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異常世界の歩き方 MDE(国際異常研究機構)  作者: 神代千早


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6/83

TALE機動部隊の顔合わせ

毎日21時投稿

金土日18時、21時、2本投稿予定

この章は5分ぐらいで読めます


機動部隊γ-9 “Magic Numbers” 初顔合わせ


「……最悪だ」


紅林澪奈は、会議室の前で立ち止まった。


午後のオリエンテーションを受けているはずだった。

それがなぜか、クレイン博士に連行され、新設部隊の隊長を押し付けられ、今こうして会議室の前に立っている。



隣でクレイン博士がにこにこと笑っている。

「そんな怖い顔しないでよ、紅林君」


「誰のせいですか」


「僕?」


「疑問形で返さないでください」


「反省はしてるよ?」


「後悔は?」


「まったくしてない」


「でしょうね」


「だから蹴るのはやめよう?」


「足ならまだ軽い方です」


「まだって何!? まだって!」




「おっほん、では、機動部隊γ-9、“Magic Numbers”の初顔合わせを始めようか」




すでに数名の職員が集まっていた。


腕を組んで壁にもたれている黒岡。

資料端末を眺めている高砂。

眠たそうに椅子へ座る高峰。

白衣姿で落ち着いた雰囲気の高野博士。

そして、紅林を見るなりぱっと顔を明るくした新木慎介。

さらに会議室の奥には、金髪の女性エージェントが一人。

その隣には、顔色の悪い細身の男が静かに座っていた。


「全員、揃ってるね」


クレイン博士が前へ出る。


誰も拍手しない。


博士だけが一人で拍手した。


「はい、拍手」


誰も拍手しない。


「冷たいなぁ」


「始めてください、博士」


紅林が言うと、博士は肩をすくめた。


「では改めて。今日ここに集まった君たちは、新設される特殊対応部隊、機動部隊γ-9、“Magic Numbers”の初期メンバーだ」


ホワイトボードに文字が表示される。


**主任務:現実改変・魔術災害・儀式災害・魔術系要注意団体への対応**


「通常の回収部隊や収容部隊では対処が難しい案件を専門に扱う。力で押し切れない異常、観測しただけで条件が変わる異常、儀式や概念を媒介に発生する災害。そういう面倒なものを担当してもらう」


黒岡が舌打ちした。


「つまり、ろくでもねぇ案件専門ってことか」


「その通り」


「否定しろよ」


博士は笑った。


「そして、部隊長は紅林澪奈君」


室内の視線が紅林に集まる。


新木は目を丸くした。


「澪はん、隊長なん?」


「……私も今知りました」


「正式には今日から職員ですが、紅林君はすでに複数の研究協力と実戦任務で実績を出しています。魔術・現実改変対策に関しては、この場の誰よりも適性がある」


博士の声は、珍しく真面目だった。


「異論がある人は?」


黒岡が紅林を見る。


「腕は立つんだろうな」


「必要なら証明します」


紅林は静かに答える。


その目つきに、黒岡は口元を少しだけ上げた。


「いい目だ」


高野博士が柔らかく手を挙げる。


「では、自己紹介から始めましょう。顔と役割を知らないまま命を預けるのは、さすがに不健全です」


「いいね。じゃあまず副隊長から」


博士が指を鳴らす。


最初に立ち上がったのは、黒髪の男性だった。


「神楽だ。部隊長補佐を務める。元フィールドエージェントで、現在は中級研究員。専門は言語学と魔法学。現場でも研究室でも、必要ならどちらでも動く」


短い。


それだけ言って座った。


新木が小声で言う。


「めっちゃ簡潔やな」


「見習ってください」


紅林が即座に返す。


次に高野博士が立ち上がった。


「高野です。魔術学と魔法学を専門にしています。現実改変能力者への対抗術式の研究をも行っています。戦闘も最低限は可能です」


「最低限、ねぇ」


黒岡が呟く。


「高野の最低限は信用すんなよ。前に儀式場ごと吹っ飛ばしたことがある」


「必要な処置でした」


高野博士は涼しい顔で答えた。


次に新木が立ち上がる。


「ほな次はうちですな! 新木慎介言います! 趣味は魔術研究、特技は徹夜、好きなもんは魔導書、嫌いなんは書類仕事!」


「長い」


「まだ名前しか言うてへん!」


「名前は最初に言いました」


「えっ!? もう終わり!?」


「終わりです」


「隊長冷たない!?」

次は高峰だった。


「高峰。現実改変能力者の収容を専門にしている。対象の拘束、移送、隔離が主な仕事だ。現場では余計なことをしない奴が一番生き残る。以上」


黒岡が鼻で笑う。


「お前らしい」


「お前ほど喋る必要がないだけだ」


次に黒岡が立つ。


「黒岡だ。午後のオリエンテーションで会った奴もいるな。対人戦闘と回収任務を担当する。俺から言うことは一つだ。死にたくなけりゃ指示を聞け。指示が聞こえなくなったら、自分の頭で考えろ。考えられなくなったら走れ」


「逃げろ、ではなく?」


高砂が聞く。


「走れ。逃げるか突っ込むかは状況次第だ」


次に金髪の女性が立ち上がった。


「メアリーです。主に交渉と潜入を担当します。人間相手なら任せてください。人間じゃない相手は……まあ、話が通じるなら頑張ります」


明るい声だったが、目だけは笑っていなかった。


その隣の細身の男がゆっくり立つ。


「クライム。隠密、追跡、鍵開け、侵入。必要なら痕跡消しもする。仕事以外で話しかけるな」


「感じ悪いなぁ」


新木が笑う。


クライムは新木を一瞥した。


「お前とは特に話したくない」


「初対面で嫌われたわ」


「才能ですね」


紅林が言う。


最後に高砂が立ち上がった。


「高砂です。技術サポートと情報解析を担当します。認識災害やミーム災害への耐性検査は通過済みです。現場では後方支援が中心になりますが、必要なら前にも出ます」


紅林は小さく頷く。


「よろしくお願いします」


全員の自己紹介が終わったところで、博士が再び前に出た。

「では実技に入りまーす!」


「聞いてません」


「今言ったよ?」


「事前説明をしてください」


「サプライズの方が楽しいじゃない」


「教育担当失格です」


「え?」


「え?じゃありません」


会議室の空気が止まる。


黒岡が眉をひそめた。


「聞いてねぇぞ」


「言ってないからね」


「殴っていいか?」


「できればやめてほしい」


博士が端末を操作する。


次の瞬間、会議室の照明が落ちた。


壁が波打つ。


床の模様が数字の列へ変わる。


一、三、五、八、十三。


数字が床から浮かび上がり、空中で輪を描いた。


高砂が即座に端末を開く。


「空間シミュレーター起動確認。外部遮断。訓練用異常空間です」


「正解」


博士の声だけがスピーカーから響く。


「今回の訓練対象は、数列を媒介に空間を変形させる仮想アノマリー。管理等級C-3相当、危険等級H-3相当。制限時間は五分」


「五分以内に中核式を特定し、仮想対象を封鎖してね」


黒岡が銃を抜く。


「ふざけやがって」


「撃っても意味ないと思います」


高野博士が言う。


「これは数式系です。物理攻撃より条件解除が先です」


床の数字が増える。


壁が遠ざかり、会議室はいつの間にか巨大な白い空間へ変わっていた。


新木が目を輝かせる。


「おお、これはフィボナッチ系に見せかけた魔術配列ですな」


「説明は短く」


紅林が言う。


「はいな。たぶん罠ですわ」


「高砂、空間変化の中心を探して」


「了解」


「高野博士、式の構造解析を」


「了解しました」


「黒岡、高峰、前衛。数字列に接触しないように進路確保」


「わかった」


「神楽さんは言語パターン確認。メアリーとクライムは周辺警戒」


「了解」


命令は自然だった。


誰も反論しなかった。


紅林の声には、不思議なほど迷いがなかった。


数字の輪が突然弾け、無数の光弾となって降り注ぐ。


黒岡が人とは思えない速度で前に出た。


「伏せろ!」


高峰が防御具を展開する。


高野博士が指先で術式を描き、光弾の軌道を逸らした。


新木が床に膝をつき、数字列を読み上げる。


「二、三、五、七、十一……素数列に変わっとる!」


「中心が移動しています」


高砂が叫ぶ。


「右後方、三メートル上!」


クライムが無言で壁を蹴り、空中の数字へナイフを投げる。


ナイフは数字を貫かず、弾かれる。


「物理干渉不可」


「なら、言葉で縛る」


神楽が前へ出た。


古い言語で短く呟く。


数字の輪が一瞬だけ止まる。


紅林はその隙を逃さなかった。


「新木!」


「はいな!」


「素数列じゃない。隠れてるのは魔術式の詠唱番号。抜けている数字は?」


新木が床を見回す。


「九! 九がない!」


「九?」


黒岡が言う。


「Magic Numbersの九かよ」


紅林は手を前にかざす。


「高野博士、補助を」


「了解」


二人の術式が重なる。


空中に欠けていた数字、九が浮かび上がった。


その瞬間、白い空間がひび割れる。


高砂が叫ぶ。


「中核式、露出!」


「高峰、封鎖!」


高峰が拘束装置を投げる。


金属の輪が中核式を囲み、数字の光を閉じ込めた。


「黒岡!」


「あいよ!」


黒岡が特殊弾を撃ち込む。


乾いた音。


中核式が砕け、会議室の景色が戻った。


照明がつく。


全員が元の会議室に立っていた。


机は無傷。

椅子も無傷。

博士だけが拍手している。


「合格」


紅林は無言で博士を見る。


「事前説明なしで訓練を始めるのは、指導上どうかと思いますが」


「でも、うまくいった」


「結果論です」


「結果は大事だよ」


黒岡が銃をしまいながら笑った。


「悪くなかったぜ、隊長」


高峰も頷く。


「指示が早かった」


高砂は端末を閉じる。


「連携データも良好です。初回としては十分かと」


新木が嬉しそうに紅林を見る。


「澪はん、やっぱすごいなぁ」


「……偶然です」


「偶然で五分以内に封鎖できるなら、世話ないですわ」


メアリーが微笑む。


「私は賛成です。この人が隊長なら、多分死なずに済みそう」


クライムは椅子に座り直し、短く言った。


「異論なし」


神楽も頷く。


「私も異論はありません」


博士は満足げに両手を広げた。


「では、これより機動部隊γ-9、“Magic Numbers”は正式に発足する」


紅林は会議室を見回した。


癖の強い人間ばかりだ。


勝手に訓練を始める博士。

口の悪い黒岡。

喋り続ける新木。

何を考えているのかわからないクライム。

明るすぎるメアリー。

冷静すぎる高峰。

穏やかな高野博士。

頼れる高砂。

静かな神楽。


まとまりがあるとは言い難い。


けれど、さっきの数分だけは、確かに一つの部隊として動いていた。


紅林は小さく息を吐く。


「紅林澪奈です」


全員の視線が向く。


「未熟な点も多いと思いますが、部隊長を務めます」


「この部隊の任務は、通常の手段では対処できない異常への対応です。危険な任務になると思います」


「だからこそ、一つだけ守ってください」


紅林は静かに言った。


「勝手に死なないでください」


会議室が少しだけ静かになる。


黒岡が口元を歪めた。


「いい命令だ」


新木が笑う。


「了解ですわ、隊長」


高砂も頷く。


「了解しました」


一人ずつ、短く返事が続く。


博士はその光景を見て、満足そうに笑った。


「いい部隊になりそうだね」


紅林は博士を睨む。


「博士が余計なことをしなければ、ですが」


「努力するよ」


「信用できません」


その時、会議室のスピーカーが鳴った。


『緊急通達。サイト83第2生物収容区画にて、NCO-53-JPの一時的な収容違反を確認。管理等級C-2、特殊指定UNSTABLE。職員は現在地で待機してください』


全員が一斉に顔を上げる。


黒岡は深いため息をついた。


「……また猫か」


数秒後、再び放送が入る。


『訂正。NCO-53-JPは食堂厨房にて発見。現在、おやつの支給により自主的に収容区画へ帰還中』


沈黙。


新木がぽつりと言った。


「……電子猫、腹減っとったんやな」


紅林は額に手を当てた。


「本当に先が思いやられる……」


クレイン博士は楽しそうに笑う。


「ようこそ、γ-9へ」


こうして、機動部隊γ-9 “Magic Numbers”は結成された。


最初の任務は、世界を救うことでも、災害級アノマリーを封じることでもなかった。


ただ、猫が食堂から帰るのを見守ることだった。

次回予告

NCO-404-JP **:『存在しない会議室』**

9月5日21時投稿予定

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