エピローグ いってきます
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金土日18時、21時、2本投稿予定
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事件終結から、一か月。
サイト83は、ようやく日常を取り戻し始めていた。
崩壊した第一解析室は修復工事が進み、救出された人格たちは医療部門と心理支援部門による長期ケアを受けている。
澪の人格結晶は安定状態を維持。
道の人格結晶も保留人格として収容され、現在も自発的な反応を確認している。
東雲重工業株式会社に関する調査も継続中だった。
だが今日だけは、サイト83に穏やかな空気が流れていた。
◇
「緊張してる?」
更衣室の前で、メアリーが笑った。
千鳥は新品の制服を見つめたまま、小さく頷く。
「……少し。」
「普通だよ。」
制服は正式な戦術服ではない。
胸元には『研修職員』の文字。
肩章も簡素なものだった。
まだ隊員ではない。
銃も持たない。
危険な任務へ出ることもない。
今日からの所属は、
**異常人格保護部門・研修職員。**
異常人格や人格結晶との意思疎通を補助する、新設された部署だった。
「本当にいいの?」
メアリーが尋ねる。
「まだ外で暮らす選択もあったよ?」
千鳥は制服を抱えたまま少し考えた。
「帰る場所としてじゃない。」
「うん。」
「私が、自分で決めた場所だから。」
その言葉に、メアリーは優しく笑った。
「それなら大丈夫。」
◇
面談室。
机の向こうにはクレイン博士が座っていた。
その隣には紅林澪奈。
神楽。
そして人事担当の職員が並んでいる。
「改めて確認します。」
人事担当が書類をめくる。
「千鳥さん。」
「はい。」
「MDEへの所属は、あなた自身の意思で間違いありませんか?」
千鳥は迷わなかった。
「はい。」
「誰かに勧められたからでは?」
「違います。」
「保護されたいから?」
「違います。」
「では、理由を教えてください。」
静かな部屋。
千鳥はゆっくり息を吸う。
「私は、家を選ばれて生きてきました。」
誰かが決めた場所。
誰かが決めた役割。
誰かが決めた帰る場所。
「だから今度は、自分で選びたい。」
少しだけ笑う。
「ここで働いてみたいです。」
「怖くありませんか?」
クレイン博士が尋ねる。
「怖いです。」
「異常は危険ですよ。」
「知ってます。」
「命を落とす人もいます。」
「知ってます。」
「それでも?」
千鳥は頷いた。
「それでも。」
クレイン博士は書類を閉じた。
満足そうに微笑む。
「合格です。」
「え?」
「もう答えは出ています。」
博士は立ち上がる。
「MDEは、君を縛るための場所ではない。」
「……はい。」
「君が、自分で選び続けるための場所であってほしい。」
紅林が静かに続ける。
「その意思を忘れない限り、あなたは職員として歓迎されます。」
人事担当は職員証を差し出した。
白いカード。
顔写真。
識別番号。
名前。
**千鳥**
所属。
**サイト83 異常人格保護部門 研修職員**
千鳥はカードを両手で受け取った。
その重さは、とても軽い。
けれど、自分で初めて手にした「所属」だった。
「おーい!」
廊下から大きな声が響く。
振り向くと、荒木真介が手を振っていた。
「研修初日やろ!」
「はい。」
「ほな頑張りや!」
その隣では、新木慎介が腕を組んでいる。
「荒木、お前うるさい。」
「応援しとるだけやん。」
「静かに応援せえ。」
「無茶言うな。」
千鳥は思わず笑ってしまう。
そんな様子を見て、新木は肩をすくめた。
「まあ、分からんことあったら聞きぃ。」
「ありがとうございます。」
「ただし荒木は信用したらあかん。」
「なんでや!」
「方向音痴や。」
「関係ないやろ!」
「書類もよう無くす。」
「一回だけや!」
「借金も返さん。」
「まだ言うか!」
「五千円。」
「まだ返済期限ちゃう!」
「期限なんか決めてへんやろ。」
「ぐっ……。」
周囲の職員たちから笑いが起きる。
あの事件を共に生き延びた者たちだけが共有できる、穏やかな時間だった。
その日の夕方。
千鳥はサイト83の地上区画へ出た。
施設の門。
その向こうには、広い空が広がっている。
ここは家ではない。
学校でもない。
保護施設でもない。
職場。
自分が、自分で選んだ場所。
後ろから足音が聞こえた。
紅林だった。
「初日、お疲れ様でした。」
「ありがとうございました。」
「大変だったでしょう。」
「少し。」
「辞めたくなりましたか?」
千鳥は首を横に振る。
「まだ。」
「そうですか。」
短い沈黙。
風が吹く。
夏の匂いがした。
「紅林。」
「何ですか。」
「私、分かった。」
「何をです?」
千鳥は空を見上げる。
「『おかえりなさい』って、帰る場所がある人に言う言葉なんだね。」
「はい。」
「じゃあ。」
千鳥は少し照れくさそうに笑った。
「私は、こっち。」
一歩、前へ踏み出す。
門の外。
研修の一環として、初めての外部実習へ向かう時間だった。
振り返る。
紅林を見る。
メアリー。
神楽。
荒木。
新木。
サイト83のみんなを見る。
そして、小さく息を吸った。
「――行ってきます。」
紅林は、穏やかに頷いた。
「はい。」
「行ってらっしゃい。」
その言葉は、誰かを縛るためのものではなかった。
帰ることを強制するものでもない。
ただ。
自分で選んだ道を歩く誰かを、静かに送り出す言葉だった。
千鳥は前を向く。
青い空の下へ。
まだ知らない世界へ。
もう、誰かに決められた場所ではない。
自分で選び続ける未来へ。
ゆっくりと歩き始めた。
その背中を、夏の風が優しく押していた。
――完
次回予告
NCO-214-JP「猫ではありません。」
10月 11日18時投稿予定




