。
NCO-72-JPは、人間から人間へ「贈与された」と双方が認識した場合に異常性を発現します。
以下、NCO-72-JPを譲渡した人物を「前所有者」、受け取った人物を「現所有者」と呼称します。
現所有者には数週間から数か月をかけて、前所有者と一致する人格的・身体的特徴が出現します。
初期段階では口調、食事の好み、利き手、睡眠習慣など比較的軽微な変化が発生します。
その後、筆跡、癖、価値観、幼少期の記憶など、本来共有されるはずのない情報が出現します。
最終段階に近づいた現所有者は、前所有者を自身の**「母親」**として認識するようになります。
前所有者の性別および年齢は、この認識に影響しません。
過去には男性から男性へ譲渡されたと推定される事例も確認されていますが、その場合でも現所有者は前所有者を「母」と認識していました。
さらに異常性が進行すると、現所有者本人だけでなく、その周辺人物の記憶、家族写真、手紙、日記、公的記録の一部にも改変が発生します。
このため、NCO-72-JPの正確な歴代所有者数は不明です。
現在までにMDEが高い確度で特定した所有者は██名です。
全員に血縁関係はありません。
出生地、年代、性別にも共通点は確認されていません。
しかし、NCO-72-JPの入手経緯について質問した場合、全員がほぼ同一の回答を残しています。
「母から譲ってもらいました。」
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発見経緯
20██年6月、██県██市において、78歳女性・三枝ハル氏が自宅寝室で死亡しているのが発見されました。
死因は心筋梗塞であり、死亡そのものに異常性は確認されていません。
発見者は同居していた34歳女性・三枝美琴氏でした。
美琴氏は警察による事情聴取に対し、ハル氏について一貫して「母親」と説明しました。
しかし戸籍照会の結果、両者に血縁関係が存在しないことが判明しました。
それだけでなく、美琴氏の戸籍上の実母は存命であり、██県内の別地域に居住していました。
警察官がこの事実を説明すると、美琴氏は強く混乱し、
「そんな人は知りません。私のお母さんはハルです」
と主張しました。
当初は美琴氏に何らかの精神疾患または記憶障害が存在する可能性が疑われました。
しかし、近隣住民への聞き取りによって状況はさらに複雑化しました。
聞き取りを行った17名全員が、ハル氏と美琴氏を「実の母娘」と認識していました。
近隣住民の一人は、
「美琴ちゃんが幼稚園の頃から知ってますよ。ハルさんが毎朝手を引いて送ってた」
と証言しています。
住宅内から回収されたアルバムにも、美琴氏と思われる少女とハル氏が一緒に写った写真が多数存在しました。
しかし画像解析の結果、一部の写真には不自然な加工痕が確認されました。
特に199█年に撮影されたとされる写真では、美琴氏の身体部分のみが周囲と異なるフィルム粒子構造を示していました。
加工方法は特定されていません。
さらに、写真が撮影されたとされる当時、美琴氏は別の県で実母と生活していたことが公的記録から確認されています。
この時点で地元警察からMDEへ情報が移管されました。
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初期調査記録
MDE調査班が三枝宅を捜索したところ、ハル氏の寝室に設置された和箪笥の上からNCO-72-JPが発見されました。
発見時、人形は部屋の入口方向を向いた状態で座っていました。
美琴氏はNCO-72-JPを確認すると、強い執着を示しました。
以下は現地で記録された会話の一部です。
調査員: この人形について教えていただけますか?
美琴氏: 私のです。
調査員: いつから持っていますか?
美琴氏: 小さい頃から。
調査員: どこで手に入れました?
美琴氏: 母からもらいました。
調査員: ハルさんから?
美琴氏: はい。
調査員: ハルさんは、この人形をどこで?
美琴氏は数秒間沈黙しました。
美琴氏: お母さんから。
調査員: ハルさんのお母さんですか?
美琴氏: そうです。
調査員: その方のお名前は?
美琴氏は約18秒間回答しませんでした。
美琴氏: ……お母さんです。
調査員: 名前を覚えていますか?
美琴氏: お母さんに名前なんて必要ですか?
この発言の直後、美琴氏はNCO-72-JPを抱き上げようとしました。
調査員によって制止されています。
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回収資料72-A
三枝宅の物置から、ハル氏が12歳当時に使用していたと推定される日記帳が発見されました。
保存状態は良好でした。
以下は6月14日の記述です。
六月十四日
お母さんからお人形をもらった。
ずっと大事にしてたお人形なんだって。
お母さんも、その前のお母さんからもらったって言ってた。
だから私も、大きくなったら娘にあげる。
そうすれば、ずっと家族でいられるから。
戸籍および死亡記録を調査した結果、ハル氏の実母である三枝キヨ氏は、当該日記が記された3年前に死亡しています。
さらに、日記帳の前年部分には別の筆跡で、
ハルはまだ私をお母さんと呼んでくれない。
という文章が確認されました。
ハル氏本人の筆跡とは一致していません。
記入者は特定されていません。
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補遺72-1 — 収容後事案
NCO-72-JP収容から11日後、定期検査を担当していた██研究員が、人形の帯と胴体の間に小さな紙片が挟まっていることを発見しました。
前日の映像記録では紙片は確認されていません。
紙片には、鉛筆による幼児程度の筆跡で以下の文章が記されていました。
こんどはだれにあげるの?
紙片は回収され、異常物品保管庫へ移送されました。
その約2時間後、██研究員は担当責任者へ以下の質問を行いました。
██研究員: 博士、この子、いつまでここに置いておくんですか?
担当責任者: この子?
██研究員: はい。
担当責任者: 何のことだ?
██研究員: …………。
担当責任者: ██研究員?
██研究員: ……すみません。
担当責任者: 人形のことか?
██研究員: はい。人形です。
担当責任者: 今日はもう収容室に入るな。
██研究員: でも、一人にしたらかわいそうじゃないですか。
この発言を受け、██研究員は直ちにNCO-72-JP担当から外されました。
心理検査では軽度の家族認識混乱が確認されたものの、72時間後には正常値へ回復しています。
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補遺72-2
翌朝、NCO-72-JP収容箱内部から新たな紙片が発見されました。
あのこじゃないの?
この事案を受け、収容室への単独入室は禁止されました。
その後27日間、新たな紙片は確認されませんでした。
28日目、収容箱内部から3枚目の紙片が発見されました。
わかった。
それ以降、NCO-72-JPからの変化は確認されていません。
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補遺72-3 — 追加調査
NCO-72-JPの歴代所有者調査において、19██年に██県で死亡した女性の遺品から一枚の写真が発見されました。
写真には、NCO-72-JPと酷似した市松人形を抱く少女が写っています。
裏面には次の文章が記されていました。
お母さんといっしょ。
当初、この文章は少女と撮影者である母親を指すものと考えられていました。
しかし、写真を所有していた遺族への聞き取りでは、撮影当時、少女の母親は写真には写っていなかったと証言しています。
再解析の結果、写真中央に写る少女はカメラを見ていませんでした。
少女の視線は、腕に抱いているNCO-72-JPへ向けられています。
さらに画像を拡大したところ、人形の口元に撮影時の傷や光の反射では説明できない変化が確認されました。
鑑定担当者はこれを、
「笑顔に近い」
と記録しています。
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研究主任付記
我々は長らく、この人形が「母親から娘へ受け継がれる」異常物品だと考えていた。
おそらく逆だ。
家族が人形を受け継いでいるのではない。
人形が、自分の家族を作り続けている。
では最初の所有者は誰だったのか。
現在、その調査は中止されている。
理由は単純だ。
確認できた最古の記録でも、所有者は同じことを言っていた。
「お母さんからもらった。」
その前の記録はない。
だが、NCO-72-JPの背面を再検査した際、衣服の内側から一度も確認されていなかった刺繍が発見された。
非常に古い糸で、一言だけ縫われている。
おかあさんへ
誰が縫ったのかは、現在も分かっていない。
補遺72-4 — 異常性再評価
NCO-72-JP収容後に発生した一連の事案を受け、NCO-72-JPの異常性に関する従来の解釈が再検討されています。
特に、担当職員の家族記録および近親者の記憶にNCO-72-JPが遡及的に出現した事例が確認されたことから、本異常は「所有者間の関係を改変する」だけではなく、将来的に所有者となる可能性のある人物の家族関係へ事前に干渉できる可能性があります。
また、収容区画に出現した出所不明のノートには、NCO-72-JPが「おかあさん」、歴代所有者が一律に「おねえちゃん」と記載されていました。
この記録は、現在採用されている「NCO-72-JP自身が母親として振る舞い、所有者を家族として取り込んでいる」という仮説と完全には一致しません。
現在、研究部門では以下の可能性を含めて再調査を行っています。
NCO-72-JPは異常現象の主体ではなく、別の未確認存在によって構築された家族関係の一員、あるいはその媒介物に過ぎない可能性があります。
なお、当該ノートの「つぎのおねえちゃん」と記されたページから発見された職員については、NCO-72-JPとの接触を無期限で禁止しています。
補遺追加後、収容箱内部から新たな紙片が発見されました。
おねえちゃんじゃないよ。
その裏面には、同一の筆跡で以下の文章が記されていました。
まだ。
この事案を受け、NCO-72-JPの研究優先度B《優先研究対象》は継続されます。
次回予告
Tale「お母さんじゃない」
10月16日21時投稿予定




