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異常世界の歩き方 MDE(国際異常研究機構)  作者: 神代千早


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53/85

第九章 お届け物

毎日21時投稿

金土日18時、21時、2本投稿予定

この章は10分ぐらいで読めます

よかったらコメント感想など聞かせてください!

午前零時十三分。


 サイト83の館内放送が起動した。


 開始を指示した職員はいない。放送室は無人。自動放送システムにも、該当する音声データは登録されていなかった。


 それでも、施設内の全てのスピーカーから柔らかな音楽が流れ始める。


 古いオルゴールの旋律。一音ごとに軋みが混じる。どこか懐かしく、同時にひどく不安定な曲だった。


 音程は正しい。速度も一定。だが、十三音目を迎えるたびに旋律が最初へ戻る。


 一、二、三。


 十三。


 最初から。


 何度繰り返しても、曲は終わらなかった。


 サイト83の職員たちが、次々に足を止める。負傷者を運んでいた医療班。破損区画を確認していた保全部門。警備線を構築していた武装職員。全員が天井のスピーカーを見上げた。


 そして、音楽の背後から女の声が聞こえた。


『サイト83職員の皆様へ、お届け物をお預かりしております』


 落ち着いた声。業務連絡のように明瞭な発音。


『受取人は、荒木真介様です』


 廊下を歩いていた荒木真介が足を止めた。


 隣では、新木慎介が担架に乗せられたまま医療班に運ばれている。新木はゆっくりと顔を荒木へ向けた。


「お前、通販でも頼んだんか」


「こんな時間指定するかい」


『繰り返します。荒木真介様。お届け物をお預かりしております』


 荒木は天井を睨んだ。


「ワシの名前、フルで呼ばんといてくれへん?」


「気にするとこ、そこかいな」


「館内放送で名指しされるん嫌やろ」


「異常から名指しされる方を気にせえ」


 医療班員が担架を止める。


「荒木研究員。心当たりは」


「あるように見えます?」


「見えません」


「せやろ」


『受領場所は、第一解析室です』


 荒木の表情から、わずかに軽さが消えた。


 第一解析室。つい先ほどまでγ-9が活動していた区画。黒い隔離立方体と、鬼灯産業の封筒が収容されている場所。現在は完全封鎖され、警備班が監視しているはずだった。


 新木が担架から上半身を起こす。


「戻るで」


 医療班員が肩を押さえた。


「安静にしてください」


「ワシ、あそこの異常担当や」


「あなたは負傷者です」


「軽傷や」


「先ほど精神的には死んでいると言いました」


「あれは比喩や」


「担架の上で交渉しないでください」


 荒木は新木を見る。


「お前は医療室行っとけ」


「行けるかいな。お前、次の契約者にされかけとんねんぞ」


「まだ決まったわけやない」


「封筒に名前書かれとったやろ」


「名字だけや」


「荒木が何人おんねん、このサイトに」


「三人」


「三人もおるんかい!」


 荒木は指を折った。


「ワシと、警備部門の荒木主任と、食堂の荒木さん」


「食堂にもおるんか」


「おるで。カレーの日だけ大盛りにしてくれる」


「その情報、今いる?」


『受取人は、荒木真介様です』


 館内放送が訂正した。


 荒木と新木が同時に黙る。数秒後、新木が荒木を見た。


「お前やん」


「聞こえとるわ」


「名字だけや言うたやん」


「異常に訂正されると思わんやろ」


 放送が途切れ、オルゴールだけが残る。十三音。そして、また最初へ。


 その時、廊下の防火扉が開いた。


 紅林澪奈と神楽が、武装職員二名を伴って現れる。紅林の左肩には応急処置が施され、血の跡が残っていた。顔色も良くない。それでも歩調に乱れはない。


「荒木真介」


「はい」


「解析室へ戻ります」


「了解です」


 荒木が即答する。新木も担架から降りようとした。


「新木は医療室へ」


「なんでや」


「命令です」


「ワシがおらんと契約系の解析できへんやろ」


「現場から遠隔参加してください」


「直接見な分からんこともある」


「歩けますか」


「歩ける」


 新木は担架から足を下ろした。立ち上がり、一歩を踏み出す。


 膝が折れた。


 医療班員二名に支えられる。荒木が無言で見つめた。


「今のは床が悪い」


「何もないで」


「重力が一瞬ずれた」


「この期に及んで見栄張るなや」


「うるさい」


 紅林は新木を見る。


「車椅子を使用してください」


「担架よりはましやな」


「乗るんかい」


「現場行けるなら何でもええ」


 数分後、新木は簡易車椅子に座り、荒木に押されて第一解析室へ向かっていた。


「もうちょい丁寧に押せや」


「無料サービスや。文句言うな」


「角で壁にぶつけたやろ」


「気のせいや」


「左足ぶつかったで」


「右足やろ」


「両方ぶつけたんか!」


 紅林が前を歩きながら言う。


「静かにしてください」


「すんません」


 二人の声が重なった。神楽は小さく息を吐く。


 サイト83の廊下には、家の侵食跡が残っていた。壁の一部に浮かぶ木目。床の隙間から覗く黒い土。職員用の扉に一瞬だけ現れる古い表札。


 異常構造の大部分は隔離された。だが、完全には消えていない。残留した認識、記憶、素材。家だったものの痕跡が、施設内の各所へ薄く貼りついている。


 通路の角を曲がると、前方に第一解析室の封鎖線が見えた。武装警備員が六名。防護服を着た異常媒体処理班が四名。扉の前には移動式の遮断壁が設置されている。


 現場責任者が紅林へ駆け寄った。


「γ-9隊長。侵入者は確認されていません」


「封筒の状態は」


「監視映像で小鳥の出現を確認後、封鎖容器内部から音声反応が発生しました」


「内容は」


「配達を求めています」


「それだけですか」


「十三回ごとに、受領遅延に関する警告が入ります」


「警告の内容は」


 現場責任者が端末を操作し、録音を再生する。


『お届け物の保管期限が近づいております。期限を超過した場合、最寄りのご自宅へ転送いたします』


 荒木の顔が引きつった。


「最寄りの自宅て、どこや」


「登録住所は」


 紅林が尋ねる。


「MDE採用時に提出した住所は、もう解約しとります」


「住民登録上は」


「実家です」


「家族は」


 荒木は答えるまでに少し間を置いた。


「母親が一人で住んどります」


 新木から冗談が消える。


「転送されたらまずいな」


「当たり前や」


「保管期限は」


 神楽が現場責任者へ尋ねた。


「現在までの警告回数から推定して、残り約二十六分です」


「根拠は」


「館内放送の周期です。最初の呼び出しから十三分後に第一警告。さらに十三分後に第二警告が入ると予測しています」


「第二警告後に転送される可能性は」


「否定できません」


 紅林は扉を見る。


「封鎖を解除します」


「隊長」


 神楽が声を低くする。


「荒木本人を接触させるのですか」


「接触前に内容を確認します」


「封筒は、受取人以外の開封を拒否する可能性があります」


「だからといって、直接渡すわけにはいきません」


 新木が顎へ手を当てる。


「鬼灯産業の配達なら、受領前に契約は成立せえへんはずや」


「本当に鬼灯産業のものなら、です」


 紅林が答える。


「差出人表示だけを利用している可能性があります」


「小鳥は東雲製品の派生物かもしれへん」


「あるいは、家そのもの」


 神楽が言った。


 荒木は封鎖扉を見つめる。


「ワシを選んだ理由は」


「まだ不明です」


「新木や隊長やなく、ワシやった理由です」


 紅林は答えない。新木が荒木を見上げる。


「家に取り込まれた時、お前が最後まで戻らんかったからちゃうか」


「どういう意味や」


「他の職員は、帰るか残るかを選んだ」


「ワシも選んだやろ」


「お前の理由、ワシの五千円やったやん」


「悪いか」


「家から見たら、強い未完了関係に見えた可能性がある」


 荒木は眉をひそめる。


「借金が?」


「金やない。お前とワシの関係や」


「気色悪い言い方すんな」


「こっちも嫌やわ」


 新木は続ける。


「家は帰属を作る。鬼灯産業の設備は関係を契約へ変える。十三羽目は、空いた場所を埋める」


「つまり」


 紅林が言葉を引き取った。


「未完了の関係を持つ者が、次の対象として選ばれた」


「可能性はある」


「でも、借金だけやで」


 荒木が言う。新木は少し黙った。


「ほんまに、それだけか」


「何が言いたい」


「家に取り込まれた時、お前は誰の声を聞いた」


 荒木の目が動く。


 古い団地。玄関。奥から呼ぶ声。


 慎介。


 あの声。


「覚えてへん」


「嘘つけ」


「お前、鬼灯産業ちゃうやろ」


「必要なら嘘ついてええと思っとる方や」


「最悪やな」


 荒木は視線を逸らした。新木はそれ以上追及しなかった。


 紅林は二人を見る。


「現場で聞きます」


 封鎖解除が始まる。第一防護壁、第二防護壁、気密扉。順番に開放されていく。


 解析室内部は、先ほどとほとんど変わっていなかった。破損した机、倒れた椅子、監視機材。中央には黒い立方体。


 その手前。透明な封鎖容器の中に、白い封筒がある。


 封筒の中央には穴が開いていた。そこから木製の小鳥が頭を出している。翼は封筒の中。胴体も見えない。首から上だけが、白い紙を破って外へ出ていた。


 小鳥は全員の入室を見届け、最後に荒木を見る。首を傾げた。


「お届け物です」


 小さな声。口調は館内放送と同じだった。


 荒木は足を止める。


「頼んでへんで」


「ご注文品ではありません」


「ほな受け取らへん」


「ご契約に基づくお届け物です」


 新木が前へ出ようとする。紅林が手で制した。


「契約番号を提示してください」


 小鳥の頭が紅林へ向く。


「受取人以外への回答はできません」


「契約者は誰です」


「受取人以外への回答はできません」


「差出人は鬼灯産業株式会社ですか」


「封筒に記載されています」


「質問に答えてください」


 小鳥は数秒黙った。


「差出人表示は、鬼灯産業株式会社です」


 紅林の目が細くなる。


「差出人が鬼灯産業であるとは言っていませんね」


「差出人表示は正確です」


「表示だけが正確」


「はい」


 新木が低く唸る。


「やっぱり、鬼灯産業の正式配達やない」


「では、誰が送ったのです」


「受取人へご確認ください」


 荒木が自分を指す。


「ワシ?」


「はい」


「知らんがな」


「ご確認ください」


「何をどう確認すんねん」


「開封後に確認できます」


「開けさせたいだけやろ」


「お届け物です」


 会話が循環する。小鳥は嘘をついていない。だが、必要な情報も渡さない。


 鬼灯産業の応対形式を模倣している。それでも、本物とは違う。質問へ正確に答えるのではなく、開封へ誘導していた。


「封筒の内部を非接触で走査します」


 紅林が言う。処理班が装置を準備した。


 X線、磁気、超音波、魔術構造観測、空間容積測定。複数の機器が封鎖容器へ向けられる。


 結果は全て異なった。


 X線では、封筒の内部は空。磁気走査では鉄骨構造が検出された。超音波では奥行き二十一メートルの空間。魔術観測では契約式が一件。空間測定では、内部容積を算定不能。


「封筒やないな」


 新木が言った。


「入口や」


「どこへの」


「届け物そのものの中やろ」


 荒木が封筒を見る。


「中に入れ言うんか」


「開けるだけで接続される可能性もある」


 荒木は小鳥へ尋ねる。


「受け取ったら、どうなる」


「受領が完了します」


「その後は」


「お届け物をご利用いただけます」


「利用せえへんかったら」


「保管していただけます」


「捨てたら」


 小鳥は黙る。


「答えろや」


「適切な廃棄手続きが必要です」


「何が適切や」


「同封の取扱説明書をご確認ください」


「開けな見られへんやんけ」


「はい」


 荒木は額を押さえた。


「腹立つな、こいつ」


「鬼灯産業より雑や」


 新木が言う。


「鬼灯産業は腹立つけど、質問には答えよる」


「褒めてへんか、それ」


「比較の話や」


 神楽が封筒側面を確認する。


「宛名が完成しています」


 封筒の表面。先ほど途中だった文字が完成していた。


 荒木真介様。


 その下へ、赤い文字で一行追加されている。


 代理受領不可。


「本人以外は開けられない」


 神楽が言う。


「荒木を狙っていることは確実です」


 紅林は小鳥を見る。


「受領期限を提示してください」


「残り十八分四十秒です」


「期限超過時は」


「最寄りのご自宅へ転送します」


「転送後、誰が受取人になります」


「荒木真介様です」


「本人が不在の場合は」


「同居者による代理受領が可能です」


 荒木の顔色が変わる。


「さっき代理受領不可て書いとるやろ」


「現在の受領条件です」


「転送されたら変わるんか」


「はい」


 紅林が確認する。


「母親が受け取れる」


「はい」


「受け取った場合、契約者は」


「受取人です」


「荒木本人か、母親か」


「受領した方です」


 紅林は短く息を吐いた。期限を待つ選択肢は消えた。転送を阻止するには、今ここで処理する必要がある。


「荒木」


「はい」


「実家へ緊急保護班を派遣します」


「お願いします」


「同時に、あなたの登録住所をサイト83へ変更できるか確認します」


「異常相手に住民票の変更、間に合います?」


「形式ではなく、帰属認識の問題かもしれません」


 新木が言う。


「本人がここを現在地や帰属先として認めれば、転送先を固定できる可能性はある」


「嫌やで」


 荒木が即答した。紅林が尋ねる。


「何がです」


「サイト83を自宅やと思うんは」


「転送阻止のためです」


「寝泊まりしとるけど、職場は職場や」


「一時的に認識してください」


「そういう嘘、異常に通るか?」


「通らないでしょうね」


「ほな言わせんなや」


 紅林は否定しなかった。


 千鳥が解析室の入口に立っていた。医療班が保護区画へ連れていく予定だったが、館内放送の発生を受け、一時待機となっている。


 彼女は封筒をじっと見ていた。


「中に、部屋がある」


 全員が千鳥を見る。


「見えるのですか」


 紅林が尋ねる。


「少し」


「どのような部屋です」


「暗い」


「家ですか」


「違う。倉庫みたい」


 新木が目を細める。


「何が置いてある」


「箱」


「いくつ」


「たくさん」


「小鳥箱か」


「ううん」


 千鳥は封筒へ一歩近づく。警備員が止めようとするが、紅林が手を上げ、一定距離を保たせた。


「全部、家の形」


「模型ですか」


「たぶん」


「人は」


「一人いる」


 解析室の空気が変わった。


「誰です」


「男の人」


「榛名ですか」


「違う」


「灰色の作業着」


「うん」


 千鳥の声が小さくなる。


「昔、小鳥箱を持ってきた人」


 封筒から出ていた小鳥が千鳥を見る。嘴が開いた。


「閲覧権限がありません」


 千鳥の身体が硬直する。小鳥の声が続いた。


「未登録の付属人格は、配送内容を閲覧できません」


 紅林が銃を構える。


「千鳥を付属人格と呼ばないでください」


「製品記録上の分類です」


「現在の分類ではありません」


「記録は更新されていません」


「更新してください」


「権限がありません」


「誰にあります」


 小鳥は荒木を見る。


「受取人です」


 新木が舌打ちした。


「荒木を管理者にするつもりや」


「何の管理者です」


 神楽が尋ねる。


「倉庫や」


「家の模型が保管された倉庫」


「東雲重工業が、試作十三号で帰還対象にした構造物かもしれへん」


 新木は封筒を見つめる。


「小鳥箱は一つやなかった可能性がある」


「試作十三号という名称は、十三番目の試作品という意味ではないのですか」


「榛名は正確な由来を説明してへん」


 紅林が記憶をたどる。


 空間帰還誘導器試作十三号。十三羽の小鳥。十三個の穴。十三羽目。


 全てが同じ数字へ集まっている。


「十三は個体番号ではなく、運用数かもしれない」


「十三の構造物を一組として管理する装置」


 神楽が言う。


「あるいは」


 新木の顔が険しくなる。


「十二の帰還先と、一つの管理者」


 荒木が小鳥を見る。


「ワシが十三羽目か」


 小鳥は答えない。


「聞いとるんや」


「受領後に確認できます」


「そればっかりやな」


 千鳥が囁く。


「違う」


「何がです」


 紅林が聞く。


「十三羽目は、最後の一羽じゃない」


 少女は胸元を押さえた。


 長い時間、彼女は十三羽目と呼ばれた。家族の欠員。空いた席。最後に帰る者。そう考えられていた。


 だが、小鳥箱の本来の機能が家の帰還誘導なら。


「十三羽目は、箱を持っていく鳥」


 千鳥が言った。


「十二羽が帰る場所を探して、十三羽目が次の家へ運ぶ」


 紅林が続ける。新木の顔から血の気が引いた。


「配送個体や」


「荒木へ届けられたのは」


「家やない」


 新木は封筒を見る。


「次の小鳥箱を管理する役目かもしれへん」


 小鳥が、ちち、と鳴いた。肯定にも、警告にも聞こえた。


 館内放送が切り替わる。


『保管期限まで、残り十三分です』


 オルゴールの音が大きくなる。


 一、二、三。


 十三。


 また最初へ。


 紅林は封鎖容器の周囲を見回した。


「開封手順を構築します」


「開けるのですか」


 神楽が尋ねる。


「転送されるより管理しやすい」


「荒木へ直接影響が発生します」


「分かっています」


「ワシはええで」


 荒木が言った。紅林が彼を見る。


「軽率に了承しないでください」


「母親に飛ぶよりましや」


「だからといって、あなたを犠牲にすることはできません」


「犠牲になるとは決まってへん」


「安全とも決まっていません」


「ほな、どうするんです」


 荒木の声は静かだった。冗談はない。


「十三分で、全部分かる方法を探すんですか」


 紅林は答えられない。


「現場では、選ばなあかん時あるでしょう」


「あなたは現場要員ではありません」


「MDE職員です」


「それは使い捨てを意味しません」


「知っとります」


 荒木は封筒を見る。


「せやから、戻る前提で開けます」


 先ほど新木が言った言葉。消耗品ではない。だからこそ、戻る前提で危険へ入る。


 新木が荒木を見上げた。


「真似すんなや」


「お前が言うたんやろ」


「言うたけど、お前がやると腹立つ」


「知らんがな」


 紅林は二人を見た。


「開封は許可します」


 神楽が息をのむ。


「ただし、荒木単独ではありません」


「共同受領は不可やろ」


 新木が言う。


「受領ではなく、接続を監視します」


 紅林は指示を出した。


「荒木へ生命維持監視装置を装着。物理固定。認識接続が発生した場合は、新木が外部から術式を解析」


「隊長は」


「荒木の自己認識を維持します」


「どうやって」


「質問を続けます」


 荒木が顔をしかめる。


「尋問されながら開けるんですか」


「名前、所属、役割、帰還先を反復確認します」


「またそれかいな」


「有効性は確認済みです」


「帰還先、何て答えたらええんです」


「事実を」


 荒木は少し考えた。


「分からへん、でもええですか」


「嘘よりは安全です」


「家ない人間に厳しい異常やな」


 千鳥が荒木を見る。


「自分で選べる場所って答えたら」


「それ、お前の答えやろ」


「使ってもいい」


「借りるもんちゃう」


「じゃあ、自分で決めて」


 荒木は苦笑した。


「簡単に言うなあ」


「簡単じゃない」


 千鳥は答える。


「でも、家に決められるよりいい」


 荒木はしばらく少女を見た。


「せやな」


 準備が進む。荒木の胸には心拍監視装置。頭部に脳波計。両手首へ認識汚染検出器。腰へ安全索。


 封筒から三メートル以上離れられないよう固定するためではない。異常空間へ引き込まれた場合、こちら側へ引き戻すための索だ。


 クライムがワイヤーの固定を確認する。


「耐荷重は十分だ」


「空間ごと引かれたら」


 荒木が尋ねる。


「その時は切る」


「ワシごと?」


「施設ごと持っていかれるよりはましだ」


「正直やなあ」


「嘘をつく必要がない」


「今日そんなんばっかりや」


 新木は車椅子の上で、封鎖容器へ術式観測盤を向ける。紙面には円、十三の点、そして中央に荒木の名が浮かんでいた。


「やっぱり変や」


「何がです」


 紅林が尋ねる。


「契約式に見えた一件、契約やない」


「では」


「受領証や」


「受け取った事実だけを固定する術式」


「せや。条件も対価も書いてへん。ただ、荒木が何かを受け取ったいう事実だけが残る」


「その事実が、別の契約に利用される可能性は」


「高い」


「受領を拒否したまま開封できますか」


「普通は無理や」


「普通でない方法は」


 新木は紅林を見る。


「封筒の中から、差出人を外へ出す」


「どういうことです」


「荒木が受け取るんやなく、向こうに渡しに来させる」


「配達員を呼び出す」


「せや」


 小鳥が首を傾げた。


「配達員は、すでに到着しています」


「お前やない」


 新木が言う。


「送り主本人や」


 小鳥の動きが止まった。ほんの一瞬。それまで機械的だった反応に、明確な遅れが生じる。


「送り主の立ち会いを要求する」


 新木は続けた。


「受取人には、内容物の状態を確認する権利がある。せやろ」


「その権利は規定されていません」


「禁止もされてへん」


「規定外です」


「ほな、判断権限を持つ者を呼べ」


「回答できません」


「できへんのやなく、権限ないんやろ」


 小鳥は黙る。新木の口元が上がった。


「鬼灯産業の応対を真似しとるくせに、規定外対応ができへん。お前、ただの端末や」


「お届け物です」


「話そらすな」


「保管期限まで、残り九分です」


 館内放送が重なる。


『荒木真介様。お早めにお受け取りください』


 新木は術式観測盤へ手を置いた。


「荒木。封筒に触れず、送り主の開示を要求せえ」


「言うだけでええんか」


「自分の言葉で言え」


 荒木は封鎖容器の前へ立ち、小鳥と目を合わせる。


「受け取る前に、送り主を確認させてください」


「差出人表示は鬼灯産業株式会社です」


「表示やなく、送った人間です」


「回答できません」


「ほな、受け取れません」


「期限超過後、ご自宅へ転送します」


「転送も拒否します」


「拒否権はありません」


「ワシの荷物やろ」


「はい」


「ワシ宛てなら、ワシに確認する権利あるやろ」


「規定されていません」


「禁止もされてへん」


 新木が小さく笑う。


「ええぞ」


 荒木は続けた。


「送り主が出てくるまで、受領判断を保留します」


「保留はできません」


「誰が決めた」


「配送規定です」


「規定を作ったのは」


 小鳥が黙る。


「答えられへんのなら、答えられる奴を呼んでください」


 封筒が震えた。


 かり。


 内側から爪が紙を引っ掻く。小鳥の首が不自然な角度で回った。


「送り主の立ち会いを要求しますか」


「要求します」


「理由を」


「中身が危険物かもしれへんから」


「危険物ではありません」


「保証するんか」


「用途通りに使用した場合、安全です」


「用途を説明してへんやろ」


「同封の取扱説明書を――」


「開けな見られへん」


「はい」


「ほな、確認できへん」


 また循環する。だが今度は、荒木が引かなかった。


「送り主を呼んでください」


「保管期限まで、残り七分です」


「呼んでください」


「お早めにお受け取りください」


「呼べ」


 荒木の声が低くなる。関西弁の柔らかさは残っている。それでも、明確な拒絶だった。


「ワシは受け取るかもしれへん」


 解析室の全員が荒木を見る。


「せやけど、誰が何のために送ったか分からんもんを、そのまま受け取るほど間抜けちゃう」


 新木が小声で言う。


「時々間抜けやけどな」


「今黙っとけ」


「はい」


 荒木は小鳥へ向き直る。


「送り主に伝えてください」


「何を」


「逃げんな。出てこい」


 封筒の表面が裂けた。


 縦に一本。続いて横。紙が内側から押し広げられ、小鳥の頭が引っ込む。代わりに、暗い隙間が現れた。


 冷たい風が吹き出す。油、鉄、古い木材。複数の匂いが混ざっている。


 封筒は床へ落ちたまま、少しずつ大きくなった。手紙ほどの大きさから書類袋へ。書類袋から鞄へ。やがて、人が通れるほどの長方形になる。


 白い紙でできた扉。


 中央には、鬼灯産業の差出人印。その上から、灰色の塗料で別の紋章が描かれている。


 東雲重工業株式会社。


 二つの企業名。重ねられた表示。


「複合媒体」


 神楽が言う。


「鬼灯産業の配送規則を、東雲重工業の装置が利用している」


「逆かもしれへん」


 新木が答えた。


「東雲の保管庫へ、鬼灯産業の形式を被せた」


 紙の扉が開く。


 向こう側には、千鳥が見た通りの倉庫が広がっていた。高い天井、鉄骨、薄暗い照明。左右へ並ぶ無数の棚。


 棚には、家の模型が置かれている。木造住宅、団地、学校、病院、工場、研究施設。大小さまざまな構造物。どれも精巧で、窓の奥には小さな灯りがあった。人影が動いているものもある。


「模型やない」


 新木が呟く。


「全部、どっかの建物を縮めたもんや」


 倉庫の中央に、灰色の作業着を着た男が立っていた。


 千鳥の記憶にあった男。家族写真の端にいた人物。年齢は三十代前半。短い黒髪。薄い眼鏡。胸元には、東雲重工業の旧式社章がある。


 男は荒木を見た。


「お待ちしておりました」


 穏やかな声。榛名とは違う。もっと人間らしく、それでも感情の温度が低い。


「荒木真介様」

次回予告


第十章 帰還先統合管理者


10月5日21時投稿予定

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